文芸船

可愛い意地っ張り

 ミナを言い表す上で、じゃじゃ馬なんて言葉では穏やかすぎると思う。幼い頃は女の子のくせしてガキ大将だったぐらいで、僕と同じ十五歳なのに近隣の村々でも一番の剣士として名を馳せているから、じゃじゃ馬さに力の裏付けがついたぶん、ますます無茶苦茶な思いつきと突飛な行動で周りをかき回す。それでも僕はミナとずっと仲良しだ。でも今回ばっかりはさすがの僕でも耳を疑った。

「だ・か・ら、ちょっとした旅行だってば! ほら、近所だし」

 僕は呆れて溜息をつき、手を振って魔法書にかじりつく。ファダームの洞窟に潜ってみるなんて冗談じゃない。ろくでもない噂ばかりで、王室の騎士だって避けるなんて言われている。そんな場所に行くなんて近づくだけでもまっぴらごめんだ。

「外に行くんだもん、旅行でしょ。テルアは心配し過ぎなの」

「あのなあ、あそこに行った冒険家や戦士がどれだけ行方不明になってるか知らないわけないだろ!」

「はーいはい、魔道士見習いさんにじーっくり教えて頂きましたからよーく知っておりますわよ」

 ミナは僕の鼻をつまんでけたけた笑う。僕は手を振り払って、ファダームにまつわる噂を改めて話すことにした。

 ファダームの洞窟というのは、約二十年前に坑内爆発により閉山したファダーム鉱山だ、というのが王国公式の博物書にある記述だ。でも、坑内爆発が嘘っぱちなのはこの辺じゃ六歳の子どもでも知っている話。じゃ、何でそんな嘘を載せてるかって言うと、おそらく王国の面子だろう、というのが世間の噂。でも僕みたいな見習いを含め、魔道士の間ではもっと別な噂がある。

 それは魔道実験の失敗だという。それも生物の改造実験だ。というのも、ファダーム鉱山の閉山時期と生物改造実験の規制が同じ年に起きていたのだ。さらにファダーム鉱山の閉山時に王室の偉い魔導士が鉱山付近の宿屋に宿泊していたという話も伝わっている。そんなわけで、謎の何かを「ファダームの災厄」と呼んでいるのだ。

 話し終わると、さすがにミナも神妙な顔をしていたが、続いて悪戯っぽい表情を浮かべた。

「やっぱり、そんな話を聴いちゃうとさ。さらに私の胸は真実を暴けと騒いじゃうな」

 やっぱ駄目か。ま、もう諦めてんだけどね。でも僕はもう一度最後の説得にかかる。

「そりゃミナはこの一帯じゃ恐いもの無しさ。でも国一番の騎士まで駄目だったんだよ。どれだけ無茶か考えるんだ」

 ミナは顔をしかめて考え込む顔をする。でも。やっぱ僕の期待するような答えを出すミナじゃない。

「私の性格知らないわけないよね。お願い、テルア」

「僕まで巻き込むの?」

「あんただって見習い期間終わらないうちに魔道書を貰っちゃった秀才でしょ。そりゃ臆病者だけどさあ」

「はいはい、どうせ僕は臆病者ですよ。無茶は嫌いです」

「あー、まったそうやって拗ねるぅ。ね、ね、テルアの好きな秘密の魔法とか関わってるんでしょ。私独りで調べに行くなんて出来ないじゃない。ちょうど良い機会よ?」

「さて、整理してない文献読み直そうかな」

 僕が取り合わないのを見て、ミナは遂に最後の大技に出た。

「ねえ、だーめ?」

 ミナお得意の『最高の』笑顔。こんなかわいい顔して近衛軍の兵士を倒せるっていうんだからとんでもない。でも。悲しいかな、僕はいっつもこれに負けちゃうんだ。溜息をついて魔道書を閉じ、黙って杖を握るとミナは僕に飛びついた。その体は思ったより柔らかく、自分の顔が赤らむのがわかった。


「ミナ、そんなに急がないでよ」

「いっつも本読んでばっかだからそうなっちゃうの。もう、しっかりしなさいよ」

 杖にすがりついた僕をやいのやいのとけしかける。そりゃ僕は体力ないけど、それにしてもミナの超人的早足に合わせられたらたまったもんじゃない。僕は無視してその場に座り込んで水筒の水を口にした。

「だっらしないな。私なんて鎧兜に長剣まで装備してるのよ? あんたなんてハイキングと同じじゃない」

「ミナに合わせられちゃたまんないね」

「あー、はいはい」

 ミナはやっと諦めると、溜息をついて敷物を敷く。どう見てもミナの方がピクニック気分な気がするんだけど。でも、こういうときは嬉しいことがある。それはミナの作る弁当だ。僕が初めてミナの手料理を食べたのは魔道士学校の受験勉強で呻いていたときだ。で、それ以来ミナの料理のファンだったりする。がさつな割に料理が上手いことに初めは驚いたけれど、後でサバイバル料理店の髭もじゃ店主を師匠だと紹介を受けて納得した。

 僕は弁当を食べながら、何故ミナがファダームの洞窟にこだわったのか考え直す。いつもの無茶苦茶と思っていたけれど、幾ら何でも今回ばかりは暴走が過ぎる気がする。ぼんやりと考え込んでいると、ミナが頰を赤らめてこっちを睨んでいた。気がつかないうちにミナの顔を見つめていたらしい。僕は思い切って直接訊くことにした。

「何でこの洞窟にこだわったわけ? 他だってあったろうに」

「んー、なんとなく」

「なんとなく、で一番危険なとこなのか?」

 問い詰めると、ミナはでっかい卵焼きを僕の口に押し込んで、自分もアスパラのベーコン巻きを三個も口に放り込んだ。おかげでしばらく話が中断してしまう。やっと卵焼きの始末がつくと、一足先にミナが口を開いた。

「選んだ理由はね、冒険が成功に終わったら教えてあげる」

 ミナはさっさと荷物をまとめ始める。頑固なときに片づけするのはちっちゃいときからの癖だ。こういうときは何を言っても無駄。僕も諦めて荷物をまとめた。立ち上がると、ミナは一言呟くように言う。

「やっぱテルア、鈍感だよ」

「何だよ、それ」

「そういうとこ」

 笑ったミナがいつもよりかわいいように思えた。とりあえず立ち上がって緊張感も戻し、僕たちはファダームの洞窟へと歩を進めていった。洞窟までは危険らしい危険はないはず。一番危ないのは山賊だろうけど、ミナがいればそんなの問題じゃない。

 薮を抜け、岩を飛び獣道を辿っていく。こんな道でもミナが言うには一番の近道だそうだ。剣士の修行で培ったのか、子どもの頃の野生の勘で歩いてるのかわからないけど、とにかく危険には合わずに洞窟の前にたどり着いた。

「さあて、しまっていきますか!」

 ミナは入り口にある王家の封を破り、ついで洞窟を閉ざす分厚い石板を一刀で叩き割る。いつ見てもとんでもない膂力だ。ミナは入り口に立ち、目を細めて動かない。嫌な空気、と呟いて唇を嘗める。僕の方にも次第に生臭い空気が流れてくる。奥は真っ暗で何も見えない。

 僕はミナと交代し、魔道の杖を中へ差し出して魔力を調べる。背後には見守るミナ。この背中の気配がいつも安心させてくれる。かすかに妙な流れを感じる。人工的で、その上無駄に撒き散らす感じはなく、それなりに制御されている何かから漏れてくるような気配だ。

「やっぱ、魔法が使われてる。けっこう複雑なものだね」

 ミナは少し考え、そして僕の肩に手を置いた。

「テルア、離れちゃだめだからね。ここから二人、一心同体!」

 いきなりの言葉に泡食っても、ミナは何もなかったように洞窟の中を指さした。僕は何だか気恥ずかしくなり、杖を構えるとミナの背中に隠れるようにしてそっぽを向いた。

 中は怪しげな気配が漂っているものの、一応は整地されており辞典に載っている鉱山の特徴どおりだ。ただ、ルビー採掘体験で子供に遊ばせる程度のルビーは混じっていただろうが、ルビー採掘自体では採算に乗らない低質の岩質だ。ミナは岩壁を剣で叩きながら訊いた。

「テルア、ここってルビー鉱山だったんだよね」

「一応ね。実際にはブラッドメタルが目当てだったらしい」

「ブラッド・メタル? それってめちゃくちゃ高価な金属じゃない。よく鎧や剣にするよね、強いから」

「それ以外には魔道具製造にも使うんだ。つまりは軍事拠点だろ」

 ミナの瞳が曇った。やっぱりミナには魔道具って言葉は刺激が強すぎたかもしれない。昔、魔道具で大変なことをしでかしたから。ミナはそっぽを向いて、ごめん、と呟くように言った。

「私よりテルアの方がつらいんだよね」

「今は気散らさない方が良い」

 ミナはかすかに涙を溜める。でも。僕は慰めない。いや、慰めることなんて出来ない。あの事件は消えることはない。たぶん、ミナの中で僕は被害者以外の何者でもない。その僕が隣にいる限り、ミナは苦しむかもしれない。でも、だからといって僕がわざと離れれば、また彼女は思い悩むだろう。空気が重苦しかった。古い記憶はただ、僕たちの間を五年前に引き戻すようだ。

 でも好都合というかなんと言うか、目の前が突然広く開けた。見回してもただ空間が広がるばかりで、向こうにかすかに通路が見える。でもこの広さは不気味だった。鉱山でこんな広場ができるような掘り方はするはずがないし、自然に発生した洞窟の空間ではない。

 慎重に魔力を調べると、魔力バランスが滅茶苦茶だ。まるで巨大な魔法を施したばかりのような乱れ方で、入り口で感じた魔力を濃厚にしたような気配を持っている。

 危険なのね、というミナの問いに僕は黙ってうなずく。と、急にミナが僕に向かって剣を突きだす。すぐに腕を引っ張って僕を自分の後ろにかばう。僕のいたところには、見たこともない生き物の死体が転がっていた。牛に似ているが、足はなめくじみたいな妖獣だ。こんなの生き物、この世界にはいないはずだ。

 こいつかな、とミナが言うので一応は魔力を測る。似てはいるけどやはり、これが原因だとは思えない。

「もっともっと巨大、っていうか生命力の強い奴がいる」

「そいつが『ファダームの災厄』ってわけね」

 ミナの言葉に反応するように空気が動いた。生臭さがひどくなる。血の匂いが充満し始め、目の前の空気が密度を増していく。カンテラの光が歪み、そのうち透過しなくなり巨大な髑髏が目の前に浮かび上がった。髑髏の葉には乾いた血がこびりついており、空いた眼窩にはムカデが何匹も這い回っていた。

「性懲りもなく現れたか、愚者たちよ」

 髑髏の声が洞窟に響きわたる。残響だけでも僕らの精神を蝕むように思える。でもミナは堂々と口をきいた。

「おい、ドクロ。お前が『ファダームの災厄』だな」

「元気な娘だな。ブラッドメタル掘りの指導をしていたんだがね、これだけの鉱石を目の前にしたらむらむらっ、ときたんだよ。その呼び名は初耳だが、まあ世間ではそんな評価を受けていても仕方は無いかな」

 髑髏はしわがれた禍々しい声で嗤う。ミナは剣を構えたまま、髑髏に何をしたのか詰問した。すると髑髏はいかにも愉快そうに笑い声をあげながら答えた。

「不死の術で、この美しい肉体を手に入れたのだよ。面白かったよ、鉱夫をいたぶるのはねえ。あの快感、忘れられんよ。その上年一回は生け贄が手に入る。素敵な人生だよ、全く」

「変態には素敵なんでしょうね。で、今回は一緒にティータイムを楽しもうってわけじゃなさそうね」

 ミナの憎まれ口に、元魔道士の化け物は陰気な軽口で返した。

「ティータイムに誘いたいのは山々だが、当家はあいにく人肉を使うのでね。君たちは残念ながら材料として参加していただこう」

 髑髏が急に巨大化する。剣を握るミナの手に力がこもる。一瞬の差で髑髏の発した爆風を僕の魔力壁が弾き飛ばす。力から考えると、かつてはかなりの魔道士だったようだ。ミナが飛び上がる。再び魔法を使うが、ミナのスピードには追いつけない。背後に回ったミナは一気に剣を突き立てた。だが剣が髑髏に同化されていく。離れたミナの背にさっきとそっくりの剣が突き立つ。

「ミナ!」

 飛び出してミナを受けとめる。剣を抜いて治癒の魔法に入る。

「無駄だ無駄だ。もう小娘の剣と太刀筋は写したわ」

 魔物は叫んで僕に剣を降らせた。僕は全ての剣を浴び、心臓を貫かれる。でもミナの治療は終えた。あとは。

「な・に? なぜお前は生きている?」

「黙れ」

 心臓を昏い水が覆った。俺は全身に突き刺さった剣を抜いて放りだす。握りしめた杖に魔力を装塡する。

「ま・さ・か、お前!」

「背徳の聖杯は狂気の力を与えるのさ」

 杖が魔力で光り輝く。浄化の働きを持たない、邪悪な罪の炎。救いのない破滅の炎。俺の呪われた炎。

「ミナに手を出した奴を許す気にはならないね」

「待って、待ってくれ。そんな、そんな炎を喰らったら儂は!」

 聞く耳は持たない。ミナの傷は癒えても許せない。だから僕は杖を笑顔で突き出した。髑髏を黒い炎が包み込む。狂炎が髑髏を食いちぎる。燃え上がった髑髏は無駄な苦痛に悶え続ける。

「テルア、やめなさい!」

 ミナの叫び声。俺の体が抱きしめられる。手の甲に、涙。

「テルア、あいつの仲間になっちゃダメ。やめて、やめてよ」

 やっと正気に戻った。慌てて僕は杖を手にする。穢れの炎は一瞬で鎮火し、目の前にはほんの一盛りの灰だけが残っていた。

「ごめん。魔法、使わせちゃった」

 謝るミナに、僕は首をふる。でもミナは俯いたまま。僕は言葉を選びながら話しかける。

「仕方がないよ。むしろ大きな力だって思ってりゃ大したことないんだし」

「私、知ってる。使うたびにテルアが同じ苦痛を味わうこと」

 ミナは首を振って僕を抱きしめる。あのときと同じように。

 今から五年前、十歳の頃の話だ。二人で祠に遊びに行って、ミナが悪戯して御神体の魔道具で汲んだ水を僕にぶっかけたんだ。そのときは僕がむくれてミナが大笑いしただけだった。何の変わりもない、いつもの光景だった。でも帰りに襲ってきた狼を僕があの炎で焼き殺したんだ。

「狼を倒した日、夜中に聞こえてたの。焼かれた狼の吠え声とそっくりに泣くテルアの声、耳に残ってるもん!」

 そっとミナの頭を撫でる。ミナが剣士になったのも、実際は僕を元に戻す方法を探すのが目的みたい。でもそんなこと一言も言わない。たぶん僕に心配されたくないから。だから僕も敢えて気づかないふりを続けている。

「噂聞いてたの。ここの魔物の血は呪いを解けるんだって」

 僕は灰を恨めしそうに見つめるミナを揺すった。

「嘘に決まってるよ。それに呪いを解く方法は世界創世の炎しかないんだ。文献にそう書いてる」

 ミナは頰を膨らませ、馬鹿、と呟き、ミナは僕の手を優しく取って帰ろう、と笑った。


 外はもう朝だった。既に丸一日洞窟にいたらしい。ミナは背伸びをするとやっとのんびりした声を出した。

「私が倒してたら賞金がっぽりだったんだけどなあ。テルアじゃ秘密にするしかないもんね」

 そうだね、と軽く答えると、ミナはちょっと恨みがましい顔を向けた。

「テルアは家庭教師のバイトがあるけど、私は剣で食ってるんだもん。ああ、もう!」

 すぐに僕は鞄からさっき手に入れた小指大の赤い石を鞄から取り出した。

「原石から魔法でルビーを取り出した。磨けば少しはお金になるよ。あげる」

 ミナは飛び上がり、またすぐに考え込んだ。そして呟く。

「やっぱ、売るのやめよ」

 何で、と言うとミナは再び僕を横目で睨んで鈍感、と言ってそっぽを向いた。

「何だよ、それ!」

「私の誕生日、知らなかったっけ」

「もちろん知ってるよ、そりゃ」

「あんたの研究って誕生石もあったよね」

「とくに婚約指輪にまつわる魔法とかね」

 しばらくミナは恨みがましい目で僕をみつめ、いきなりすたたっ、と早足で歩き始める。

「おーい、なに怒ってんだよ! 待ってよ」

「鈍感。今夜はそばにいてあげようって思ったけどやめた。一人で苦しみなさい。もうご飯も作らない。やーめたっ!」

 ミナのご機嫌を直すには、またしばらくかかりそうだ。

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