文芸船

あんこくの魔導士くん(下)

「疲れたーっ! お風呂! ご飯! 寝る!」

 夏美は剣についた大トカゲの血を下草で拭いながら思いっきり叫んだ。俺たちはやっと依頼されていた害獣駆除が終わったところだ。とはいえ、俺は冷たい声音で返事を返した。

「あーあ、ごくろうさん。だけど街まではしばらくあるぞ」

「そりゃそうだけどさあ、でもやっぱお風呂! ご飯! 寝る!」

「ここは異世界! 東京のど真ん中じゃないんだ。つかどこの亭主関白だよお前は」

「でもその辺のちっぽけな街だってマックぐらいあるよ」

「お前は異世界にマックがあるとでも思ってんのか?」

 夏美は少し考え込み、ぽんと手を打った。

「しまったなー。こっちの世界に来る前にさあ、バイト先の店長から『将来、支店長やらないか』って誘われたんだよ。オッケーしとけば今頃ゴブリン村支店長になれたかも」

「なりたいのか?」

「ゴブリン村に五十円ハンバーガーの大ショック! あ、でもライバルいないし、税込み三百円でも大ヒット間違いなしよ!」

「ってゆーか、この世界に誰が材料送るんだ?」

「工場建設までやんなきゃなんないのね?」

 工場建設って大変だよなー、この世界でベンチャーやるの難しいのかなー、なんぞとわけわかんないことを真剣な表情で呟く。俺はそんな夏美を横目で眺め、溜息をついて涙した。

 だって俺、ほんとは普通の高校生のはず……だったのに。夏美の悪戯したインチキ妖術のおかげで異世界に迷い込み、今じゃ帰り道探しの冒険者。魔法に詳しい妖精族に会うために、妖精さんの国を探す毎日なのだ。そんなわけで、今は害獣駆除なんかで生計を立てている。最近は「不幸魔道士『竜ちゃん』」と「強引ファイター『夏美さま』」なんぞと言われご近所様にゃ有名人だ。

 ちなみに、このご近所様ってのは俺たちが厄介になってるゴブリン村ね。ゴブリンと言ったって純朴で優しい人ばっかだけど。ここまで馴染んでしまってる自分がつくづく嫌になる。

「でさ、竜ちゃん。恵まれない人生見直しタイムはその辺にしてさ。やっぱここは『お風呂! ご飯! 寝る!』でいこうよ」

「頭、大丈夫か?」

「だってこの大トカゲでご飯はいけるでしょ? お風呂は竜ちゃんが魔法で温泉掘り当てりゃ良いじゃん。あとはその辺でごろ寝」

「お前、どんどん野生化してくのな」

「だあってこんなとこで逆ナンパしたってつまんないしさあ。でも、かっこいいエルフ男がいたら元の世界に連れて帰って友だちの女の子にペットに売りさばくけど」

 どーも夏美の奴、もうそろそろ人間辞めようとしてるのかもしんない。つか、んなことやったら倫理観の高いゴブリン村長さんにお説教されるだけじゃ済む訳が無い。だが、俺のじと目に夏美は慌てて叫んだ。

「やっだなあ。エルフ云々は冗談に決まってんでしょ?」

「三日前にドラゴンの子どもさらってきてガスコンロ代わりにしてたのどこの誰だ?」

「それは、うん。女の子はお料理が大好きなものなの」

「あの日の飯は俺が作った」

「竜ちゃんってよけーなことばっか覚えてるしっ!」

 やったぜ。夏美に久々の勝利っ! もしかして俺の人生、まだまだ先が広がってるのかもっ! だが、夏美はにやつく俺の喉元に剣を当て、じんわりと低い声で俺の耳元に囁いた。

「あんたねー、温泉掘るのと自分のお墓掘るの、どっち選ぶ?」

 俺はひきつった笑みを浮かべ、泉脈を探し始めたのだった。


「うにゃーん、気持ちよかったあ」

 やっと夏美の長湯が終わった。俺はぱっぱと服を脱いで夏美と交代で風呂に入る。風呂の周りには俺が魔法で立てた土壁があるからお互い裸は見えないようになっているが。ざっぱーん、と風呂に入ると壁の向こうの夏美が声をかける。

「ねー竜ちゃん、壁に覗き穴とかつけてないでしょうね」

「まさか」

「まー、覗くぐらいなら良いんだけどさあ、襲われたら反射的に首飛ばすと思うから私。いちおー警告しとく」

 思いっきし物騒なことを言っておきながら、急にいつもよりしおらしい調子に変わって夏美の言葉は続く。

「一応、私たちって、この世界じゃ夫婦だけど、さ」

 夏美の奴、何となく落ち込んでる。この世界にゃ「結婚してない女は冒険できない」なんて変な慣習があるせいで、俺たち冒険にでるために形だけの結婚式を挙げたんだ。けど、さすがのこいつでも結婚式には憧れっちゅーもんはあったらしい。そんなわけで何となくかわいそうに思って優しい声をかけようとしたとき、壁の向こうで幾つもの鞘走る音が聞こえた。

「何者だ!」

 夏美の叫びに俺は慌てて杖を握り、とりあえずパンツだけはいて外に飛び出す。すると、スケルトンの兵士がこの急造の温泉を取り囲むように五体も立っていたのだ。

「竜ちゃん、ここはまず身支度済ませて! 風邪はお腹からひくってお母さんから言われてないの?」

夏美がこっちをちらちら見ながら叫ぶ。こんなどーでも良いこと言ってるってことは大丈夫なんだろ。

 俺がシャツを着始めると、スケルトンが一体動いた。刹那、夏美の剣が腰骨を狙う! バカン、と乾いた音が響き、腰骨が粉々に砕けた。するとそのスケルトンは支えを喪い攻撃できなくなる。

「うははははっ、こう見えても私は保健の評定は五なのっ! 人体模型はよーく覚えてんだから!」

 スケルトンとの戦いも保健のテストも夏美にとっては同次元らしい。俺は夏美の死角にいるスケルトンを気にしながらスラックスに手をかける。両足を通したとき、右のスケルトンが再び夏美を襲った。しかし夏美も速い。ステップで避けてまた腰骨を粉砕する。

「もうそろそろオッケー?」

「おう! 今ベルト締めたとこだ。あとは前チャック!」

「莫迦な報告してる暇があったらさっさと唱えてよ魔道士!」

 はいはい言われなくたってやりますよ。そーだ、こんなとこに都合の良い土壁があったっけ。

「夏美、壁から離れろ」

 夏美はぱっと壁からとびずさる。俺は手の中に空気を圧縮すると、一気に壁にぶち込んだ。土の塊が一斉にスケルトン三体を襲う。

「サトウマコトカッカ、バンザーイ!」

 断末魔がスケルトンから聞こえ、そして大地は平穏に戻った。……って。俺と夏美は顔を見合わせる。

「今さ、スケルトン、何て叫んだ? 私、耳悪くなったのかな?」

「俺も何となく不思議な叫びに聞こえたんだけど」

「ここは日本じゃないよね。異世界だよね」

「でも『佐藤誠』なんて悪いボスがいちゃったりしてるのは」

「うちの『現遊会』の会長って名前、なんだっけ」

「忘れもしない、佐藤、誠」

 夏美の顔が青ざめた。俺は慌ててフォローする。

「何かの間違いだよ。日本人だったらさ、今の名前ってどこにでもありそうじゃん。同姓同名だよ。な?」

「だけど『どこにでもありそうな名前とどこにもいて欲しくない人格』で有名な佐藤会長だよ?」

 でも、と俺が否定の言葉を口にしかけると、夏美は畳み掛けるように言い募る。

「いーや、あの人だ! 私たちが部室に残したまんまの魔法のセッティングでこっちまで来たんだ!」

「でもあんな魔法、会長が知ってるはずないだろ?」

「非常識の見本の佐藤部長なら何でもありだよ。向こうの世界でだって物理法則無視しかねない人だもん。あの人のDNAは二重らせんじゃなく蝶々結びになってるに決まってる!」

 じゃ、お前は球結びだな。突っ込みたいのを堪えてうなずく。確かに、佐藤部長こそ現在の現遊会体制を成立させた元凶であり、その目に余る奇行ゆえに、彼の暴走対策費が学校裏会計に特別計上されているという、我が校始まって以来の危険きわまりない怪人物だ。

「でも、閣下って何?」

「あの人の夢って『世界帝国の建設』でしょ?」

 俺は思わず夏美の肩に顔を埋めた。夏美も疲れ切った表情で俺の首筋に頭を預ける。でも、残念ながら色っぽい話じゃない。俺たち二人とも、あんまりにも気疲れしてしまっていたのだった。


 村に帰ると案の定、スケルトンの話がこちらにも来ていた。ゴブリン村長は真剣な表情で俺たちに訴える。

「そうですか、そちらも。いやあ、何でも『謎の暗黒の魔道士』を名乗りながら本名をスケルトンに覚えさせてるイカれた不良魔道士が出没していると、この近辺で話題なんですよ」

「そんな奴、誰かちゃっちゃと倒しちゃってないんですか?」

「いやー、スケルトンが畑のタマネギ盗んでったり、出来たてのスープをゾンビが集団で食い逃げしたりするぐらいですから」

「で、その『謎の暗黒の魔道士』は目的をなんだと?」

「世界征服の前段階として、田舎村を襲撃だと。まあ、今んとこ牛乳とパンをスケルトンにあげると大人しく帰っていくんで、まあイノシシの方が有害ですなあ。あ、最近はチーズを要求するとか。でもついでに漬け物をつけてあげるとスケルトンが肩叩きしてくれるそうですよ」

 いやにスケールの小さい世界征服である。だが、これで俺と夏美は確証を深めた。言ってることのでかさとやることのせこさの恐ろしいほどのギャップ。

「間違いないわ。DNA蝶々結びよ」

 村長さんが目を白黒させているうちに俺たちは立ち上がった。

「僕たちで始末するんでわかっている情報、教えて下さい」

「ま、まあよろしいですが。何か、知っていることが?」

「いえ、帰還の手がかりになりそうなんで」

 俺たちは苦しい言い訳をする。あんな人と同じ世界から来たことを知られるなんて冗談じゃない。だが、それ以上にあんな奇怪な物体をこの世界に野放しにするのは犯罪ですらある。

「いやあ、お二人とも本当にご立派になりましたなあ。来たときは、失礼。子どもっぽく思えたんですが」

 俺と夏美は顔を見合わせて溜息をつく。俺たちが立ち上がったのは、村長が思ってるような正義感なんかじゃないからだ。恥の上塗り防止。まさにこの一言に尽きる。

「で、早速ですが。敵の本拠地などはわかっているのですか」

「うむ。村の若い者の話だと、ここから三日歩いた先にあるガザ山の麓にある沼の畔に要塞を構えているとか。敵はかなりの手練れの魔道士。お二方ともまだ駆け出しですから十分気をつけて」

 俺たちは顔を見合わせてうなずく。佐藤会長の危険さは嫌というほど知っている。あそこまで性格破綻者のくせして、頭の回転は不気味なほど速い上に記憶力も抜群だ。成績は三年生でぶっちぎりの一位で、二年生の俺たちにまでその名が轟いている。で。困ったことに、魔道士は頭の回転と記憶力で大部分の勝負がつく。だから魔法戦になったら到底こちらに勝ち目はない。

「猪突猛進が冒険者じゃありませんから、無理はなさらずに」

 夏美は大きくうなずき、そして真剣な眼差しで告げた。

「じゃ、出発日のお弁当は大盛りでよろしく!」

 恥知らずの後ろ頭を俺の杖が襲撃したことは言うまでもない。


 谷を越え川を渡り草原を抜け。出会う敵を薙ぎ倒しながら俺たちはがむしゃらに『謎の暗黒の魔道士くん・佐藤誠ただ今十八歳青春真っ盛り』討伐を目指して旅を続けた。あ、ちなみにこの変な肩書きね、倒したゾンビが言ってたのを丸写ししただけ。

「ねえ。何なんだろ」

 夏美が今日十体目のスケルトンを倒した後、ぼそりと呟いた。俺は首を傾げて夏美を見返す。

「あのさあ、何で討伐の旅なんて出なきゃなんないわけ?」

「何というか、一応身内だし」

「でも、こんなことしてる暇があったら帰る方法探した方がずっと私たち幸福になれそうな気がするんだけど」

「でも、ああいう危険なものは今のうちに排除しとかないと邪魔されそうな気がするのは俺の杞憂か?」

 夏美は真剣な表情でうなずきかけ、いきなり絶叫する。

「だーっ! どーしてこーゆーわけわかんないシリアスしてんのよ私たち! ぅあーっ、虫酸が走る!」

 夏美の目つきがだいぶ危なくなっている。下手に地がかわいい顔してるからこういう表情すると余計に怖い。

「竜ちゃん、あとどんくらいあんの?」

「もうそろそろ沼が見えるはずなんだけど」

 実はもう着いても良い頃なのに、さっきから平野が続いている。

「ねえ、まさかもう術中にはまってんじゃないでしょうね」

 まさか、と言いかけたところで、夏美は俺の返事を遮ると正面を指さした。と。麦わら帽子かぶったスケルトンが丁寧に種まきをしている真っ最中。向こうではゾンビが水牛を使って畑を起こしている。

「何なのよ、このシュールなのんびり農村風景はっ!」

「わからんのかね? 畑作だよ畑作。沼をアンデッドたちに干拓させたのだよ。いわゆる重要な農業政策だな」

「んなもんわかるかいっ!」

 夏美は解説をしてくれた姿なしの声に速攻でツッコミいれる。それから慌てて辺りを見回すと、黒のローブを羽織った尊大な困ったちゃん、佐藤会長が空中に姿を現した。

「やっぱしお約束どおりにあんたかいっ!」

 夏美は突っ込みついでに履いていた靴を佐藤会長にぶつける。しかし靴は見えない壁にはねとばされて夏美の頭に当たった。

「くははははははっ! 勇者諸君、ご苦労だった! 早速攻撃を仕掛けるとはなかなか見上げた根性だ。だがツッコミの基本はスリッパだろうが。靴を使うとは基本がなってない基本が!」

「あ、ごめんなさい」

 夏美、頼むから謝るんじゃねー。だがさすが佐藤会長、開口一番から壊れてるぞこやつは。でも俺はペース維持。

「あのですねー、どーやってこっちに来たんですか」

「それは君たちの仕掛けを俺様が解読したに決まっている。お前らにしては珍しく愉快な仕掛けだったぞ」

「はあ。で、先輩は一体ここで何を企んでるんです?」

 俺の緊張感のない声はかなり会長には不快なようだ。だが、それでも俺に訊かれた質問は嬉しかったらしい。

「ふっ、特別に教えてやろう。君たち、人類は歴史上どのような福祉政策の発展を辿ってきたかわかるかね?」

「ふくしせーさく?」

 夏美のなーんにも考えてない声に、会長はいかにも嘆かわしいという表情を浮かべた。

「夏美くん。君も現遊会員ならば、少しは社会に目を向けねばならんぞ。要は困っているときに国家が助けてくれる仕組みだ。昔は全部自分の責任。それが次第に国が色々面倒をみてくれるようになった。そう、『夜警国家から福祉国家への転換』だ。現在では『揺り籠から墓場まで』という素晴らしい国もある。君たちもあと三年もすれば年金を徴収されるんだぞ」

 急に歴史と政治と銭勘定の話になりやがった。それでも俺は冷静を装ってぼんやりとした声で尋ねる。

「んで、世界征服するのとどーゆー関係があるんです?」

「くははははっ! そこが天才と凡人の発想の違いという奴だ!」

 やっと「天災」の発想が公けにされるらしい。

「君たち、『揺り籠から墓場まで』と私は言った。では、そのあとはどうなるのだ。そう、アンデッドたちの人生を考えたことはあるか。だから俺様は『アンデッド生き生き老人ホーム帝国』建設のために世界征服を開始するのだ!」

 夏美はあぜんとして手の剣を滑り落とした。ま、当然の反応だろう。しっかしやっぱ思った通りの変な奴。

「どうだ、二人とも我が野望に手を貸さぬか? そうすれば君たちがアンデッドになったあとも幸せな老後が保障されるぞ。この俺様の高度な頭脳に任せれば、テレビCMおなじみの個人年金より安心だ」

「この若いつやつやお肌で老後なんてまだまだでしょーが!」

「ふっ、夏美くん。そこが君の浅薄なところだよ。今のうちに準備しておけば安心なアンデッド生活をエンジョイ出来るのだよ」

 アンデッド生活のエンジョイって。俺はがんがんする頭を押さえながら、必死で言葉を紡いだ。

「あのー、一つ訊いて良いでしょうか」

「うん? 竜二か。質問とは勉強熱心だな、感心感心。で?」

「アンデッドって死んでますけど、『生き生き』なんですか?」

 会長は沈黙し、ポケットから英英辞典を引っぱり出してぱらぱらとめくる。次いで空中から机上版の広辞苑をよっこらせい、と取り出して黙々と調べる。どーでもいーけど、凄い魔法をおそろしく無駄な使い方する人だ。そして会長はひきつった笑顔で俺に向き直った。

「君は知ってはいけない秘密を暴いてしまったね。ふっ、俺様のケアレスミスを指摘するとは怖い者知らずだな! お前たち、生きては帰さん! 死ねばちゃんと『アンデッド生き生き老人ホーム』に入所手続きしてやるから大人しくここで死ね!」

「だーっ! 竜ちゃん、どーしてあんた最悪の結果を招くわけ? 私まだ若いから老人ホームは嫌!」

「いっつもお前が原因だろーが! たまには俺にもやらせろ! つか老人ホームより死ぬ方が嫌だろ!」

「ふははははははっ、死を目前に、愛し合う二人がいがみあう! 何と人類は醜悪なものなのだろう?」

 会長の台詞が聞こえた途端。横の気配が急に変わった。そおっと盗み見ると夏美が両手に一振りずつ剣を握って立っている。

「をいこら、佐藤てめえ、あたしがいつどこでこのゴクツブシと愛し合った? ああん? なめんじゃねえブッ殺す!」

 夏美はゾンビを次々と薙ぎ倒し、傍らの木に飛び上がる。

「こら竜二、援護しねえか! 死んだら化けてでるぞコラ!」

 俺は慌てて魔法を組み上げ始める。と、会長の呪文が完成しそうだ。俺は集中を崩すために手元の石ころを投げてやる。会長の集中が切れた。だがこのままだと夏美の奴、本気で会長をぶった斬りかねない。俺はすぐに呪文に入る。

 夏美は弾みをつけ、空中を漂う会長に夏美はボディアタックをかまし、一緒に地面に落ちて揉みあう。そして遂に夏美の剣が喉元に迫った。だが直前に俺の呪文が完成し、炎が会長の服だけを一瞬で焼いた。夏美は炎を避け、それでも再び飛びかかり。

「いやーっ! 竜ちゃんのバカァ!」

 はい、愛しの夏美ちゃんがようやく正気を取り戻してくれました。会長のむさ苦しいヌードのおかげで。

「早く服着なさいよ! レディの前でそんな格好しないで変態!」

 変態呼ばわりされた会長はむっとした顔をしながら、それでも必死で前を隠した。俺はひらひらとマントを放ってやる。

「会長、ヌードで偉そうに言ってもかっこ悪いっすよ」

「竜二、もう少し格好良い戦闘を考えないか、お前は!」

「だって俺、平和主義者ですもん」

 気の抜けた俺の返事に会長は肩を落とした。夏美はというとまだ頰を赤くしてそわそわしてやがる。けーっ、何だかんだ言ってもだらしねえ。でも、こういうとこかわいいよねえ。再び夏美が冷たい視線を会長に突き刺す。会長は頭を垂れてマントをしっかりと身に纏いながら敗北を宣言する。

「今回は俺様の完敗だ」

 どうしようもない、アホな戦いが終わった。


「元の世界への帰り方か。知っているぞ」

 会長は俺たちの真剣な問いに全くの軽い調子で答えた。

「あのー、どうして知ってるんですか?」

「先日、魚を食べたいと思ってゾンビに地曳網をやらせたら水の精がかかってね。ついでだから捕獲して色々尋問したんだ」

 妖精を地曳網で捕まえたって、とんでもないことをあっさりと。これだからこの人は。俺たちのどことなく疲れた視線に会長はげらげら笑うと、当然のことを話すように帰る方法を明かした。

「こっち来るときにやった魔法の儀式のダンス。それを逆回しすれば良いんだよ。にしてもお前ら迷子だったのか」

 俺たちは肩をすくめてうなずく。すると会長は怪しく微笑んだ。

「ふむ。ここは会長の責任として二人を引率せねばならんな。魔法は俺様がやってやろう」

 会長は魔法の球を地面に置き、奇怪なダンスを開始した。そ。夏美がこのダンスをやって。俺と夏美はそのまんまこの世界に吹っ飛ばされたんだ。こっちの世界にずっといたおかげか、何だか遠い日の出来事のようだ。球の中心に青い光が明滅を始める。会長の踊りはさらに激しさを増していき、球の明滅が激しくなる。そのうち青い光は球からあふれだし、遂に光が俺たちを飲み込んでいき。

 ふっと目を開けると、俺たち三人は部室に立っていた。カレンダーを見ると旅だった日の日付。時間の流れがこっちと向こうでは違っているらしかった。

「おお、変わらぬ姿を見せ給う、我が懐かしの母校よ」

 開口一番、また会長がわけわかんないことを口走る。だがここは構わず、俺はそっと机に手を置いた。

「ほんとに帰って来たんですねえ」

 会長はうんうんうなずき、俺たち二人を交互に眺めながら言う。

「いやあ、それにしても楽しい旅だった。またこのようなことがあると俺様としては非常に嬉しい」

「俺、すっごく嬉しくないんですけど」

「まあ良い。ところで俺様が卒業した後だが、部長は夏美で副部長は竜二、お前ら仲良しカップルで決まりだな」

「何を言ってるんですか! そういうこと言うとまた夏美がっ!」

「くははははっ! 俺様は世界征服に忙しいので失礼する」

 会長は哄笑とともにいきなり窓から身を踊らせるとそのまま外へと駆けて行った。で、俺は夏美と残される。

「おい夏美、さっきのでまたキレるなよ」

「キレないよ。ってゆーか、まあね」

 夏美は曖昧な返事をして俺をじっと見つめる。

「あっちの世界に行った日、私のこと好きだって言ってたよね」

「あんま、その話はしたくない」

 俺はふられたときの台詞を思い出して夏美から顔を背けた。だが夏美は回り込んできて話を続けた。

「でも、言うよ。あのさ、あっちの世界での時間ね、私にはある意味、お試し期間だったなあとか思ってさ」

 俺は言葉を返さず、目を逸らして夏美の言葉を待った。夏美は唇を嘗めて深呼吸し、そっぽを向いて呟くように言った。

「お試し期間が終わっても、クーリングオフしないであげても良いかな、って」

 やっと俺は夏美のことを正面から見つめた。迷惑非常識わがまま放題の夏美。だけど。かわいい、夏美。

「私の人格知ってて告白したんだから、私にゃチャンスだよね」

 俺が曖昧にうなずくと、夏美はいきなり唇を重ねた。俺、凍りついて。でも、ちょっと身動きした途端に夏美は離れた。そして、いつもよりずっと柔らかい声で小さく呟く。

「もうちょっとロマンティックにやった方が良かったかな」

 夏美は俺の腕を引っ張ると、いかにも照れ隠しの声で叫んだ。

「さあて、あの迷惑会長を捕まえに行こっか!」

 こんな関係になったって。やっぱ俺たちゃ大騒動だ。

文芸船profile & mail