文芸船

形見分け(上)

 函館にある祖父の家で、四十九日の法要が遂に終わった。父は神棚に貼った封印の紙を剝がし、閉じてあった仏壇を開ける。僕は父の指示で祖父の遺影をクラウドサーバから選択してデジタル遺影フレームに映し出した。

 父はいつにも増して口数が少なく、そのくせ上の空で封印の紙をぞんざいに扱って叔母の花梨さんに叱られたりして散々な状態だ。僕も祖父が亡くなったと聞いたときは当然悲しかったけれど、祖父とはこれまでお盆に会う程度の縁だったせいか、高校二年生の割には父よりも僕の方が冷静かもしれない。

 まあ、父が浮き足だっているのは、札幌から新幹線で一時間半あれば来られるのに協力が足りなかった、と花梨さんに叱られたせいだろう。そんなことを思うと、祖父が昔、函館から札幌まで汽車で片道三時間以上もかけて来たものだと妙に自慢げに話していた生前の顔を思い出し、また寂しい気持ちになる。

 仏壇が落ち着くと、花梨さんの号令で形見分けが始まった。形見分けと言っても祖父は遺書を遺しているので中身は決まっている。

 花梨さんが祖父の古びたタブレットを操作して壁に遺書を投影した。遺書の電子署名は総務省のマイナンバー照会サービスと合致しているので、偽造の可能性はありえない。

 自宅と望遠鏡は祖父の面倒を看ていた花梨さんへ。車と高級オーディオは中古品オークション会社で営業マンをやっている父へ。そして唯一の孫である僕には、大量の電子書籍と音楽データ、そしてベッド。

「父さんのベッドなんて無いはずだけど」

 花梨さんは首をひねり、惚けていたかな、と呟いた。僕は遺書の前後に書かれている内容が気になり、遺書を拡大するよう頼んだ。

「光希にはクラウドに保管してある電子書籍と音楽データ、そして棚の上のベッドを」

 棚の上。僕は室内を見回し、棚の上に置いてある黒い箱を発見して父に呼びかけた。

「寝るベッドじゃなく、人工大脳の方だよ」

 Brain Extention Device。頭文字を取り、BEDと呼ばれている。十年ほど前に実用化された人工大脳で、個人の記憶の一部をバックアップできる装置だ。本人のiPS細胞から製造するため、危険性は少なく感情なども記憶できるが、たとえ肉親であっても他人のBEDの接続は禁止されている。他人と自分の記憶を混同する危険があるそうで、学校でも友達とBEDを交換したりするとこっぴどく叱られる。でも彼氏と彼女でこっそり交換するという話も聞く。

「親父も妙なものを形見分けに指定してきたな。どうせ余計な気紛れか変な感傷か何かだろ。光希、受けなくても良いぞ」

 父に言われてうなずきかけ、でもすぐに考え直した。祖母が亡くなったとき、母は写真のアルバムデータを引き取っていた。お母さんと私の思い出だから仕方ない、と文句は言いたそうだったけれど、どこか嬉しそうだったことは何となく印象に残っている。

 僕は父と花梨さんを見回し、遺書のとおりBEDも全部引き取るよ、と答える。僕は祖父の電子データについて相続アカウント登録を完了し、BEDは鞄にしまい込んだ。

 父は相続した車などの現物を確認して早速見積の概算を始め、花梨さんが不満そうな顔をしている。祖父が亡くなったときは随分と取り乱していた癖に、商売が絡んだ途端に冷静になる辺り、尊敬すべきなのか軽蔑すべきなのか、未だに父の性格はよくわからない。

「光希はそのBED、どうするの」

 花梨さんの問いに、僕は何も後のことまで考えていなかったことに気づく。仕方が無いので、母が祖母の写真アルバムを引き取った話をして、単に母の真似をしただけだと白状する。だが花梨さんは優しく笑って言った。

「そんな光希だから、私たちじゃなく孫のあんたに継がせたのね」

 花梨さんが何を言いたいのかよくわからなかったけれど、とりあえずうなずいておく。僕は鞄からBEDを取り出すと改めて観察した。端子や外装などは全く健常だが、シール一つすら貼っているわけでもなく、どんな記憶が保存されているのか窺い知ることは出来ない。僕は諦めて鞄にしまい込みかけ、ふと麻奈先輩のことを思い出した。

 麻奈先輩は函館市に住む高校三年生で、麻奈先輩の祖母が僕の祖父と幼馴染みだったため父同士も友達で、僕たちも引き継いだように幼馴染みなのだ。そんなわけで、先輩とはよくネット経由で色々な話をしている。

 先輩は女子なのに情報技術が趣味で、BEDと電子系の機械を連携させたプログラム開発を高文連で発表して優勝しているほどだから、麻奈先輩ならBEDについても何か面白いことを発見してくれるかもしれない。

「麻奈先輩に会う時間があれば欲しいな」

 父さんは何気なく、マアちゃんか、と答えて優しく笑う。僕も昔はマア姉と呼んでいたのだが、今となっては何だか気恥ずかしくて父から目を逸らしてしまった。

 急いで麻奈先輩にメールを打つと、受験勉強の気晴らしにぜひ来て欲しい、との答えがすぐに返ってきた。僕は鞄を背負うとマイクロリニアの停車駅へと向かった。


 東京に住んでいる人には想像できないかもしれないが、北海道でリニアと言えば短距離省エネ型のマイクロリニアだけで、札幌と函館は未だ時代遅れの新幹線で結ばれている。祖父が僕ぐらいの頃、駅前と言えば歴史遺産保護地区の近所だったという。目の前に建つ老朽化した新幹線駅も建設中だったそうだ。

 駅舎を出ると、黒いふわふわとしたレースのスカートとロングヘアが似合う綺麗な人が立っていた。でも、その人の眼鏡はフレームが太く、電子機械マニアが歩きながら情報収集する仮想現実グラスに似ている。

「ミッちゃん」

 綺麗な人が微笑んで僕に近づいた。

「直接会うの久しぶりだから、私の顔を忘れちゃった? 私、テレビ電話は嫌いだから」

 慌てて僕は首を振る。間違いなく麻奈先輩だ。ただ、僕が最後に会った先輩はまだ高校一年生だったので、こんな女子大生とも言えそうな大人の印象は全くない。だが先輩は僕の戸惑いも構わず僕を抱きしめた。

「マア姉! ちょっと恥ずかしい」

 困惑する僕の顔を見て、先輩は小狡くにやつきながら冷静な声で呟いた。

「血圧、動悸上昇。発汗も有意差あり」

 何のこと、と僕がもがきながら訊くと、先輩は体を離して明るく笑った。

「ごめん。この仮想現実グラス、体調検査出来るように改造したんだ」

「先輩、からかわないでよ」

「マア姉、って言われる方が嬉しいかな」

 変なことを言われて動悸が激しくなる。これじゃ全部ばれてしまう。でも先輩は仮想現実グラスを外して僕の背中を叩いた。

「ババアだな、とか思われなくて良かった」

 思うはずないじゃないか。でも、綺麗な人だと思ったことは恥ずかしくて絶対に言えない。代わりに僕は憎まれ口を叩いた。

「こんなこと彼氏にばれたらどうするの」

「私に彼氏、いるように見えるわけ」

 仮想現実グラスをわざとらしく掲げ、こんなの持っている女だよ、と言いながら明るく笑う。先輩の言葉に安堵している自分に気づいて、僕は何だか恥ずかしくなった。

 先輩は再び仮想現実グラスを掛けて中空を睨むと、駅前の喫茶店を指差した。

「今、ちょうど奥の席が空いているみたい。とりあえずそっちで話でもしようか」

 僕はうなずいて先輩の後に続いた。仮想現実グラスはオタクっぽいけれど、店の空き状況等を確認するには確かに手早くて楽だ。だが麻奈先輩がこういう道具を身につけているのはもったいない。そうは思うけれど、完璧にファッションの出来た女子より、変なところのある先輩だからこそ子供の頃と変わらず話せているのかもしれない。

 それにしても今日の僕はどこかおかしいと思う。きっとBEDが気になっているせいだと思う。そう思い込むことにする。

 店に入ると、奥に予約席のホログラムが浮かんでいた。先輩は迷わず席に着くとホログラムを手で払ってログインする。テーブルの上にメニューが表示され、僕はレモンティーを、麻奈先輩はカプチーノを選択した。

 間もなく注文した物が届き、二人で口をつける。ダージリンティーだそうだが、僕には何の茶葉なのかなんて区別が付かない。それどころか、チェーン店方式以外の喫茶店に生徒同士で入ること自体が初めてだ。

 店の中を見回すと、スーツを来たおじさんや中年の小太りな女性、あとは大学生辺りのカップルが目についた。再び先輩に視線を移すと首を傾げて微笑む。

 今の状況って、周りから見たらデートなんじゃないだろうか。少なくとも同級生に見られたらからかわれる。いや、僕じゃ釣り合わなくてデートに見えないかもしれない。

「また動悸の回数が増えた」

 先輩、と恨みがましい声を上げると、先輩は首筋を掻いて悪い悪い、と笑う。

「ミッちゃんって、喫茶店とか来ないの?」

「男子同士だと牛丼屋さんとか、喫茶店に入るとしてもチェーン方式の店だけだよ」

「女子は誘わないんだ?」

 僕は答えずに紅茶をすすった。先輩はごめんごめん、と言って僕の頭を撫でる。けれどすぐ真面目な顔になって囁くように言った。

「電話で言っていた形見分け、訊きたいな」

 僕は鞄からBEDを取り出すとテーブルに置き、簡単に遺産相続の話をする。先輩は沈黙したまま目を細めて僕の話を聞いていた。

 話を終えると、先輩は秘密めいた表情を浮かべ、鞄から似た型のBEDを取り出した。

「実を言うと私、同じ話があるの。私もお婆ちゃんからBEDを相続していたんだ」

「高齢者の間で流行しているとか?」

 先輩は中空を睨んで一分ほど黙り込む。仮想現実グラスで何かを検索しているらしい。だが結局、僕の方に視線を戻して言った。

「全然、それらしい資料が引っかからない。高齢者が好きそうな辺りも全部、収穫ゼロ」

 じゃあ、なぜこんなことに。先輩は両方のBEDを指先でつつきながら言った。

「私のお婆ちゃんと君のお爺さん、二人で何かを打ち合わせていたのかな」

 まさか、と僕は笑った。こんな接続禁止のバックアップを孫に継ぐなんてただの感傷だと思う。だが先輩は冷静な瞳で話を続けた。

「君のお爺さんは、君と幼馴染みの私が情報技術の趣味があることを知っていた」

 急に何だか陰謀論めいた話になってきた感じがする。実際、先輩は声を潜めて言った。

「二人は大脳接続させたいんじゃないかな」

「そんなことしたら駄目だよ!」

 思わず大きい声を発してしまい、先輩に頭を軽く叩かれる。続けて少し怒った表情で先輩は僕を睨みつけながら言う。

「一応、これでも生徒会の情報管理委員長をやっているんだからね。信頼があるの」

 たしか、先輩の学校の情報管理委員は情報部の部長が自動的になる仕組みで、本当に信任されているか怪しかった気がするけれど。先輩はカプチーノを一口飲んで言った。

「でも、探偵はときに法を犯すギリギリの所で情報を得ることがあるね。日本では古来、虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言う」

「さっきと言っていること、逆でしょ」

 先輩は口元に笑みを浮かべて僕から視線を逸らし、退屈そうに言った。

「じゃあ、謎も中身もわからないまま、形見分けだからって大事に抱えておくんだ」

 気持ちが揺れてくる。僕だって、中身が何なのかも知らないBEDをただ大事に保管しておくのなんて気持ちの良いものではない。

「じゃ早速、実験にとりかかろうよ。一緒に私の学校に来て欲しいな」

 僕は溜息をつき、先輩に続いて席を立った。


 途中で先輩の家に寄り、先輩はセーラー服に着替えた。最近は全道でも制服校は少ないが、函館市は公立普通校を全て合併した際に色々と揉めた上、観光振興などの思惑まで絡んで制服が残ってしまったのだという。

「休日だから私服で行っても構わないんだけど、何となく気分的にけじめみたいな、さ」

 この辺り、危ういことを言いつつも根は真面目な人だと思う。そんなだから、僕も何だか先輩とは安心して話せるのかもしれない。

 先輩から携帯電話に仮認証コードを送信してもらい、校内立入承認申請を行う。すぐに学校から短期承認コードが発行された。校門に着くと仮認証コードで校門の承認確認を受け、僕たちは情報部の部室に向かった。

 部室の机には骨董品のタブレットや用途のわからないケーブルが放り出されており、壁際にはBEDの構造を模したらしき脳の模型が置いてある。何だか少し不気味な部屋だ。僕があちこち見回していると先輩は笑った。

「それはネットワークケーブル。今どき有線接続なんて見たこと無いだろうけど、実験用にはケーブルを使った方が安定するんだ」

 言って先輩はネットワークケーブルを先輩の祖母が遺したBEDに差す。続けて先輩は僕の持参した祖父のBEDにもケーブルを差し、見慣れない機械を取り出した。

「年寄りはキーボード入力を標準設定にしているから、本当に面倒臭いな」

 文句を言いながら何かを素早く打ち込んでいき、最後に大きいボタンを叩いた。壁面モニタの表示が揺れ、画像が二つ並んで表示される。落胆した声で呟いた。

「この機械、BEDの記憶を映像表示できるはずなんだけど、やっぱ脳直結しかないや」

 僕は表示された画像を見つめる。両方とも博物館の奥に押し込まれているようなファンタジーっぽい少女のイラストが表示されているだけだ。先輩は溜息をつき、表示されている画像をデータベースに保存した。

 先輩はBED接続用の頭部バンドを棚から取り出し、BEDの接続コードを入力する。少し経ってLEDが点滅し、接続が確保された。

「まず、お婆ちゃんの記憶を覗いてみるよ」

「先輩、そんなの危ないですったら!」

「時間が短ければ大丈夫。十五分限定にするから、ミッちゃんは時間を見ていて」

 言って先輩は頭部バンドを頭に塡めた。


 机の上にイラスト用のカラーペンを放り出したまま、私はやっと仕上がったイラストをバッグにしまい、姿見に映して髪を整える。ショートカットなのでいつも簡単に済ますけど、今日は丁寧にブラッシングした。さらにブラウスの袖に付いたインクの染みに気づいて、慌てて洗いたてのブラウスに着替える。

 彼の自宅に行くのは久しぶりだ。小学生の頃は当たり前に遊びに行っていたけれど、中学生になった後は行ったことがない。確かに、私がどんな服を着ていようが髪型を変えようが彼が気づいたことは無いけれど、彼の家まで絵を届けるとなれば気になってしまう。

 もう一度、鞄に入れたイラストを取り出して眺めた。なぜ彼はこのキャラクターが気に入ったのだろうか。まさか会った他の女の子に似ているとか。そういえば昨日、彼は何で江差線の時刻表なんて見ていたのだろう。訊いてみたいけれど踏み出せない自分がいる。

 部屋の中に独りでいると、気持ちが籠ってしまう。改めて自分を鏡に映して笑みをつくる。いつもの元気いっぱいな宮原になる。

 そして私はパスケースに隠し入れた、彼の写真を取り出してぼんやりと見つめた。


「先輩、麻奈先輩! マア姉!」

 十五分経っても全く動く様子がない。僕は必死で先輩の肩を揺らした。先輩は目をゆっくりと開け、僕を不思議そうな表情で眺めると、イラスト持って行かなきゃ、と呟いた。

 続けて先輩は激しく瞬きをして僕をじっと見つめ、ミッちゃんだよね、と呟く。先輩、と慌てて呼びかけると、先輩は急に恥ずかしそうに僕から視線を逸らせた。

「君はきっと、お爺さん似なんだね」

 唐突な台詞に僕は首を傾げる。先輩は視線を逸らしたまま語り始めた。

 BEDで表示されたイラストは、先輩の祖母が高校生の頃に描いたものらしい。姿見に映った姿から推測すると高校生辺りに見えたからだという。また、僕の祖父らしき写真を先輩の祖母が眺めていたのだという。

 ここまで話すと先輩は言葉を切り、きちんと居住まいを正して僕の正面に座った。

「私たちは幼馴染みで、私のお婆ちゃんも君のお爺さんも同じく、幼馴染みだった」

「それはお父さんたちも一緒でしょ」

「違う。お父さん同士、つまり男同士だ」

 僕は何を言いたいのかわからず、顔をしかめた。先輩も曖昧な表情で話を続ける。

「何と言うか、性別が祖母や祖父の世代と同じというのが、意味がある気がするんだ」

 先輩は顔を背けて何やら言いにくそうにして、急に今度は僕に顔を近づけて囁いた。

「お婆ちゃん、もしかしたら君のお爺さんのことを好きだったのかも」

 急な話の展開に、僕は何も言えずに固まってしまう。さらに先輩の顔が近くなる。

「なんか、そういう雰囲気というか片思いっぽいというかそんな記憶らしきものがBEDの中にあったというか、まあそんなとこさ」

 僕は慌てて先輩から距離を取り、そして祖父のBEDに目を向けた。

「まさか、僕のBEDに入っているのは、その、大人の不倫とか言う何かですか」

 言った途端、先輩に頭を平手で叩かれる。僕も自分の言葉に恥ずかしくなって先輩と目を合わせられなくなった。

 先輩は部屋の奥にある冷蔵庫を開け、ペットボトルのお茶を僕に放り投げて寄越した。次いで先輩もペットボトルの蓋を開けると、立ったままマラソン後のように一息に空け、大きく息を吐いて元の冷静な声で言った。

「そんな阿呆らしいものを孫に見せて喜ぶような、悪趣味な人たちではなかったと思うんだ。というか、そんなのは嫌だ。ただ、私たちに何かを託してきた気はするんだ」

 僕も先輩の真似をしてお茶を一気に飲む。冷えすぎているせいで喉詰まりのような感覚が起きたけれど、それでも無理に飲んでいるうちに、何だか変に頭が冷静になってくる。

 僕は炭酸飲料を飲んだようにぷはっと息を吐いて、先輩と真っ直ぐに視線を合わせた。

「もう一度、お婆ちゃんの記憶を読むか、君のお爺さんの記憶を読むか。でも、同じ人の記憶を続けて覗くのはどうも危ないし」

 先輩は言って祖父のBEDに手を伸ばす。だが手が届くより先に僕は祖父のBEDを掴んで胸の中に抱いた。

「次は僕の祖父のものだから僕の番だよ」

「君はこういうことは慣れていないんだから私に任せて良いよ。先輩なんだし」

 先輩は優しい声で僕の手を取ろうとする。僕は首を振って言った。

「年上だと言ってもほんの半年の違いだよ。さっき待っている間、ずっと不安だったし」

「だから私が」

「だから、危ないことマア姉にだけをさせたくないの! それにさっき、僕たちの性別が違うことに意味があるって言ったでしょ」

 一気に言ってから、怒っていないかと不安になってくる。と同時に、マア姉と子供の頃の呼び方に戻ったことが恥ずかしくなった。でも先輩は、何だか妙にすっきりした表情で椅子に腰掛けた。

「ミッちゃん、って言っちゃ駄目かな。光希くんも何だか少し、男っぽくなったんだね」

 先輩は喉元で笑う。少し認めてもらえたようだけど、やっぱり幼く見られている気がして少し苛立ってしまう。いや、こうやって苛立ったりする時点で子供に見えるのか。

 先輩はすぐにBED接続の準備に入った。頭部バンドを付けられ、目を閉じるように指示を受ける。先輩は僕の手を取ってゆっくり深呼吸するように言い、そして訊いた。

「君は誰で、何歳だっけ。言ってごらん」

「僕は、山下光希、十七歳」

「私は誰だっけ。教えてよ」

「先輩」

「違う。きちんと私のことを言って」

「佐々木麻奈、十八歳、僕の先輩」

「オッケー、君は山下光希。私の大事な幼馴染みだよ。今は二〇八四年。良いね、今はもう二十二世紀間近で、君は山下光希だ」

 僕はゆっくりとうなずく。僕は山下光希。心臓が鳴るけれど深呼吸してごまかした。

 先輩がキーボードを叩く音が聴こえる。閉じた瞼の裏に先ほどのイラストが現れ、OSの起動チェック画面が流れていき、そして僕は七十年ほど昔の世界へと潜って行った。

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