文芸船

愛しのドラゴン

 こんな辺鄙な村落のそばにドラゴンが現れるなど誰も思いはしまい。当然何の対策も取れぬ長たちは慌てて山向こうの村落に相談した。すると乙女を生け贄に捧げれば良いという。そこで巫女として育てられた孤児のティアーヌが選ばれたのだ。ティアーヌの意志など、村の長老たちにとっては霞ほどの価値もなかった。孤児で巫女。生け贄にこれほどの適役は他にない。

 長老たちから決定が告げられたとき、ティアーヌは胸の奥で嘆息した。もし断ったとしても屈強な男たちに縛られてドラゴンの元に送られるだけだ。それならせめて自分の足で歩いていきたいと思う。これはティアーヌなりの小さな矜持だ。決して心から屈服しているわけではない。だがそれでもティアーヌは終始大人しい表情を崩さない。これも今までの生活で培った世渡りの哀しい知恵だ。

「出立の刻限だ」

 ティアーヌは長の声にうなずき、ゆったりと腰を上げた。

 遠くの国では不思議な力を持った巫女が人々から敬われているという。しかし偉大な術は遠い昔に忘れ去られ、この村の巫女はただ御神体を祭るだけのいわば飾りに成り下がっていた。だからティアーヌもごく平凡な少女でしかない。もし違う点を挙げるとすれば、こんな状況でも冷静になれる胆力だろうか。

 ティアーヌは身にまとった自分の真新しい衣装に苦笑した。古来の儀礼に従って正巫女の正装を与えられたのだ。それはどう見ても成熟しきった女性のもので、まだ十四歳になったばかりのティアーヌにはいかにも不釣り合いだった。

(初めてのお仕事は死ぬことだって)

 奇妙な笑いがこみ上げてくる。最初にして最後の巫女。普通なら悲劇なのだが、長く垂れ下がる袖と強調すべき膨らみがほとんどない自分の姿を泉に映してみれば、子どもが悪戯して大人の服を着ているようで滑稽ですらある。

 生け贄の話が決まった途端に大人扱いになった。見習いが付き、御神体の秘儀を伝えられ、毎日の沐浴が複雑になった。だが、それだけのことだ。陰口は耳にしている。とは言え単純に喰われる気はない。ドラゴンに遭ったら文句の一つでも浴びせてやろうと思う。

 山道は長い。周りの男たちの怯えを感じる。だが既に腹を決めたティアーヌは動じない。意地でも自分を餌に捧げて自分たちだけ助かろうとする奴等を見下してやろうと思う。本来なら叫んでやりたいところだが、狼にでも出くわしたら何のために死ぬのかわからなくなる。ティアーヌは唇を噛んだまま男たちと共に山道を歩み続けた。

 暫く進むと、道の両端に太い杉の木が立っていた。杉の大木同士は道を塞ぐように太いしめ縄が張られている。話にだけ聞いてはいたが、禁忌の場所だとして今日まで近寄りもしなかった場所だ。男たちは恭しくしめ縄を引き上げ、ティアーヌたちはその下を潜った。その先の道は一列にならないと歩けないほど細い道になっていたが、誰も手入れはしていないはずにも関わらず草の生えない石畳になっている。ティアーヌは深呼吸して歩み始めようとした。しかしティアーヌを送るはずの男たちが遅れそうになる。ティアーヌは笑いだしそうになってしまう。

 しばらく行くと、大きな広場に出た。ドラゴンが初めて降り立った場所だ。男たちは背負ってきた木の杭を地中深くめり込ませ、ティアーヌをしっかりと縛り付ける。ティアーヌはその異常なまでの丁寧さを鼻で哂い、次いで男たちに声をかけた。

「逃げないわよ。これでも巫女なんだから」

 ティアーヌの言葉に、以前に言い寄ってきた村の男が首を振る。あのときは随分と甘い言葉を囁いてきたものだが、やはり思った通りの情けない男だった。ティアーヌは再び皮肉な笑みを浮かべて黙り込む。長老は柱と縄を確かめると、男たちを連れ逃げるように山道を駆け下りていった。

「臆病者」

 ティアーヌは姿が見えなくなってからゆっくりと呟く。このぐらい毒ついていないと気が狂いそうに思う。空を見上げると明るい星の輝きが目を射る。ふと今日は満月だと思い出した。今はもう、臆病な村人は誰も傍にいない。月が昇るまでの間、ちょっとだけ泣いておこうと思う。

 深みを増した夜空の下に月光がティアーヌを照らし出していた。空気は既に熱を喪い、影が地面の上に闇の傷を刻み込んでいる。泣き疲れたティアーヌはかすかな寝息をたてていた。

 と、月光を遮る大きな影があった。ティアーヌは身震いして目を開ける。頭上を仰ぐと旋回しているドラゴンが見える。しかしティアーヌは不思議と冷静にドラゴンを凝視していた。ドラゴンの姿が次第に大きくなってくる。魔力なのだろうか、ティアーヌぐらい簡単に吹き飛ばせそうな翼を動かしているというのに、鳶ですら羽音が聞こえる距離まで近づいてもそよ風すら当たりはしない。

 遂にドラゴンがティアーヌの目の前に音も無く降り立った。銀色に輝く鱗はティアーヌの手ほどもあり、顔だけでも遥かに大きい。それなのに柔らかそうな鼻の頭を撫でてみたいと思う。ドラゴンの大きな瞳は恐ろしい獣とは全く似つかない静けさで、幼い頃にたった一度だけ訪ねた聖地の湖をふと思い出させた。ティアーヌは体を硬くしてドラゴンの動きを待つ。ドラゴンは目を細めてティアーヌの匂いを嗅ぎ回した。ティアーヌは目を見開いてドラゴンを強く睨みつけた。

「面白い子どもだな」

 遂にドラゴンは言葉を発した。その声は深みのある優しげな声だった。ティアーヌは微かに慄える声で答える。

「私は巫女です。この身を捧げる代わりに村をお助け下さい」

 ドラゴンは大きな顎をティアーヌの肩に擦り寄せて囁いた。

「幼子の割には良く言った。だが、服装ごときで歳をごまかせるものか。私は人間がこの近隣に棲み始める前から生きているのだ。お前らの浅知恵ごときに騙されるものか」

 ドラゴンはいったん言葉を切り、ティアーヌの頰を指先でつつきながら再び口を開いた。

「子どもの肉は柔らかいらしいがな」

 ドラゴンは豪快な笑い声をあげる。その頃にはティアーヌにもこのドラゴンを少しわかった気になってくる。ただ単にからかっているだけに違いない。ティアーヌは頰を膨らませてドラゴンをまた睨んだ。するとドラゴンは再び笑い、翼を軽く振った。途端、ティアーヌを縛っていた縄が簡単にほどけてしまう。

「小娘、村に帰れ。私はそもそも人間と関わる気はない」

ティアーヌは笑顔になる。しかしまた暗い表情に戻った。

(戻ったって、居場所はない)

 巫女に戻られるとは思えない。誰も自分の帰りなど望んではいない。どうせ待っているのは罵倒と拳ぐらいのものだろう。期待したぶん、余計に暗い表情でその場にうずくまったティアーヌを見て、ドラゴンは再び言葉をかけた。

「帰られないのかね?」

 ティアーヌは黙ってうなずく。ドラゴンは少し考え込み、そして意外な言葉を発した。

「おいで。私の背中に乗りなさい」

 ティアーヌは首を傾げ、それでもドラゴンの言うとおりに背中に乗る。ドラゴンは小さく体を揺すってティアーヌが落ちないのを確かめると、一声吼えて大きく羽ばたいた。ドラゴンは山々を越えて飛び続ける。ティアーヌの見知らぬ地を舞い続け、やっと岩山に開いた洞窟へと飛び込んだ。地面に下りると真っ直ぐ洞窟の奥に歩き続ける。遂に洞窟が尽き、大きな岩壁にたどり着いた。

 ドラゴンは地鳴りのような声を岩壁に向かって発した。すると岩壁が動きだし、今度は人間の城のような通路が目の前に現れる。違う点と言えば大きさの差だろうか。ドラゴン用に調度されたとしか思えない巨大な柱が並んでいる。

 ずっと奥まで進むと料理道具が並ぶ台所がある。それを過ぎると本棚や巨大な文机の置いてある部屋もある。今まで暮らしてきた祠よりも人間らしい生活をしているように思えた。

「ここで暮らす気はないか?」

 あまりにも唐突なドラゴンの問いに、ティアーヌはただ圧倒されて答えることもできずうろたえた。

「昔は魔物もいたが、彼らにも暇をだした。今は僕独りだ」

 ティアーヌは顔を上げ、ドラゴンの瞳を覗き込む。真正面から見据えてくれた者は彼が生まれて初めてだと気付く。瞳孔の奥に自分の影が映ったように思える。濡れたドラゴンの瞳に幼い頃の侘びしい自分が重なった気がする。

 ティアーヌは唇を湿らすと、ゆっくりと答えた。

「今日からお世話になります」


「グルスさん! ちゃんと食べなきゃダメです!」

「僕ももう歳だからなあ」

「嘘! ドラゴン年齢だとまだ二十歳そこそこなんでしょ?」

 ドラゴンはティアーヌの頭ほどもある爪で頰を引っかきながら渋々牛にかぶりつく。

 ドラゴンにはちゃんとグルスという名前がある。この城も昔に世話した魔物に作って貰ったという。さらに妙なことに、実は肉が嫌いだという。シルバードラゴンというグルスの一族は植物を多く摂る種類らしい。だがティアーヌがグルスの書庫で調べたところ、ある程度は肉を食べないと体の調子がおかしくなるらしい。だからティアーヌが責めているのだ。

「グルスが病気になっても私、どうしようもないんだからね」

「わかったわかった。しかし妙な物を拾ったもんだ」

「妙で悪うござんした」

 一人と一頭は膨れっ面をして、今度は同時に笑い出した。今ではすっかり仲良くなって、種族の違いも忘れているようだ。その上グルスの一族は非常に魔術の発達した種族で、おかげでティアーヌは魔法を中心とした様々な学問を教えられている。生贄に捧げられる途中に歩いた石畳も、実はグルスが使っていた小間使いの魔物が腰を痛めた際に作ったという、恐ろしいどころか少し間の抜けたような物だとわかってティアーヌは大笑いしてしまった。

 グルスの種族は非常に数が少なく、グルス自身も親以外にはシルバードラゴンに会ったことがないという。ドラゴンの種族の違いは人間の思うより広く、異種族同士の結婚は人間とドラゴン並みの扱いらしい。そんなわけでドラゴンの友もおらず、たった独りで暮らしていたというのだ。

 ティアーヌは食事が終わると背中に飛び乗って言った。

「ねえ、今日はどこに行くの?」

「そうだな。湖にでも遊びに行くか」

 相好を崩すティアーヌにグルスは安堵感をおぼえた。元々感情を表に出さない娘だったのが、今では感情が直に伝わってくる。最近はやっと歳相応になったようにも思える。

 二人は洞窟を出ると空を飛んで湖に向かう。人間には一週間かけても辿りつけない距離なのだが、グルスにとってはちょっとした遠足気分で湖まで到達してしまった。

 湖の水面はただ萌葱色の散った花弁を静かに揺らしているだけだった。山は短い夏の太陽を一身に浴びようとするかのように濃緑の葉が眩しい。この湖までは険しい獣道しかなく、人間と会う可能性はほとんどありえない。ティアーヌが手を水の中に泳がせてみると、ひんやりとした冷気が指先を優しく撫で上げてくる。

 振り向くと、グルスは居眠りしそうな顔で目をしばたたかせていた。警戒心のかけらも見あたらない。ティアーヌはちょっと頰を歪めると口の中で小さな呪文を唱える。

「ねえグルス。こっちおいでよ」

 グルスがティアーヌの手元を覗き込んだ途端、巨大な水柱がグルスの顔を襲った。

「ティアーヌ! 魔法を使ったな!」

 グルスは水浸しになった顔を拭うと、尻尾で湖の水面を叩いて水しぶきを立てた。もちろん水辺に立っていたティアーヌは頭から爪先までびしょ濡れになる。二人は膨れっ面で睨み合い、次いでまた笑いが弾ける。そしてグルスはティアーヌを背に載せると再び空に舞い上がった。そのまま湖面をずっと旋回し続ける。

 湖を柔らかく抱く木立は湖面に濃緑の影を映しだしていた。そんな静寂の湖面はグルスの軽い羽ばたきだけでさざ波を立てた。驚いたウサギが木々の間隙を必死になって逃げていく。ティアーヌは自分を含めた人間がどれだけ脆弱な生き物なのか、グルスのそばにいるだけでひしひしと感じた。毎日働いてやっと造り上げるほど広大な畑でもグルスの手にかかれば一瞬で耕されるし、その上不思議な知識もあるから見たこともない野菜を沢山作ったりする。

 ティアーヌは頰をグルスの背に押しつけた。ちょっと鱗が痛いが、内側に燃える強烈な体温を感じる。その暖かさがまた心を落ち着かせてくれるのだ。そのうちティアーヌはグルスの背で安心しきった寝息をたて始めた。

 グルスは苦笑してゆったりと洞窟へと向かった。楽しい日々がこのままずっと続いて欲しいと思う。だが嫌な噂も耳にしている。それはドラゴン狩りだ。人間どもの中にもドラゴンと戦える者が希にいるのだ。魔法を操り、巨大な剣を揮い、数多の人間を魅了する者。なぜか数十年に一人は必ず生まれてくる。幸いなことにグルスにとっては今までただのお話でしかなかったのだが、今回だけは事情が違う。

 シルバードラゴンのねぐらを探っている者がいると鳥たちが知らせてきた。今までだったら正面から戦っても良いし、思い切って逃げてしまっても良かった。外の野宿で風邪をひくほどドラゴンは脆弱には出来ていない。しかし今はティアーヌがいる。ティアーヌに苦労をさせたくはない。それを思うとなかなか行動に移せないのだ。

「グルス、どうしたの?」

 ティアーヌが背中で心配そうな声を発した。いつのまにか目を覚ましていたようだ。ティアーヌは人間のわりに鈍感な方ではない。まだ残る幼さのためか、それとも巫女の修行のおかげかむしろ勘の鋭いところさえある。ティアーヌは疑わしそうに背中を叩きながら言った。

「置いていったり、しないよね」

 グルスは心臓を握られたように思う。頭の隅を掠めた考えがどれだけひどい仕打ちなのか思い知らされた気がする。それを知ってかどうか、ティアーヌは笑って続けた。

「まさか、ね」

 グルスは溜息をつくと、再び力強く翼をはためかせた。今日のグルスは翼が妙に重かった。洞窟までの道のりがやけに長く思えた。心配しすぎたせいかな、と思う。それでも翼を機械的にはためかせて洞窟の前まで到達した。

「グルス! 誰かいる!」

 突然、背中でティアーヌが声を発した。言われて見ると、鎧を纏った男たちがこちらを見て指さしている。

「ドラゴン狩り?」

 グルスは口の中で恐怖の名を呟く。逃れようにも向こうは魔法の矢をつがえている。むしろ突っ込んだ方が勝算はある。

「ティアーヌ、頭を下げてしっかりつかまって!」

ドラゴンは短く注意すると、一気に洞窟まで突っ込む。人間たちは弓矢を放り出すと慌てて飛びずさる。

「お前らは一体なんだ! 俺は人間を襲ったことはないぞ!」

 降り立つなり、グルスは無礼な人間たちに声を荒げた。ほとんどの人間たちはそれだけで怯えて小さくなってしまった。

 しかしたった一人、中心で腕組みをしたまま平然と立っている男がいた。ティアーヌはグルスの背を下りると顔だけだして様子を窺う。すると腕組みをした男がおもむろに口を開いた。

「害を及ぼさぬと言うのなら、そこにいる娘はどう言い逃れするつもりだ。お前がさらって来たのだろう?」

「私が好きで一緒にいるの! 村に居場所なんてないもの! グルスと一緒の方がずっと幸せだもん!」

 ティアーヌは叫ぶように口を挟む。しかし男はティアーヌを鼻で嗤い、口の端を歪めてグルスへ侮辱の言葉を浴びせる。

「よくたぶらかしたものだ。幻術でも使ったのか?」

「彼女が来たとき帰って良いと告げたんだ。それでもこの娘はここにいるんだ!」

(それに、僕も一緒にいたいんだ)

 グルスは胸の中で呟く。男はそんなグルスを鼻であざ笑った。

「臆病者のドラゴンか。まあ良い。これも功になるだろう」

 男は魔法の剣を鞘から引き抜く。グルスの体に脂汗が吹き出す。しかしグルスはティアーヌを庇いながら前に進んだ。ティアーヌはグルスにしがみついて囁く。

「ね、グルス。逃げようよ」

 グルスは黙って首を振る。あの剣に睨まれて逃げ切った者を聞いたことはない。そんな望みのない旅にティアーヌを巻き込むわけにはいかない。仲間のはずの人間たちに傷つけられ続けたティアーヌには、これ以上悲しい思いをさせたくはない。そして今、ティアーヌと別れるなんて考えられるはずがない。

 勝てば良いんだ、グルスは自分に言い聞かせる。今日だってしっかりティアーヌに叱られて肉を食べたばかりだ。力は出るはずだ。ドラゴンは地上最強の生物なのだから。

 男は不敵な笑みを浮かべ剣を構えた。すると途端にグルスを嘔吐感が襲う。剣の魔力に気圧されそうになる。何が正義なものか。魔物より禍々しい魔力が剣から溢れている。それでもグルスは無理に意識を立て直すと男に対峙した。後ろでティアーヌが慄えているのがわかる。背中の小さな視線がこの臆病なドラゴンの胸に初めての強烈な闘争心を生んだ。

「獣が睨んだって怖くねえんだよ!」

 侮蔑の言葉とともに男が消えた。刹那、激痛が肩を襲う。振り向きざま尾を振ると男が飛び去り、再び視界から消える。

「グルス、こいつ変な魔法使ってる!」

 ティアーヌが叫ぶ。慌てて解呪の呪文を唱えると男の姿が見えるようになる。グルスは狙いを定めて炎を思いきり吹いた。

「小娘が!」

 男の小汚く罵る声が聞こえ、燃え尽きたマントが投げ捨てられる。剣に宿る濃厚な闇が見える。あの種の剣は持ち主の心に感応するのだ。自分を倒しに来たのも金や名誉のためだけだろう。グルスは改めて吼えると男に突っかかっていった。

 しかし爪先が届きそうな寸前、いきなり背後から声がかかった。振り向くと別の男がティアーヌを羽交い締めにしていた。ドラゴンは怒りのあまり炎を口に溜める。しかし羽交い締めにした男は余裕の表情で告げる。

「そんなことをしたらこのお嬢さんが丸焼けになるぜ」

「私は良いからこんな奴やっつけちゃってよ!」

 グルスはティアーヌの声に炎を飲み込んだ。するとさっきの剣士もティアーヌの脇に寄って言う。

「お前のの命と交換でこの小娘を助けてやるよ。ドラゴンは邪悪、こっちは人間様だ。文句あるかい?」

 あまりの理不尽さにグルスは声も出ない。うかつに手を出せば本当にやりかねない連中だ。ところがグルスが覚悟を決めかけたとき、ティアーヌは瞬きを急に激しく始めた。

 グルスは動けない。しかしティアーヌの考えは即座に理解した。魔法を瞬きだけで唱えようとしているのだ。グルスは胸の動悸を悟られぬよう体を硬くして時間稼ぎにかかる。

「よう、このドラゴン、よっぽどこの小娘が気に入ったらしいぞ。いつでもさらってこれるものをさあ」

(ティアーヌはたった一人しかいない!)

 叫びたいのを堪える。人間たちの野卑な声に耳を塞ぎたい欲求に駆られた。しかしティアーヌのことを思ってグルスは必死に堪える。たとえ間に合わなくても、ティアーヌが助かるのならそれで良い。だから愚かしいドラゴンのふりを続けた。

「じゃあな、間抜けドラゴン」

 剣が振り下ろされる。その刹那、ティアーヌの声が轟いた。

「雷よ!」

 地面から雷が天上に向かって走る! ティアーヌを捕まえた男、グルス、そして剣を持った男を次々に雷が襲った。再びティアーヌが叫ぶと、ついに剣を持った男とグルスが倒れた。

 ティアーヌが見て歩くと、男たちは既に事切れていた。ティアーヌはグルスのそばに駆け寄った。

「グルス、グルス!」

 動かない。ティアーヌはグルスにしがみついて涙を落とす。

「嘘でしょ? ドラゴンは強いはずよ? ねえグルス、グルス!」

 グルスの体が少しだけ揺れる。よく見ると瞼がかすかに震えている。ティアーヌはグルスの顔に回りこんだ。

「やっぱり、雷は痛い」

 グルスが口を開け、ゆっくりと体を起こした。ティアーヌは心配そうな表情で体をさする。グルスは無理に優しげな表情を浮かべた。

「ティアーヌ、魔法、もっと上手になろうね」

 ティアーヌは思いきり笑顔を浮かべて首を振った。しかし、グルスはまた表情を硬くして続ける。

「ねえ、君はやっぱり人間の場所に戻るべきじゃないかな」

 そっと呟くように言ったグルスにティアーヌは強く反駁した。

「グルスは私にああいう酷い奴らの仲間になれって言うの? 私を追い出すっていうわけ?」

 グルスは言葉に詰まる。ティアーヌはさらにたたみかける。

「私はグルスと一緒が幸せなの。だからグルス、一緒にいさせて!」

 グルスは嘆息してティアーヌの涙を拭った。二人は黙って見つめあう。そして遂にグルスが口を開いた。

「じゃ、家に帰ろうか」

 ティアーヌは当然の顔でグルスの背に飛び乗った。

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