文芸船

サイダーの泡

寒い冬なのにサイダーを買い求めてしまいました。それも店の片隅で冷やされていない小瓶を一つだけ。持ち帰ると軒先の雪に埋めて冷やしてあげました。

雪が降り始めましたので、サイダーを掘り出して部屋に持ち込みました。水色に透いた硝子をハンカチーフで拭くと、ペアで買った片割れのシャンパングラスに注ぎました。

一口含み、あまりの甘さに驚きました。サイダーはこんなに甘かったでしょうか。私は改めてサイダーを見つめました。湧き立つ無色の泡の向こうに、ふと何か違うものが見えそうな気がしました。私は慌ててサイダーに手持ちのスコッチを静かに静かに注ぎ込みました。

透明な空白が琥珀色に染まると、泡の向こうには見慣れた部屋があるだけでした。スコッチの煙る味が混じったサイダーを一息に飲み干して、私は再びサイダーの瓶を傾けました。

再びグラスに広がった泡の向こうに、グラスの片割れが見えた気がしました。でも、グラスを持つ手は思い出せるのに顔はぼやけたままです。

たぶん、あなたの知らない北国での出来事です。もう、グラスは捨てたでしょうか。

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