朝、麗華様は皿に塩をかけただけのレタスと細切りにした生の人参、そして固形のカロリーメイトを置き、マグカップにボディビルダーが飲むようなプロテインの白い粉末と水を入れて攪拌すると無表情のまま両手を合わせ、いただきます、と言った。
「麗華様、それを朝ごはんと言うには」
「何? タンパク質と脂質、炭水化物の比率は計算しているわ。あとミネラルやビタミンもきちんと計算しているしこれも飲むし」
色とりどりのサプリも並べ、タブレットに計算結果を表示する。ご丁寧に栄養価基準の検索結果も載せており隙がない。とはいえ、これを食事と言うには。
「きちんと貴方にも野菜を給餌したし、自分にも適切な栄養成分で給餌。文句あるの」
「僕にはまだしも、自分に給餌だなんて」
「自宅の食事なんて栄養摂取するだけなのだから、給餌と言った方が正しいと思うわ」
昨日の学校で普通のご飯、と麗華様に似つかわしくない言葉が出たことを思い出した。
「ところでご両親は昨日は帰って来なかったんだね。今日はいつ帰ってくるの」
僕の何気ない言葉に、苛立ちの表情だった麗華様は完全に表情を消した。
「生活費の振込は毎月、きちんと入っているわ。忙しいのだから翔太の家よりずっと収入は高いはずよ」
言葉だけ聞けば嫌らしいことを言いつつ、光のない節穴の目を僕に向ける。期待や楽しみはもちろん、怒りすらない濁った視線。
「麗華様って独り暮らし、なんです、か」
「中学生だから家族と暮らしているよ」
ちょっと変な質問に普通の回答。でもこの言葉は全く実態に合わない。そしてついに、麗華様はわずかに陰鬱な苛立ちをみせた。
「家族暮らしだよ。家族の帰宅がいつかなんて忘れてしまったけれど。私がおかえりって、ただいまって、言いあえる人は」
言葉を切り、視線を何もない壁に向けて沈黙する。その壁の向こうは山本くんの家だ。僕はいたたまれなくなり、視線を逸らした。
最近はバーチャルユーチューバーという奴らがいるらしい。あらかじめキャラクターの絵を作成し、カメラの前で踊ったり手を叩いたりすると、画面上に同じ動作をするキャラクターが表示される技術がある。これを使って、インターネット上でアイドルやトーク、コメディアン的な活動を行うわけだ。
「ということで、バーチャルユーチューバーウサギとしての動画活動の提案なのです」
麗華様が怪しい丁寧語で提案をしてきた。
「我が理科部のマスコットキャラクター兼動画サービスで我が理科部の部費を稼ぐという崇高な目標のため、身を捧げて欲しい」
いやだ、と即答したら両耳を掴まれてぶら下げられた。何だこの暴力欲張り魔法少女。
「要は、部費が底を尽きつつあると」
麗華様は制服に白衣を羽織った姿で、実験机に頬杖をついたままこっくりうなずいた。理科部員は五名所属で弱小なので部費が極めて少ない。それでもうち四名は幽霊部員で、実際には五人分の部費を麗華様が好き勝手に使っているのだが、高価な試薬を買ってしまい、今年の部費が枯渇しつつあるそうだ。
「自業自得でしょ。中学生らしい実験やればどうさ。例えば生物系で野山に観察とか」
「つまりウサギの解剖実験がおすすめだと」
麗華様は感情のない声で呟く。嫌だこの魔法少女。何でこんなの選んじゃったんだろ。麗華様は話を打ち切ると、タブレットを取り出して動画を見始めた。画面には数々のバーチャルユーチューバーが並んでおり、中には昆虫型、酷いものになると豆大福が飛び跳ねている奴など訳が分からない。それらの動画を麗華様の脇で眺めているうち、僕は一人に目を留めた。
黒い毛皮付きのコートをまとった、金髪ロングヘアの女性キャラクターだ。画像設定はかわいらしいものの、歌ってみた、激辛を食べてみた、踊ってみた、ゲームの実況プレイなどお手軽で他の動画投稿者もやっている内容ばかりで目立つ要素はほとんどない。だが人気ランキングは急上昇で今月は十位だ。
「こういうの好きな人は、見た目のキャラクターが好みなら満足なのかね」
僕の呟きに、麗華様はタブレットを操作してこのキャラクターの詳細情報を表示した。名前は禍玉ノア。自称二十歳の女性。ネットの評価によると、声から判断して間違いなく一人で演じているとのこと。そして他の動画投稿者は最速でも一日一本が限界なのに一日二十四本も公開している。編集を外注したとしても異常な速度だ。
そしてファンたちがこれにまた追随していることが恐ろしい。ほぼ全員が投稿と同時に視聴をはじめ、すぐに賛意のコメントを投稿している。さらに動画のため寄付までしているのだから分からない。禍玉ノアに人生の全てを捧げているようなファンたちだ。
分からない。
分からないのか。違う。僕には分かる。追従するファンたちの異常に速すぎる紋切り型の反応。ありえない投稿本数。麗華様も気づいたのか、深くうなずいた。
「これは何とかしなければならないわ」
さすが麗華様も魔法少女としての自覚が生まれたようだ。僕も立ち上がって麗華様の目の前に立ち、麗華様の言葉を待つ。
「こんな投稿本数は労働環境が悪すぎるし、私のお喋りウサギユーチューバー計画の邪魔だわ。労働基準監督官に代わって懲罰ね!」
白衣を翻してタブレットに向かい、自分の首を掻き切る仕草を見せる我が魔法少女。僕はその場にがっくりとくずおれる。それでも僕は何とか気力を振り絞って姿勢を立て直し、麗華様にあらためて声をかけた。
「まあ動機はともかく魔法少女は出動で」
「そうね。出動は今週末の土曜日にするわ」
はい。魔法少女といえば、思い立ったが吉日で悪即断の迅速対応が常識ですが。
「ウサギさんは何を言っているかな。『現代労働者の保護に準じた取扱いを要する』って契約したのに呆けてしまったのかしら」
「それってつまり……」
「学生の本分は勉強やスクールライフでしょう。だから学校がない土曜日の深夜勤にならない日中に決まっているでしょう。ナマ先生の件はうちの学校だからおまけ」
僕はその日、立ち上がる気力を失い、麗華様の人参スティックだけ食べてふて寝した。
「麗華ってこんな動画にも興味あるんだ?」
山本くんが意外そうな表情で麗華様のタブレットに表示された禍玉ノアを見ていた。
『どうして山本くんを』
『調査にはおとりやカナリアが必要よ』
僕の疑問へ即座に囁き返す麗華様。鉱山でガスが発生したら知らせるカナリア代わりかよ。相変わらず外道な魔法少女だ。だが山本くんは知らずに動画を見ていく。
「つか麗華らしくないよな。いつもなら生産性がないってぶった斬るだろこういうの」
「そういうのが好きになる日だってあるよ」
山本くんはへえ、と言って麗華様を振り向く。親指の爪を噛んでいる麗華様をじっと見つめると、いきなりおでこを指で弾いた。
「何するの。痛いでしょう」
「困っているなら相談ぐらいしてくれよ」
「何も困るようなことはないわ」
「親指の爪を噛む癖、治っていないくせに」
麗華様は慌てて背中に隠して目を逸らす。
「俺、難しいことは分からないけどさ。『王様はロバの耳』みたいな感じで話すだけでも楽になるかもよ」
麗華様は僕を一瞥してすぐに天井を仰ぎ、そして右拳で弱々しく山本くんの胸を叩く。
「ずるいよ翔太は。私より何にも頑張っていないし、バカなくせに、私よりずっと」
言葉を切って動画に視線を向ける。山本くんも一緒に動画へ視線を向けたとき、動画の中で金髪の少女が毛皮をふわりと広げて抱き寄せるような仕草をする。山本くんが眠そうな表情になり、次いで麗華様からタブレットを奪うと素早く動画に称賛のコメントを書き込んだ。
「翔太! ねえどうしたの翔太!」
麗華様が目を見開いて山本くんの肩を揺する。山本くんはぼんやりと何も映らない視線を麗華様に向け、すぐに関心を喪うと禍玉ノアの動画に視線を戻した。続けて怪しい笑みを浮かべ、寄付機能を探し始める。僕は魔法の力で山本くんを束縛した。
いきなり麗華様は僕の首っ玉を掴んだ。
「ちょっと待って麗華様、首が絞まる!」
「絞めているのだから当然よ。翔太を助けなきゃ! 相手を掴まなきゃならないの!」
乱暴にそのまま手を離され、僕は重力どおり地面へと墜落する。ひどい魔法少女だ。僕は軽くえずいたあと、麗華様を睨んだ。
「カナリア代わりに仕立てたのは麗華様だ」
「私を魔法少女に仕立てたのはウサギだよ」
僕たちは一瞬だけ睨み合い、でもすぐに麗華様はタブレットで禍玉ノアを高速で検索し始める。でも投稿本数も投稿時間も全部調べているし、そんな情報では何も。
「ウサギ、この場所に乗り込んでぶん殴る」
麗華様は一枚の静止画像をタブレットに表示した。禍玉ノアがコンビニのスイーツを紹介している動画の一部だ。こんなの何の役に。
「このゼリーはセブン−イレブンの北海道限定商品なんですって。道内の田舎はセブン−イレブンがないから範囲が絞れるわ。あと、ゼリーの表面をよく見て」
指差した箇所にうっすらと何かが写っている。コンビニの店舗が反射で見えているのだ。そのコンビニの背後には木々や建物が見える。
「もう、しらみつぶしは嫌いなのだけれど」
今度は地図アプリとインターネットにある店舗情報を睨んで、ビル街にある店舗を切っていっていくつかの店舗を残していく。だが間もなく、禍玉ノアの動画を憎々しげに睨んで怒鳴りちらした。
「何なの。もういらつくこの変な喋り!」
言われて僕も気づいた。字幕を見ると標準語なのに、何かイントネーションが変だ。考えろ、考えるんだ。標準語なのにイントネーションだけ違う、北海道内の地域は。この響きはどこかで。
「麗華様、これ函館の訛りだよ」
「やっぱり少しは役に立つねウサギさん!」
お褒めにあずかり光栄ですが、少しは、とは酷いじゃないでしょうか。でも麗華様はぎらついた目で先ほどの候補を潰していき、一店舗に目星をつけた。
「この周辺に禍玉ノアがいるかもしれない。ウサギ、早く函館に行くよ! 今すぐ!」
麗華様は慌てて親の通帳を取り出そうとしたけれど、僕はその手を留めた。
「忘れたかい? 麗華様は魔法少女なんだから、特急列車なんかに乗る必要はないさ」
麗華様は目を見開き、そして叫んだ。
「魔法少女ワーク・ライフ・バランス!」
漆黒のタイトスカートとジャケットに白衣を羽織り、ブーツで足踏みすると山本くんに一瞬だけ心配そうな視線を向け、そして窓に足を掛けると部屋から跳んだ。
函館も小樽と同じ観光都市でさらに港町でもある。三味線のばちのように真ん中が細くなった独特の地形が有名な夜景の美しさを演出する街だが、麗華様とともに空から眺めても、今は昼間で変わった形だという感想しかない。麗華様は観光地の中心、西部地区に降り立った。
「函館も海の匂いがして坂道が多くて、歴史的建造物があって観光客が目障りで嫌な奴がいて、ここも小樽と同じよ。私の嫌いな街」
麗華様は周りを憎々しげに見回した。
「麗華様、敵が潜んでいるのは偶然だよ」
「たしかに、他の街に行ったら嫌な奴がいないかもしれないけど、いて欲しい人は」
言葉を切り、少しだけ考えて続ける。
「早く敵を叩き潰して小樽に帰らなきゃ。翔太はバカだから放置できないし、函館には運河もないし」
運河がないと何なのかと言いたいところだけれど、少し頬を染めた麗華様のかわいらしさがまた冷徹魔法少女に戻ってしまいそうなので黙っておいた。
僕もただのかわいいマスコットじゃない。神力を少し分ける以外にも能力はあって、魔の者が近くで力を奮っていれば感じ取れる。とくに今回のように、たくさんの人を惑わすような力は発散がよく見える。僕は麗華様を敵の隠れる場所へと案内した。
敵の家は麗華様が目星をつけた店の近所で、ごく平凡な建売住宅の一棟だった。
「あの家が敵の巣ね。爆破しちゃおうか」
この魔法少女、テロリストかよ。とはいえ麗華様がここまで焦るのは意外な気がした。いや、どうだろう。ナマ先生のときも。
だが僕の思考は麗華様の動きに断ち切られた。麗華様は魔法の力を脚に込めると、いきなりドアを蹴破って家に駆け込んだのだ。
「禍玉ノア! 朝から晩まで腐臭漂う動画をアップしやがってこのゴミニート! 今すぐ絞め殺されに首を洗って出てきなさい」
「自重して魔法少女ワーク・ライフ・バランス! 貴女は無頼者じゃなく魔法少女!」
「バカうるさい殴り込み中に文句いうな!」
魔法少女は僕の言葉に怒鳴り返して階段を一飛びで上がり、再びドアを蹴破った。
ドアの向こうはカーテンが締め切られており、四枚の液晶ディスプレイが点灯して各々に禍玉ノアの動画が映し出されている。床には食べたままのカップ麺のカップが積み重ねられ、一番上に割り箸が刺されていた。
そして正面。禍玉ノア用の動きを検出する黒いバンド状の機械を手足や膝、肘につけ、頭にはカメラ、口元にはインカムマイクを装備した男が茫然と立っていた。
男は概ね四十代後半ぐらいだろうか。肌は色白なのにでっぷりと太り、Tシャツが小さいせいでへそがはみ出している。下は植物風の校章が刺繍された青色のジャージで、いつ風呂に入ったのか分からないような脂ぎった髪がぺっとりと額に張り付いていた。
「情けないわ我が母校の卒業生だなんて。お情けに一息に息の根を止めてあげる」
麗華様は冷たい視線で男のジャージを指差した。三枚の柏の葉と延齢草の花。そういえば麗華様の制服にもついていたっけ。男は虚ろな視線で麗華様に告げた。
「俺もお前の頃は色々と希望を持っていた。まあ今も新しい希望が湧いてはいるんだが」
男は嫌らしい笑みを浮かべ、背後のキーボードを観ずに叩く。刹那、男は禍玉ノアの姿に変身した。
「なんか私より変身が高度なんですけど」
魔法少女は親指の爪を噛みながら僕を睨んだ。麗華様が地味な衣装に変えちゃったでしょ、と言いたいが屁理屈魔法少女に勝てるわけもないので僕は口をつぐむ。
「さあ魔法少女と禍玉ノア様の対決だよ!」
禍玉ノアが叫ぶ。画面に二人の動画が映し出された。しまった、僕たちも奴の動画に利用されてしまう。派手なことをやれば視聴者が増えて被害者が増える。でもカメラが見つけられない。魔法じゃ機械は探せない。
禍玉ノアは名前のとおり、邪悪な笑みを浮かべて魔法少女を指差した。
「どう悔しいかな? ネットは私の王国。私に跪きなさい。ここは私の楽しい王国」
ふざけた調子に、魔法少女が先ほどと違ったいつもの冷めた声で問いかけた。
「貴方は自分の楽しさのため搾取するんだ」
「私だって頑張って動画投稿しているの。視聴者だってお金も命も捧げるべきでしょ?」
「好きなことにのめり込むなら一人で好きにやれば良い。他人や家族を巻き込まないで」
ほんの少し苛立ちの混じった魔法少女の声を、禍玉ノアは嘲笑った。
「家族なんて私の自由には邪魔なだけ。むしろ私の言うことを聞いていれば良いの!」
「そうね。家族の愛情なんて嘘ばかり」
無表情な魔法少女の暗い同意が部屋に響いた。魔法少女は腕を伸ばしてラジオ体操のように動き始め、次第に盆踊りのように踊る。
「魔法少女は私の動画に協力するんだね?」
禍玉ノアはいかにも動画向きのわざとらしい大袈裟な動きで腹を抱えて笑った。でも魔法少女の視線は真面目で。魔法少女は左手にスマートフォンを握ってコンパス方位計のアプリを立ち上げていた。
魔法少女は右手に魔法の光球を出現させると三箇所に放った。ガラスの割れる音とともに、全ての画面から禍玉ノアと魔法少女の姿が消えて動画が沈黙した。
「何で場所がわかったの!」
「自分の動きをアプリに入力していって、カメラの方角を逆算した。そのくらいのプログラムは今どき、小学生でも書けるわ」
すごいよ魔法少女。全然魔法じゃないけれど。そして彼女は感情のこもらない視線のまま禍玉ノアに飛びかかると、そのまま馬乗りになって拳で顔を強打した。
何度も何度も強打する。
相手の顔が腫れあがっても手を止めない。
殴るたびに血が滲み弾けていく。
違うこんなの魔法少女じゃない。
彼女のやり方に正義なんて見えない。
でも僕は。
僕には、泣きながら変身の解けた男を殴り続ける魔法少女を止める言葉はなかった。
男に宿った魔の力は、魔法少女の殴打で消え去った。男は正座して魔法少女に土下座をして謝罪し、僕は男の記憶を消した。彼も犠牲者ではあった。就職に失敗して職を転々としてそのうちバーチャルに逃げていた。
「だからと言って私は、許したくない。結局は自分も他人を酷使していたじゃない」
麗華様は男の告白を情け容赦なく切り捨てた。それは中学生特有の傲慢な良識でもあるけれど、それ以上に魔法少女ワーク・ライフ・バランスは人の酷使を嫌うのだ。
解決して部屋に戻ると、僕は山本くんの魔法の束縛を解いた。山本くんは目をこすり、変身を解いた麗華様を見つめる。
「麗華さ、大人の格好で動画で踊った?」
「夢と現実の区別もつかないほど、翔太は頭が悪くなったのかしら。進行性の病気?」
しらばっくれる麗華様に、山本くんは酷いなと笑う。次いで麗華様の顔をじっと見つめると、珍しく慎重な声音で話を続けた。
「先生がさ、職業学習だっけ? 親の職場訪問とかって話をしていただろ」
「私は科学者になる予定だから関係ないわ」
山本くんは麗華様の額を指で弾いた。
「そうじゃなくさ。麗華もおばさんやおじさんの職場を覗いてみたらどうだ」
麗華様は力なく、諦め顔で笑った。
「私なんてお母さんたちには邪魔なだけ。私は二人が何で忙しいのか知らないし」
山本くんに背を向け、台詞を吐き捨てる。
「知りたくもないし。はっきりしたくない」
目の端に何か光った気がしたけれど、麗華様は上を向いて頭を振って僕にも見せない。それでも麗華様は再び山本くんと向き合い、少しだけ考えてから言った。
「でも私は、君と一緒に歩んでいることまで無駄だなんて、思っていないから」
山本くんは分からないという表情を浮かべたけれど、それでも何か感じたのだろうか。麗華様の頭を撫でながら答えた。
「たまには俺が麗華に手料理作るか」
「嫌だよ、せっかくの食材がかわいそう」
「じゃあ俺と作ってみないか」
麗華様は親指の爪を噛みながら答える。
「マッドサイエンティストの手料理を、翔太が食べてくれるんだ?」
「マッドサイエンティストじゃなく、なんていうか、その、隣人だけど家族的な、さ」
麗華様は頬を染め、快活な笑顔で答える。
「じゃあ翔太は私の、大切な、弟かな」
二人の笑い声に、僕はほんの少し魔法少女ワーク・ライフ・バランスの暖かな夢を見た気がした。
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