文芸船

虚祭——うつろまつり——

舞台を降りてみたいとは思わないか?
え? どこの舞台だって?
決まっているだろう
この小さな芝居小屋さ
舞台の外もまた舞台か
一行の文にしかならないのさ
だいたい
我々は実験動物にすぎないのだよ

 久しぶりに帰った街はどこかよそよそしかった。見覚えの無いビルが建ち並び、木々の生い茂っていた山は半分に切り取られ、建て売り住宅が無限増殖している。昔から馴染んでいたデパートも看板を掛け替え、壁も塗り直されていた。街の臭いが消臭剤で消されたようだった。通り過ぎる人も皆、見たことのない流れに身を浸しているばかりだった。

 実際、俺が街を去ってから随分時間が経っていた。それにしても、影一つすら残さず奪い尽くす必要もないではないか。本当に帰って来たのだろうか。人間どころか、街そのものが俺の帰郷を拒んでいる、そんな風に思えた。

 俺は街中を放浪して歩いた。帰ってきた俺は、どうせ恥じなど知らない人間なのだから。俺が街を去ったのもそれが理由だ。しかし結局はここに戻るほか、何も残りはしなかったのだ。

 だがやはり、街は俺の密やかな放浪する自由すらも認めようとはしなかった。俺は太陽に背を焼かれ、到底放浪を続けられなくなってしまった。そして結局、一軒の喫茶店に追い込まれた。入った途端、平坦な声の、お面をつけたウェイトレスが寄ってくる。俺はコーヒー、と怒鳴った。だが、俺のかすれた怒りが溶け込んだ声はウェイトレスの面に飲み込まれ消えていった。運ばれて来た苦い湯は俺の喉をかきむしりながら胃袋の中へと流入していく。俺は再び後悔していた。

 考えてみれば、俺が今まで欲しがったものは、手元に届いたときにはいつも別物に変貌していた。そんな失望など数え切れないほど、いや、それが当て嵌まらない記憶すらない。それでも期待通りのものが現れると信じては裏切られる、それがいつもの俺なのだ。せめて何か面白いものがないかと向こうに目をやると、ネクタイで首を絞め上げられた男が石膏で顔を塗りたくった女と密談しているだけだった。二人はそのまま一つのJIS規格の箱に入って運ばれていった。

 外に出ると、暑さは既に通り過ぎ息苦しさだけが走り回っている。俺は人気のない外れへと足を向けた。途中、猫が毛を立てて喧嘩をしていた。二匹の論争はあまりにも大真面目に行われていた。

「人間どもの権力粉砕!」

「いや、我々猫族は彼らと共存を図らなければならない! 我々は協調性が必要なのだ」

「ほう、それで君は子猫が水に沈められるのを黙って見ていたのかね?」

「馬鹿な! 私は努力したのだ。彼らが話し合いに応じなかっただけだ。それに我々も血を流さなければならん!」

 こいつらの論争はいつまで続くのか果てしなく思えていた。しかし、しばらく見ていると二匹とも塊になって転がり堕ちていった。

 暫く進むと、玩具屋が軒を並べている所に出た。玩具屋はみんな気難しい顔のお面描き直している真っ最中だった。彼らは呆れるだけ細やかな技の持ち主ばかりだ。しかし、結局ほとんど違いのない形に仕上がっていくのだった。

 外れまではまだかなりの距離があるようだった。腹が減っていた。珈琲一杯では全く何の効果もない。何か食料が欲しかった。俺はコンビニか食堂がないかと見回した。するとずっと先の方にコンビニの看板が光っているのが見えた。何ということもなく、早足になって店に向かった。

 中はどこにでもある装飾、適当に売れ筋の雑誌、そして正確に並べられた弁当があった。俺はたこ焼きと赤ワインを手にレジに並んだ。

 ここのコンビニはベルトコンベアを採り入れていた。店員はベルトコンベアに載せられた商品を次々と処理していった。彼らは見ているうちにレジそのものと融合して進化して処理速度を上げていた。俺が店を出るときには、店長が脳を取り出してさらに素早い脳と交換し始めていた。

 ずっと歩いているうちに、俺は外れに着いた。そこは境界線がただ一本引かれているだけで、その先は霞んで見えなかった。ただ一つわかることは、その境界の先にも再び小さな街が広がっているということだけだった。 俺はそっと境界にかかっている道に手をかけてみた。すると道はセロハンテープのように簡単に剝がれてきた。俺はそのまま道の端をめくり上げて一ひねり加え背負った。そのまま回れ右すると反対側の外れに向かうことにした。

 反対側はお祭りの真っ最中だった。踊り食べ、今だけの遊びに夢中になっていた。みな綺麗なお面をしっかりとかぶったままはしゃぎ回り、そのくせなぜはしゃいでいるのか、誰一人わかっているものなどいはしなかった。道を背負った俺のことを気にかける者など、一人として居るはずもなかった。

 俺はここの道の端も見つけた。俺は道の両端にしっかりと糊付けし貼り合わせた。段差は気付かぬようヤスリで落とした。

 途端、祭の中を教科書が流れていった。人混みは四方八方に整然と並び、露店商は老人に玩具を、子どもには盆栽をすすめていた。派手な張り子の神輿は裏返しになりながらも、男たちは大切に背負い続けていた。

 俺は手渡された粒だらけの甘酒を一気に飲み下すと玩具のお面を被って踊りの列に加わっていった。祭は風と一緒に循環し続け、俺は道の端にたどりつくまで街に留まることにした。

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