「さあみんな、紅忍を応援するよ!」
司会のお姉さんが呼びかける。子どもたちが一斉に歓声をあげた。忍法戦隊の俺、紅忍は二振の刀を構える。
俺は紅色のぴったりとしたアクタースーツに、忍者頭巾を模したマスクを被っている。俺の後ろでは青忍が忍び鎌を、緑忍が巨大な手裏剣を構えた。対するクモ怪人は俺たちのヒロイン、桃忍を取り押さえている。
俺は両手の刀をあらためて構え、右手の柄に仕込んであるスイッチを押した。刀が二振とも七色に光る。
「紅忍の必殺技、七色二刀剣だーっ!」
司会のお姉さんが声をあげ、子どもたちは声を枯らせて応援する。俺はクモ怪人まで一気に駆け寄り、宙返りして背後から二振の刀をクモ怪人に振り下ろした。
床から七色の煙幕が吹き上がり、クモ怪人が倒れた。俺は桃忍を抱き寄せ、額を人差し指で押してやる。そして会場に向かい、お約束の構えをとると「成敗!」と叫ぶ。今日、最大の歓声が会場に響き渡った。
忍法戦隊シノビスティアは、神奈川県に整備された忍者テーマパークの変身ヒーローで、激しいアクションが売りだ。女性隊員の桃忍が怪人に捕らえられることもあるなどで、独自色を押し出している。俺たち忍法戦隊員は二十代の契約社員で、俺は最年長の二十八歳だ。
経営層は、千葉県にある国際的なテーマパークに追いつけ追い越せと言っており、俺たちはその花形だ。とはいえ経営層が俺たちの控室に来るはずはないのだが。
「甲賀君のアクションは相変わらずキレがあって最高ですね。みなさんは本当に素晴らしい人材ですよ」
はげ頭の支配人が俺たちの控室へやってきて、わざわざ俺たちの演技をほめちぎった。手土産に鳩サブレーまで持参している。桃忍はさっそくマスクを脱いで菓子を手にした。忍者スーツがきついから減量するとか昨日も言っていたくせに、こういうところは手早い女だ。
というか、支配人が菓子を持ってねぎらいに来るだなんて、何かあるに決まっているのに能天気なやつだ。ある意味、ヒロイン役そのままなのかもしれないけれど。
俺は菓子に手をつけず、支配人をじっと見つめた。桃忍が小動物みたいに菓子をさくさくと食べる音だけが室内に響く。そして支配人は決断した顔で口を開いた。
「素晴らしい人材のみなさんを前に、断腸の思いですけどね。ヒーローショーは今月末で終了と決定しました」
俺はため息をつき、青忍と緑忍は口々になぜだと声を荒らげる。桃忍は菓子を喉に詰まらせてうなっていたので、俺はペットボトルのお茶を桃忍に投げつけた。
「昨今の感染症対策で、公演会場の許認可を従来の半分の収容数にする、と役所から通知があったのですよ」
「たとえ半分でも、子どもたちは待っています! それにこの遊園地の花形はヒーローショーのはずでしょう」
桃忍は、素直で優しすぎる言葉を発した。すると支配人は、嫌な笑みを浮かべて即答する。
「入場料収入が半分では、怪人スーツの改修費や煙幕代で赤字ですよ。今月は契約社員の方々の契約更新月ですが、まさかみなさんの給料を半額にできませんし」
こいつ、俺たちのせいにするつもりか。それでも、俺は口をつぐんだまま支配人を待った。支配人は俺たちに一枚ずつA4版の紙を配る。給与はそれなりに減少し、裏方の仕事が中心となる契約変更の提案書だった。
青忍と緑忍は資格を取っていたそうで、整備や機械操作と雑用だ。この二人は主役を断る地味な性格だから、さほど抵抗はないようだ。桃忍は迷子センター係か。桃忍は落ち込みつつも、子どもは好きだからと納得したようだ。そして俺も迷子センターと各種の力仕事だ。とくに高所作業が多い。俺の身軽さを勘案したようだ。
だが、ショーが終了したあともずっとこのまま働き続けられるのか疑わしい。いったん給料を下げて、そのうち理由をつけてリストラされる方がありそうな話だ。
「話はわかりました。落ち着いて考えたいと思います」
「そうですか。お早めにお願いしますね」
俺の返答に、一瞬だけ支配人の目が笑ったことを俺は見逃さなかった。駄目だ、ここはたぶん泥舟だ。
劇団に行けば良いと思う人もいるだろうが、それは素人の考えだ。演劇だけで食っていける人はほんのひと握りで、ほとんどは副業でなんとか食っている業界だ。その点では、俺は今まで恵まれていたのかもしれない。
俺は転職サイトの情報を検索し、転職雑誌を読み、そして今はハローワークにいた。なるべく今のアクターのような仕事があれば良い。俺なら怪人役だっていける。
パソコンの検索画面をスクロールしているうちに、一つの妙な募集が目に入った。
——正義の味方を大募集! 函館市を襲う世界征服組織を一緒に倒しませんか。NPO法人正義執行機構——
詳細をクリックすると、体力と健康に自信のある方、器械運動や武術などの経験者歓迎とある。これなら俺に合いそうだ。俺は昔に函館市の大学に在学していたことがあり、首都圏を離れることにも抵抗は少ない。
俺はこの募集に申し込んでみることにした。
新幹線を降りると、やせ型でチャコールグレーの背広を着た、銀縁眼鏡の中年男性が俺を待っていた。
「私、NPO法人正義執行機構にて、局長および総務課長を務めさせていただいております細田と申します。シノビスティアの動画は拝見しまして、感心しました」
細田局長は眼鏡を神経質に直しながら俺に名刺を差し出す。俺は名刺を受け取り、名刺がないことをわびた。
細田局長は、俺の履歴書を見て即決したとのこと。このNPO法人はなかなか親切で、借上住宅まで手配してくれた。さらにこうやって責任者が自ら迎えに来てくれるとは恐縮してしまう。とはいえ正直、安心した。
「機構につきましたら、簡単な健康診断を受けていただきます。ごく普通の問診と血液検査ですのでご安心を」
いきなり血液検査とは珍しいが、危険の多いアクターで、感染症対策がうるさいこのご時世だと当然か。
車窓から眺める函館市は、久々の来訪なので懐かしさと違和感がわきまじる。大学を卒業してたった六年、もう六年か。感傷にひたる間もなく車は新函館北斗駅から函館駅を通過して、さらに観光地の西部地区へ向かう。ヒーローショーなら観光地の近くにあるのだろう。
そう思っていたら道を折れ、いか塩辛などの水産加工場や造船所が立ち並ぶ町外れへと入っていく。そして車は二階建の建物の前に止まった。建物の入口には飾り気のない看板で「NPO法人正義執行機構本部」とある。
俺は局長に案内されるまま会議室に入った。会議室では女性看護師がほほえんでいた。美人だし細身ながら鍛えた体なのだが、どうにも胸の辺りが寂しい印象だ。
「甲賀さんですね。歓迎いたしますわ。問診票に必要事項をお書きください。体温を測りますね」
彼女は手板とボールペンを渡し、非接触型体温計を額にかざした。問診票の中身は、初めての病院で書かせられるような通り一遍の内容だ。体温は平熱で問題ない。
彼女は注射器を持ち、俺に腕をだせという。左腕をまくって差し出すと、不慣れな手つきで消毒して注射器を構えた。彼女は何回も採血管を交換しながら血液を採取していく。そして最後に、彼女は何かを注入した。
「おいあんた! 何を注射したんだ?」
とたんに彼女は表情を変え、舌打ちすると桃忍よりもはるかに素早く俺から身を離して胸元を押さえる。
「ドクター、気づかれちゃいました」
『いいよ即効性だから。今そっちに行くからよろしく』
胸元にスピーカーが仕込まれているのか、女児の声が聞こえた。飛びかかろうとしたが、この看護師は全く隙がない。桃忍どころか青忍、緑忍より強い感じがする。
扉が開くと、白衣を着た女子小学生が偉そうな態度で入ってきた。生意気にも、胸ポケットには細い金色の高級ボールペンを刺している。小学校三年生ぐらいか。
「私は今年、十一歳になるの! 小学三年生とか、ばかにしたらただじゃおかないからね」
「ドクター天川、あなたを知らない人には無理です。どう見ても小学校中学年ですよ」
看護師は俺を無視してちゃかす。ドクターって、このちびっ子が医師だというのか。ちびっ子は偉そうに胸を張ると、俺に指揮棒のようなものを向けて叫んだ。
「ジャスティス・トランスフォーム!」
体が急に熱くなり、次いで着ていた服が縫い目でばらばらとほどけて床に落ちる。皮膚の表面が硬化し始め、白く輝く網目が全身の皮膚を覆い隠して紅に変わる。頭髪が急激に伸びて顔を覆い隠し、毛髪が互いに融合して板状になると目を覆い隠す。最後に毛髪の板が透明になり、再び視覚が確保された。
看護師が初めて会ったときの笑顔で、姿見を俺の前に置いた。そこには初見の、だが俺には何者かわかる姿が映った。知らない紅色の変身ヒーローが立っていた。自分の動きと鏡の動きが一致することを確認し、自分の頭というかマスクをたたいて頬をつねられないと思い。
そして俺は、そのまま気絶した。
「おっはー。おじさん、歓迎のあいさつをやろうよ」
能天気な女子小学生の声が頭上に響いた。目を開けると、さっきのちびっ子がうれしそうに俺の顔をのぞき込んでいる。俺はこわごわ、自分の両手を見つめた。やはりヒーローショーのアクターが付けるような手袋だ。
ちびっ子は金づちを持ってくると、それで缶詰の空き缶をたたいた。間違いなく本物の金づちだ。次いで、いきなりその金づちで俺の左手の甲を打ちつけた。
「ほうら痛くない痛くない! やっぱり天才だね私」
痛く、ない。痛くはないが。なんだこれは。
「だから変身ヒーローでしょ。おじさん、こんな簡単なこともわからないの」
「まず、俺はおじさんじゃない。お兄さんだ」
「私の歳から言えば」
「小学三年生から見ると?」
「がってんオーケー、お兄さんね」
俺の返しに、ちびっ子、いや少女は素直に従った。
「お兄さんは正義の味方になるんだから、武装外骨格構築用ナノマシンを接種しましたっ! 何か疑問は?」
「いっぱいありすぎて訳がわからんわ!」
声を荒らげると、先ほどの看護師が横から口を挟む。
「だからドクター、自分は非常識だってことを認めなさいって。私が代わりに話してあげるから」
看護師は少女を抱き上げてから話し始めた。
「まず自己紹介するね。私は作戦課長の姫野で、あなたの上司になるわ。で、こっちの白衣を着た女の子が開発課長のドクター天川。見た目は小学三年生だけど小学五年生。米国MITで博士号取得済の超天才児」
あまりの話に、俺は頭が空っぽになった気がする。だが彼女は、そんな俺の態度にかまわず話し続けた。
「で、うちって本当に悪の組織と戦っているんだな、これがまた。だからドクター天川が開発した、正義のヒーローに変身できるナノマシンを注射したわけ。詳しく説明してからだと逃げられそうだから、気づかれないうちにやっちゃえって、細田局長が言っていたんだ」
細田局長。あの迎えに来た親切そうな責任者は、食わせ者だったということか。でもこんな夢物語みたいな。
「夢みたいとか、現実逃避しちゃだめだよ。お兄さん」
ドクター天川はへらへら笑い、指揮棒を俺に向けて振る。すると巻き戻すように変身が解けた。姫野課長は顔をそむけると、ボクサーパンツ、白Tシャツと濃紺のデニム、黒革のベルトに、黒のグルカサンダルを次々と俺に放り投げてくる。どれも包装やタグがついたままの新品ばかりで、サイズはサンダルまでぴったりだ。
納得しないまま服を着込む。服を着ると、頭が少しは冷静になる。そこで俺は気になったことを問いかけた。
「うそみたいな話、とは思うが現実なのはわかった。だが、俺の内心を読む機能まで仕込むのはひどいだろ」
「そんな機能は仕込んでいないよ。というか、そんな機能は、私にはね、絶対に作れないもん」
「君さ。さっきから俺の言いたいことを、そのまま先に言ってやがるじゃないか」
ドクター天川は、姫野課長と顔を見合わせて笑った。
「甲賀君って、戦隊熱血リーダーそのままなんだもの」
姫野課長の言葉に、ドクター天川がまた笑う。この甲高い笑い声だけだと、間違いなく子どもだよな。
「ずっとそういう役をやっていたから、仕方ないだろ」
「あのねお兄さん、役柄の身のこなしや体形じゃなく、性格。裏表がなくて、正義に燃えるお兄さんって感じ」
「ほめても何も出てこないぞ」
「お兄さんって、統計的推論どおりに話すんだもの。私にはすっごくわかりやすいよ。お人よしなんでしょ」
表裏がないお人よしってのは、桃忍みたいな人のことを言うんだ。俺は社長の顔色を見て、戦わずに職場から逃げた。桃忍や緑忍、青忍とも相談すらしなかった。忍法戦隊を信じてくれた子どもたちを置き去りにした。
だから俺は内心を隠したくて、紅忍だったときの余裕ありげな、表面だけの表情をつくった。
姫野課長は哀れみの視線をドクター天川に向けた。
「甲賀君ならドクター天川と仲良くできるわ。この子は天才だけど、人の気持ちを察するとか全然できないし」
「そりゃ、子どもだからだろ」
ドクター天川は顔をそむけ、白衣のそでをかんだ。
「この子って、今でも小学校に通っているんだよね。博士号は持っているけれど、社会生活になじむ能力については、幼すぎて。例えば寝るときとかだってさあ」
「もう、くまさんがなくても寝られるし!」
「そうだねー。ナノマシン開発の徹夜で、くまさんのぬいぐるみがなくても寝られるようになったもんねー」
優しげな声音で、俺も意味がわかる。他人に「寝るときにくまさんのぬいぐるみが必要だった」なんてことを平気で言ってしまう時点で、あまりに幼すぎる。
本人もやっと気づいたのか、あわててそっぽを向く。無表情になり、俺たちに濁った視線を向けてつぶやく。
「人心把握は、うちの学級委員の足元にも及ばないわ」
でも、すぐに恥ずかしそうにしながら早口で言った。
「天才とか言われても苦手はあるの。そんなわけで、私が人の気持ちを読むような研究はできるはずがないの」
この天才児が、ヒーローショーを観に来てくれた子どもたちと同じように思えてくる。俺はしゃがんで視線を合わせると、右手を差し出して声をかけた。
「俺もいい歳をして舞台の夢を追うやつだ。そのぶん、裏で子どもだましにかけるようなまねはしないぞ」
「お兄さんは良い人だね。これからよろしくね」
ドクター天川はやっと、年相応のかわいい笑顔を見せる。姫野課長は俺たちを見つめ、両手を打ち合わせた。
「それでは作戦室に移動しますか」
俺はうなずきつつ、ドクター天川がわずかにみせた、濁った瞳が無性に気になっていた。
作戦室は壁に多数のモニターが設置されており、真ん中には扇型をした透明な机が置かれていた。中央には細田局長が座っており、あわてて立ち上がった。
「到着早々の急な展開で、大変失礼いたしました」
「女子どもは殴らない主義だが、だまし討ちを児童にけしかける下衆野郎は、殴って良いと思っているんだが」
俺は舞台仕込みの怒気を込めた。細田局長は後ずさりしながら両手を振って言い訳する。
「ナノマシン接種の説得など難しいうえに、ドクター天川との会話がすぐに成立するとも思えませんでしたし」
「この子はぶっ飛び過ぎて、善悪の判断が危ういかもしれない。だが、心根が腐った大人と違って話せるぞ」
「それに、女子どもはなどと古風なことをおっしゃるなら、まずは姫野君を殴ってはいかがですかね」
「おまえ、こんな女性を殴れとかよく言えるな」
「いや姫野君は男性ですよ」
俺はあらためて振り向く。白衣から着替えた彼女は、白ブラウスにグレーの上下スーツを着ている。ボトムスは当然にタイトスカートでパステルビンクのハイヒールが上品に似合っている。胸の辺りは寂しいが。
「これが男だと?」
「ごめん。私、女性だって自己紹介はしていないけど」
姫野課長が妙なことを口走った。俺は首だけ動かして彼女を見つめる。すると彼女は名刺を俺に差し出した。
作戦課長兼指令・姫野竜介。
「私はかわいいお洋服も、シックなブラウスも大好き。性別なんて細かいことを気にする人はもてないよ」
「だまされたっ!」
「やっぱりお兄さんは、私の仲間だね」
ドクター、悪意はないのだろうが、仲間を主張されても全然うれしくないぞ。毒気を抜かれた俺を前に、局長は背筋を伸ばし、胸元から原稿を取り出して言った。
「それでは辞令を読み上げますね。本日付けで、甲賀忍を作戦課戦闘係長に任命する。開発課調査係長併任を発令する。これからのご活躍を期待しております」
「こういう流れで、ごく普通の会社みたいに辞令を平然と読み上げる、あんたの神経がすごいよ」
「出身が行政事務官ですので、法令規程を正しくこなさないと気持ち悪いのですよ」
平然と答える局長に姫野課長が意地悪な声をかけた。
「さすが天下りダメ官僚だけあるわ」
「失礼な人ですね。配当予算を削減しますよ」
局長は眼鏡をくいくいと動かして姫野課長をにらみつけた。ドクターはあくびをしながら、ポケットから手裏剣型クッキーを取り出して食べる。次いでドリンクサーバーで二人分のココアをいれて、俺に一つを手渡した。
「あの二人がけんかするのって、いつものことだから気にしなくて大丈夫。あと、ドリンクサーバーは飲み放題だけど、お砂糖が入ったドリンクは一日二杯までだよ」
ドクターは壁にぶら下げられた手板を指さした。そこには俺を含めた全員の名前が書いてあり、名前の隣りには日付ごとに二つずつ枠がある。ドクターは俺と自分の枠に一つずつ丸をつけ「あと一回」とつぶやいた。
「局長なんて、ずっとブラックだから丸をつけないんだよね。あんな苦いお湯なんてカフェイン中毒でしょ」
うん。この変なルールは、ドクターのお子様舌を我慢させるために、全員が付き合っているだけだな。だけど今は、ホットココアのほのかな甘味に心がゆるくなる。
「局長はどこだかの中央省庁にいて、観光とかの地域振興をしながら、悪の組織撲滅もできる補助金の予算を通したんだってさ。でも、変な補助金だってマスコミにばれそうになって、出向って名目で逃げてきたわけ」
「それで天下りダメ官僚か」
「話してみると、凡人より少しはましな理解力はあるみたいだけどね。ただ、いつも法律や規則とお金に細かくて面倒くさいよ。ホソダっていうより怪人コマイダー」
言っておいて一人でうけて笑いだした。天才だそうだが、笑いのツボは小学校低学年だ。ただ、たぶん変身ナノマシンを開発する天才と比べての「ましな理解力」ってのは、俺ら凡人から比べたらかなり賢い部類だろう。
「あとね、姫野ちゃんは年齢不詳なの。それに歌舞伎町ナンバーワンだったとか古流剣術の免許皆伝だとか、本当だかわかんない話ばっかりだよ。でも遺伝子は本当に男だったよ。とにかくコミュ力おばけで私は苦手かな」
ドクターは大人びたしぐさで遠い目をした。ドクターはコミュニケーション能力が全然だめらしいからな。
「お兄さんはNPOじゃ下っ端だけど仲良くしようね。あと調査係長も併任だしね」
ドクターの笑みは素直そうでかわいい。だがその調査係長ってなんだ。まさかあの。
「俺を実験動物の代わりにする気じゃ、ないよな」
「大丈夫、学会の倫理規定は読んでいるし。局長のお説教みたいで面倒くさいんだけど」
駄目だこいつ。倫理規定を破る気で満々だ。俺の視線に、ドクターはあわてて付け足した。
「調査係長は敵側の技術情報を収集するんだよ。敵側の攻撃力はまだよくわからないの。技術分析は私の仕事。それを作戦に落とし込むのが姫野ちゃんのお仕事だよ」
「その歳で仕事をしているなんて偉いぞ」
「放課後から十七時で終わりで、遅くなるとお母さんが怒るんだよね。もう五年生だし自由にしたいんだけど」
訂正。この子にとっては塾どころか、部活や児童館に通っている程度の感覚だな。
ドクターの偏見まみれな紹介を受けているうちに、二人の言い合いは終わったようだ。
「ごめんねドクター、説明をお任せしちゃって。ただなんか怪しい紹介をしていたような気もして不安だけど」
姫野課長は微妙な笑みを浮かべてドクターに軽く頭をさげる。それでもドクターはやりきったという良い笑顔を、局長と姫野課長の二人に向けた。うん、水で薄めたような姫野課長の悪口に気付いていないな、この子。
「甲賀係長の社宅ですが、ストーブや瞬間湯沸器、ガスコンロに室内照明、テレビ、ネット環境、それにエアコンなども無料で設置貸与ですので安心してください」
局長はエアコンと言ったところで自慢げに声を強め、ドクターは口をとがらせた。
「いいなエアコン。私の部屋はお母さんが扇風機でじゅうぶんって言って付いていないんだよね。新型を取り付けようとしたら、げんこつを振り上げて怒っちゃうし」
「一瞬で真冬の南極大陸にしたり昼間のサハラ砂漠にする機器は、世間ではエアコンって言わないんだよ?」
「お母さん向けに省エネ設計したんだけど」
姫野課長にドクターは首をかしげる。この天災児を育てているお母さんは大したもんだと思う。
「少しは相手のことを考えないとだめだろ。お母さんがほしいとすれば、普通の電気屋にあるエアコンだろ」
「お母さんは発明品がお金になるとほめてくれるよ。お金にならないと、私のご飯を忘れることもあるけどね」
ドクターは笑顔で言う。笑顔のはずなのに、その瞳は光がなくて濁っていて。濁った笑顔のままつぶやく。
「私は天才だから、ひとりで大丈夫だよ。友だちが旭山動物園は楽しかったっていうから、私も一人旅で行こうかなとか思っているし。特許でおこづかいはあるしね」
俺は思わずドクターの頭を手刀でたたいた。首をかしげたドクターに、俺は視線をそらして言った。
「上司を護衛しながら引率する時間なら、空いてるぜ」
ドクターは元の透明な視線になり、小さく笑った。
「やっぱりお兄さんは、良い人だね」
こうして俺は、正義の味方として働くことになった。
出社二日目からは戦闘訓練という名の、やっぱりドクターの実験動物だった。とはいえ変な薬で何かされるわけはなく、地下の訓練室で性能検証するというものだ。
実はこの本部棟、テレビの戦隊物のような作戦室を含め地下が本体だ。階上は広報や接待用の飾りなのだ。
一か月かけた結果は、アフリカ象も素手で倒し、チーターを追いかけても捕まえられる。攻撃耐性は、体重一トンのトドに体当たりされても衝撃すら感じない。
ちなみに動物比になっているのは、週末にドクターにせがまれて旭山動物園へ連れて行った影響だ。よほど動物園が気に入ったのか、最近はお土産に買ってあげた、くまの顔がついたボールペンをいつも使っている。
で、今は何をしているかと言うと。
「細田局長、笑顔で笑顔で!」
俺のかけ声に、局長は口のひきつった笑顔をつくり、子どもたちに変なかおー、と指差されている。
うちの組織は局長がでっちあげたという、あの地域振興の予算で運営している。だから普段は、観光客の集客をねらった子ども向けイベントに参加するわけだ。今日は五稜郭公園で、正義執行機構主催の子ども交流会だ。
今回は「すごい技の忍者おにいさん」こと俺と、「アシスタントのおねえさん」こと姫野課長、司会の局長という編成だ。そこで、ドクターはというと。
「頑張れお兄さん!」
最前列で、チョコバナナを頬張りながら声をかけてくるサクラ役の少女がドクターだ。だがかけ声やら笑い声やらを見る限り、仕事は放棄して楽しんでいるだけだ。今日も胸元には、くまのボールペンを刺していた。
俺は素顔のまま、宙返りしたり手裏剣で的を貫いたりと、色々やっては子どもたちの歓声を浴びている。元の仕事なので、本業の正義の味方より苦もなくこなせる。
「甲賀係長で助かりましたよ。他の二人は、こういう仕事では本当に役立たずなので」
姫野課長が舞台変更の合間に耳打ちしてくる。かわいいワンピース姿で、子どもたちの後ろにいるお父さんたちが熱い視線を向けている。親父どもご愁傷さま。
と、五稜郭タワーからヴン、と耳障りな発振音が聞こえた。とたんにドクターが生意気そうな表情に変わり、俺に向かっていきなり変身の指揮棒を指した。俺は強制的に変身させられ、おたおたと足踏みする。
「みんなー、すごい技の忍者お兄さんが、今から大活躍するよ。そうれ、応援しようね!」
戸惑う俺も構わず、姫野課長は平然と子どもたちをあおり始める。ちょっとこんなの、台本にないんだが。
『甲賀係長、本業のお仕事です』
局長の声が無線で耳元に響く。局長は舞台裏に隠れてタブレットを操作していた。視界に動画が表示される。
『ドローンによる五稜郭タワーの空撮映像です』
局長が変身武装に送信したのか、視界に赤い手書き風の矢印が浮かぶ。矢の先を確認すると、手足の生えた北海道新幹線の車両が五稜郭タワーを倒そうとしていた。
『あれこそが我らが敵、悪の組織です』
「俺には、コントの三流芸人のように見えるんだが」
『ちなみにあれは新幹線の実寸大です』
それってかなりまずいだろう。というか、まさかあれと戦えとか言うつもりか。
「お兄さん、ガンバ」
ハートマークが空中に飛び交いそうな声で、ドクターと姫野課長が応援する。どうせ俺はいつもこの役柄だ。
かわいい応援があるだけうれしいかと思いかけ、それもいつもはオタク男とちびっ子だけだった。今もかわいい系男子とちびっ子だと思い返して、ため息をついた。
それでもひとまず気力を振り絞り、俺はかけ声を発しながら五稜郭タワーへ向かった。
さて問題です。五稜郭タワーの所有者は誰でしょう。実は民間企業だ。ちなみに東京の有名なスカイツリーも民間企業だ。意外な施設が実は民有だったりする。
そんなわけで、局長がなんか役所と違って特例法の適用外がどうしたと面倒臭いことを言っていやがるので、問題のロボットを国道まで誘導することになった。
子ども並みの落書きと悪口を空中にレーザー光で書いてあおったら、ロボットは烈火の勢いで俺を追いかけてくる。誰かが遠隔操作しているのだろう。
『なるべく市道まで誘導をお願いします』
姫野課長からの通信に、俺はどなり声で言い返す。
「国道は民間じゃないし、特例法だかでいいだろ?」
『なんか局長が、市役所だと占用許可申請書の添付書類を書きやすいからとか言っているよ』
「事務方で片付けろ。現場に押しつけるな」
『がってんオッケー丸め込む』
姫野課長は軽く了承して通信を切った。俺は国道のど真ん中で新幹線ロボットと向き合う。ロボットは正面に倒れ込んで車輪を出した。新幹線が走ってくるのかよ。
『お兄さん、鉄道は鉄路しかまともに走れないから』
「ロボット変形の時点で鉄道の常識は通じていない!」
『大丈夫。お兄さんの視覚情報で解析は完了しているから。衝突エネルギーは質量の』
「物理は苦手だ。わからないよ。ドクターを信じるぞ」
ドクターを信じるしかないだなんて、ろくでもない。自己都合退職したとき、素直に派遣会社へ登録すれば良かった。一瞬、そんなことも思ったけれど。
今日のヒーローショーに来た子どもたちを守りたいと思う。本当は幼いはずのドクターを笑顔にしたい。
新幹線が突っ込んできたが、たしかに国道を走る車の速度だ。俺はかけ声を発して正面から受け止める。海中のトド試験よりずっと衝撃を感じたが痛みはない。そのまま車体の下に手を差し入れ、一息にひっくり返した。
新幹線は焦って手足を出して起き上がろうとしたが、俺は両手を交差させ、ドクターが言うところのエアコン機能を起動する。両手にプラズマが発生して温度が二万度に上昇し、俺はそのままロボットの両手と両足へと振り下ろした。一瞬で両手と両足が地面へと落ちる。
さすが簡易プラズマ切断機能力だ。だが、これを高機能エアコンとか、よく切れるハサミとか言ってしまうドクターは、人類の危険な敵になりそうな気もする。思いつつも、ドクターのかわいい笑顔の記憶が励みになる。
あのちびっ子マッドサイエンティストが励みというのは腹立たしいが、局長や姫野課長よりはましだと思う。
『お兄さんお疲れさま。お疲れついでに、敵の車体はおみやげによろしく。分析したいから』
ドクターから、やけに明るい声の通信が入る。はいはい、と俺は適当な相づちを打って車体を背負った。
「このたびの五稜郭防衛戦につきましては、姫野課長の適切かつ迅速な現場判断および甲賀係長の」
「お兄さんの活躍にかんぱーい!」
「ありがとう。乾杯」「お疲れさまです甲賀係長」
校長先生みたいに長ったらしい局長のあいさつは、ドクターにばっさりとぶった斬られたうえに、俺と姫野課長に無視された。局長は恨みがましく俺たちを見回し、乾杯、と小さく言って俺たちとグラスをぶつけた。
今日は新幹線ロボット戦の祝勝会だ。局長は厚沢部町産の芋焼酎、姫野課長は乙部町産の赤ワイン、俺は函館の地ビール、そしてドクターはお子様なので小原コアップガラナで乾杯だ。一応は地域振興のNPOだからと、局長が道南限りにしたわけだ。ドクターが他のジュースやお茶を選んだらどうするつもりだったんだか。
「函館牛乳もあるし、りんごジュースもあるから大丈夫だよ。他にも作ろうと思えば」
「作るな作るな」
ドクターが何か作ると余計なことになりそうで怖い。俺の反応を面白がっている姫野課長もひどいやつだ。
「とにかく、これで一つの戦いに勝利です」
局長はまだ真面目な顔で言いつつ、うまそうにロックの焼酎を傾ける。見た目と違って酒には強いようだ。姫野課長もさすが、元は歌舞伎町とか怪しげな肩書を自称するだけあって、かぱかぱとワインと空けている。
「お兄さんも遠慮しないで飲めば?」
「酒に弱いんだよ。むしろみんな酒に強すぎないか?」
「たぶん強いよね、二人とも。でもアルコールの健康障害は、お酒に強い人の方が後で出やすいんだよ」
ドクターの説明に、酒豪の二人がぴたりと止まる。
「お酒の席でそんな話をすると、嫌われやすいのよ?」
「私、小学生だから難しいことわかんない。米国学会の論文で読んだことを話しただけだもん」
「ドクター天川、前後で言っていることが真逆です」
二人がすわった目でドクターを責め、ドクターは舌を出して俺の背中に回った。手には当然のように豚精肉のやきとりを二本も確保しており、その一本を俺に渡す。
「開発課長の攻撃命令。酔っ払いゾンビを追い払え」
「今日の戦士はお休みだぞ」
「えー。こんな美少女課長が悲鳴をあげているのに」
俺は笑ってドクターの頭をくしゃくしゃとなでる。ドクターはきゃっきゃと声をあげて笑う。全く変な職場で変なやつらで、でも、俺とドクターの武器があれば、敵はどうにかなるだろう。資金や役所、マスコミだって、局長と姫野課長がなんとかする。余裕じゃないか。
俺はかばんから、紅忍のフィギュアを取り出した。
「俺がやっていた職場のキャラクター。あげるよ」
「子どもだましのグッズで喜ぶと思っているのかな」
言いつつも、ドクターは目を輝かせて受け取ると、すぐにランドセルにぶら下げた。全く本当に、天才でお子様で。でもこの危うさがまた、かわいい気がする。
これからもドクターは俺が守るさ。
俺は楽観していた。
「スクールバスが襲撃されました。出撃準備です」
局長が硬い声で俺に告げる。姫野課長が眉をひそめ、爪をかみながら壁面のモニターを凝視していた。
「事態は急を要するわ。現場映像をよく見て」
ドクターの開発した、ハエ型ドローンがスクールバスに近寄る。停車しており、乗降口に接近していく。
乗降口に放り出された、桃色のランドセルが拡大表示された。忍法戦隊シノビスティア・紅忍のフィギュアがつけられている。俺の紅忍フィギュアは、ほんの少しだけ市販品と違うのだ。その特徴が、そのままだった。
俺がドクターにあげたものだ。
ドローンがランドセルに侵入し、LEDで照らしながら奥に進んでいく。教科書の裏には、天川琴葉。天川。
ドクター天川。
次いでドローンがスクールバスの中を撮影する。奥に小柄な少女が映る。濁った目をした天川琴葉がいた。
「まずいわ。急いで保護しないと」
俺はうなずいて出撃準備を整えつつ答える。
「早くドクターを保護しなきゃな」
局長と姫野課長は、顔を見合わせると首をかしげた。
「違いますよ。保護するのは犯人です。急がないと、ドクター天川が犯人を殺してしまうかもしれません」
そうきたか。たしかにやりかねない気もする。だけどドクターは。天川琴葉は、本当にそんな子だろうか。
俺は返事をせず変身して、スクールバスへ急行した。
スクールバスは山道に入っていた。俺はハエ型ドローンを窓から忍び込ませて、車内の様子を探る。
「天川さんは天才なんだから助けてよ」
「普段は迷惑ばっかりかけているんだし、今でしょう」
何人かの児童が、天川琴葉を小さい声で責めていた。それなのに担任の教師らしき男は、余計なことをするなと彼女をにらんでいる。何人かの児童はスマホを見つめてため息をついていた。妨害電波で通じないのだ。
天川琴葉は、濁った目をしていた。
「この中に、天才児がいるはずだ。そいつは誰だ」
身長が一九〇センチほどの中年の男が声を発した。大犯罪のわりに、平凡そうなビジネススーツを着ている。
「天川さんを差し出したら犯人、助けてくれないかな」
純白のブラウスを着た、ロングヘアの大人びた印象の子が青い顔でつぶやいた。周囲の何人かがうなずく。天川琴葉はそちらに目を向け、うっすらと口だけ笑った。
けれど濁った目はそのままだ。口元も無表情に戻る。
「天川さんなら、良いんじゃないかな」
先ほどの女子が残酷につぶやくと、手を挙げようとした。だが、彼女はいきなり前のめりにすっ転んだ。
「ごめんね、足をひっかけちゃって」
お下げの女子が場違いに明るく笑って謝る。彼女は自分の頭を拳でたたき、そっと天川琴葉の右手を握った。
「私ってどじだからね」
お下げの子の明るい声に、周囲の子たちがざわつく。
「騒がしいな。そこのリーダーっぽい女子が天才児か」
スーツ怪人がお下げの子を指さした。天川琴葉に焦りが現れる。けれど、お下げの子は天川琴葉にささやく。
「天川さんも、私の大切な友だちだよ」
天川琴葉の握り拳が力を失った。お下げの子の肩に頬を寄せる。年相応の幼い、おびえた表情に変わった。
「おい、そこの女子。立ってこっちに来い」
スーツ怪人が天川琴葉を突き飛ばした。胸ポケットからくまのボールペンが転がる。怪人はそのまま踏み、音を立てて割れた。天川琴葉の瞳が揺れ、涙がこぼれる。
俺の飛び蹴りがバスの車体を突き破り、スーツ怪人の頭を襲った。だが怪人は俺を跳ね返して頭の泥を払う。
「子どもを人質にとるとは、定番の悪役だなおまえら」
俺の呼びかけに、スーツ怪人は構えながら答える。
「俺はこの街を守る正義だ。世の中を変えてしまう危険な変異種を駆除するのさ。この戦闘背広も俺の誇りだ」
「だから天才児をねらうのか」
「急激な変化に普通の人々は耐えられない。観光誘致だのリモートワークだの、ただ日常が消されるだけだ!」
俺は戸惑う。押し流されて失業した俺は、こいつの言いたいことがわかる。局長や姫野課長みたいにずるく立ち回って、世間の荒波を泳ぎきるなんて俺もできない。
俺はたぶん、こいつと同類だ。俺は世の中の雑魚だ。俺はただ、紅忍を演じていたアクターに過ぎない。
俺なんて、ヒーローにはなれない。
「お兄、さん」
ぽつっと、背中からか細い声が聞こえた。
一瞬だけ、間違った。
俺は。
俺はドクターを、天川琴葉を守るって、決めたんだ。
「天川琴葉ちゃんは、最後まで俺が守る」
特殊回線で呼びかける。天川琴葉は青い顔でうなずくと、俺に手を伸ばしかけて引っ込め、自身の両肩を抱きしめる。唇をかみ、ドクターの透明な瞳を取り戻した。
『お兄さん、敵のスーツは未発表の特殊カーボンだよ』
ドクターが特殊回線で情報をくれた。だが車内で派手な攻撃はできない。打ち破れないなら押し出すのみだ。
俺は蹴りを放つ。
蹴る蹴る蹴る。蹴る。蹴る。
防がれる防がれる防がれる。防がれる。後退させる。
両手を振ると、二振の忍者刀が手の中に現れる。これはドクターにお願いした能力だ。俺の演じてきた証だ。
「七色二刀剣!」
スーツ怪人がバスの車体を突き抜けて放り出された。俺も飛び出してスーツ怪人に攻め寄ろうとする。
車外には、作業服風の戦闘員がさらに数十人も待ち構えていた。舌打ちして転戦しようとする。
男物の和服を着てたすきをかけ、日本刀を肩にかけた姫野課長が現れた。戦闘員に襲いかかり、背後の敵も後ろ蹴りにして踏みつける。俺以上に荒事に慣れている。
「観光戦神フランマ、怪人を倒せ。もたもたするな!」
姫野課長の荒らげた声と、変な名前に一瞬だけ戸惑った。だが、すぐに考えを止めてスーツ怪人と向き合う。
スーツ怪人は胸ポケットから銀色の名刺を数十枚取り出した。銃弾の速度で一気に降り注ぐ。
俺はその弾幕を避けずに七色二刀剣で突撃して。
スーツ怪人を沈黙させた。
「観光戦神フランマさん、でよろしいでしょうか」
先ほどのお下げの子が俺に声をかけた。この子が天川琴葉のいう、コミュ力の高い学級委員なのだろう。俺はあいまいにうなずく。俺だって、こんな名前は初耳だ。
『甲賀君は変身した姿が赤くて熱血だから、炎をラテン語にして、あとは観光とかくっつけてでっちあげたよ』
姫野課長から無線が入る。相変わらずろくでもない。
「本当にありがとうございました。天川さんも、ほら」
学級委員に急かされ、天川琴葉はお兄、と言いかけて言葉を飲み込む。学級委員は目を細め、でも気づかないふりをする。この子は姫野課長の同類かもしれない。
「観光戦神フランマ。今日はありがとう」
天川琴葉は、消えそうな声でお礼をつぶやいた。
「俺は正義の味方だからな」
天川琴葉は涙をため、それなのに平板な声を発する。
「私は悪い子だよ。みんな、いない方が良いって。きっと私は人類の敵なんだよ。私の居場所なんてないんだ」
俺はしゃがんで視線をあわせ、静かな声で答えた。
「違うよ。君は頭が良いだけの、普通の泣き虫だ」
天川琴葉は、泣き笑いの顔で俺を見上げた。そんな顔で俺を見ないでほしい。俺はヒーローじゃない。ちょっと変なNPOに勤務しているだけの、ただの労働者だ。
でも、そんな期待を込めた顔で見つめられたら。
「未来を変えるのは、子どもたちの仕事だ。俺たち正義の味方は、そんな君たちを守るんだ!」
立ち上がって叫んでしまう。その場の一同が拍手で応える。俺は特殊回線で、天川琴葉にだけ本心を伝えた。
『何より天川琴葉ちゃん。君を最初に守るよ。もし君が機構を辞めても、どこに行っても君の居場所になるよ』
「じゃあ私も、もう少し人間の子どもでいられる、ね」
ドクターはいたずらっぽく笑って、俺に抱きついた。
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