待ち合わせ場所はアニメイト。聞いた途端に椿は中原の顔を疑わしげに覗き込んだ。刃物に詳しい人とアニメの店で待ち合わせ。偏見はいけませんなどと生真面目な顔をして言う教師でもさすがに警戒しろと言うだろう。中原は椿の冷たい視線に焦った声で、大丈夫ですよお兄さんは、と言う。
「何それ。時々新聞に出てくる危ないお兄ちゃんとかそういう類じゃないよね」
中原は少しむくれた表情になって必死に打ち消す。中原の説明によると従兄で、大学で美術史を専攻しているのだという。歴史と現代の漫画などを合わせた美術史の研究を行っているなのだとか。趣味と学問が一致しているせいもあり、江戸時代の幽霊画や心霊、刀剣の関係もやたらと詳しいのだという。
「大学で漫画と刀剣ねえ……就職なさそう」
「先輩ってわりと堅実なんですか?」
中原の言葉に椿は言葉に詰まる。実際のところ進路については大して模試を受けているわけでもなくまだ曖昧な気持ちで、単純に推薦とかAO入試で入りやすいとか、そういう安易な理由で進路を選んでしまいそうな気がしている。わざわざ就職率の低そうな所を選ぶ理由もない。むしろそういった道を選ぶだけの動機がない。中原は腰に提げたバッグから小さなスケッチブックを取り出してめくりながら言った。
「たしかにお兄さんのところ、就職は少なそうです。まあ私は研究より創る方が好きですし、それに河合先輩みたいにそれで走っていけるだけの力は無いですけど」
中原の表情に初めて会った頃のかすかな影が差す。もっと自信を持つなり開き直るなりすれば良いのに、と椿は思いつつ自分のことを敢えて顧みないようにする。早くこんな風に悩む時間を駆け抜けてしまいたいと思う。悩む時間なんて自分には本当に合わない。
話題を妙な方向に持って行ったせいか、二人とも先ほどの勢いを失ってしまった。それでも何とか椿は小さく溜息をつき、その人に会ってみようと答えた。途端、中原は明るい表情に戻って携帯でメールを打つ。だが、了解の連絡を送っている割にはずいぶんと文字を打ったり消したりでなかなか送信しない。痺れを切らした椿が覗き込んでみると中身は何の変哲もない返事のメールで絵文字もろくに使っていない。
「何ていうか、こんな文章でいいかなとか、迷ってなかなか打てないって言うか」
「いつもの口下手?」
中原は顔を真っ赤にしてこくこくとうなずいた。やっぱり臆病ウサギ娘だと思って内心笑ってしまう。そうしているうちにやっとメールを送信し、すぐに了解のメールが返信されてきた。
「今日、講義も無いからすぐ大丈夫みたいです。行きましょう」
椿はへいへい、とまだ気が進まない返事をしながら中原の後を追った。
エレベータに乗ろうとして、降りてくる面々に何だか嫌な予感がする。椿自身は自分であまり漫画なども買ってまで読む方ではなく、河合が押し貸ししてくる雑多な本を適当に読んでいるのが読書という感じがある。そんな椿にとってアニメイトをいきなり指定するというのはかなりの変な人で、更にその場所自体が異空間に思える。
古ぼけたエレベータが止まり、ドアが開いた。店内は普通に蛍光灯が点いていて明るく、本が大量に並んでいるので椿はただの本屋かと思い安心した。だがよく見れば、天井や壁に膨大に貼られた少女イラストばかりという状態に、ああやっぱり異空間、と呟く。
中原は椿に待つように言って店内をさっさと進み、奥で何か漫画を選んでいる痩せた男に声をかける。男は中原についてきて、中原に耳打ちするのが聞こえた。
「本当に女流剣士が来たね」
やっぱり変な奴だ。椿はもろに顔をしかめる。中原は顔を赤くして男の横腹を指先でつついてユウちゃん、と怒った。椿は思わずその可愛い呼び方に吹き出してしまう。男は気恥しそうに、ユウジさんでしょ、と中原に囁いた。
「私、中原雄二と申します。従妹がお世話になっているようで」
こちらこそ、と椿は慌てて礼を返す。いきなり変なことを他人に囁いたりする癖にこういう所はきちんとしている。逆に自分は型にはまった礼は慣れていなくて不格好だったかもしれない。大人はずるいと思ってしまう。椿は雄二と向かい合い、続けて何から話せば良いか迷った。すると男は時計を見て言った。
「一応、普通に話出来そうって思うなら喫茶店に移らない?いきなり喫茶店で待ち合わせって逆に嫌だったんだよね。閉じた感じで」
言われて椿は改めて店内を見回した。確かに先ほどから中高生がうろうろと何人も入れ替わり立ち替わり出入りしており、ある意味人目に付く店かもしれない。変な人だが頭は回るようだ。椿はうなずくとラッキーピエロに、と答えた。
ラッキーピエロは函館限定のハンバーガー店で、出来上がりまでに時間はかかるが味と大きさには定評がある店で、北海道有数の観光都市にありながら、観光雑誌の定番を占めているほどだ。芸能人やその他有名人もかなり食べに来ているらしい。その上ハンバーガー以外にカレーライスやオムライスも揃えており、ちょっとしたレストランの趣もある。
「今日はバイト代入ったし、マアちゃんと友達ならおごりでいいよ」
椿はマアちゃんと言う名に一瞬迷い、中原のことかと思い直す。中原は少し顔をしかめてから椿に囁く。
「マサキなんです。雅に妃で雅妃なんです」
「なんか巫女さんっていうよりお姫様っぽくない?」
椿の何気ない感想に、中原は口を尖らせてメニューを開きながら呟くように言う。
「そう言われると思って、あんまり名前言わないんですよ私。嫌いじゃないけど、派手って言うか」
「可愛いからいいだろマアちゃん。ね?阿川さん、だっけ?似合ってるよね」
ユウちゃん、と中原が椿には初耳の低い声を発する。雄二はおどけた調子でへいへい、と黙った。それから椿はブラックコーヒー、中原は抹茶シェイク、雄二は紅茶を頼んでピザを一枚頼む。
飲み物が揃った段階で、椿はこれまでの経緯を全て話した。雄二は驚きこそしたものの、とくに馬鹿にしたり否定したり、また逆にやたらと目を輝かせることもなく、教師が生徒の進路相談をするような調子で平然と聞き続けた。最後に土方歳三の刀の話まで終えると、雄二は何事か考え込む。椿と中原も特に声をかけず、二人の間に沈黙が続いた。
「シーフードピザ、こちらでよろしかったですか?ご注文は全てお揃いでしょうか」
店員の声で三人とも一斉に顔を上げる。店員はテーブルの真ん中にピザを置いて行った。椿は早速タバスコを掴んで蓋を開けた。
「先輩、自分の分だけにして下さいよ?私、辛いの苦手ですから」
中原の言葉に椿は面白くなさそうに口を尖らせる。するとようやく雄二が口を開いた。
「唐辛子は朱色。朱は四神にして朱雀を表す、朱雀は五行にて火を表す、と」
椿はタバスコを握ったまま雄二をじっと見つめる。中原は慌てて椿の横腹を突いて言った。
「陰陽術とか、風水とか、そういうのです先輩」
「つーとー、黄色いのをお風呂に置くと幸福がどうとかこうとか言う奴?」
雄二はまあね、と言って微妙な笑みを浮かべる。何か変なことを言ってしまっただろうか、と椿は二人の視線を受けて居心地が悪くなる。有事はピザを切り分けながら話を続けた。
「阿川さんが魔物と戦っちゃたり、その狩野君の術が効かなかったりした理由だよ。彼も『辛いもの』と言っていたんだろ?要はそういう力の象徴だから魔力とか弾くんだと思う。辛子の黄色も意味のある色だし」
はあ、と椿は毒気を抜かれた感じで背中を椅子に預け、雄二が取り分けてくれたピザをタバスコで真っ赤にしてから食いついた。雄二は呆れた表情でその食べる姿を見つめながら話を続ける。
「さっき言ったとおり、椿さんを『火』と考えれば狩野君が木刀を与えたのもわかるんだ。木は燃えて火を生むから、火の力を伸ばしてくれる」
本当かどうかわからないが、とりあえず筋は通っていると椿も思う。少しは信用できるかもしれない。雄二が一息ついてピザを口に運ぶと、椿は刀の捜索を続けるべきか問いかけた。雄二は少し迷い、そして言った。
「君が土方歳三の刀に目を付けたのはなぜ?その和尚を倒せそうな武器か何かを先に探すってこと?それをその狩野君抜きで走るなんてかなり危なくない?」
非常識が大人の常識を口にし始めた。途端に椿の気持ちが冷めてくる。冷めかけたピザのチーズを口に入れた瞬間のがっかりした気分と似たような気持ちに襲われる。中原に目を向けると、やはりもう不安そうな顔で椿を窺っている。だが急に雄二は不思議な笑みを浮かべて言った。
「きちんとリスク管理出来ない人間に、重要な情報は渡せないんだよ。リスク管理が出来るなら別だけど」
怪訝な表情になった二人の顔を見比べて再び悠々とピザを頬張りながら、雄二は低い声で言った。
「君たちは今、偶然にも最短距離を走ってきてるんだ。僕は、君たちの欲しいものを知っている」
二人は息を飲んだ。だが雄二は表情を強張らせて言った。
「つまりもう、僕ら三人は狙われるんだよ。君らだけじゃなく僕も。僕は知識があるだけだ。だから狩野君をすぐに呼び出して欲しい」
それは、と言いかけ、椿は力なく首を振る。今はまだ無理だ。もう少し。もう少し時間と、それに何か横に立てるだけの何かが欲しい。それまではまだ、法歳に頼るわけにはいかない。法歳に任せたりはしたくない。雄二も仕草だけで椿の気持ちが何となく伝わったのか、力なくうなずいた。
「じゃあさ、次の土曜日にでも集まろうよ。それまでに気持ちを決めてくれればさ」
雄二の言葉に椿と中原がうなずきかけた。と、椿の席の背後に男が立った。
「俺、馬鹿だから呪術使えないんだよな」
まずい。椿は避けようとしたがいきなり椿の後頭部を男が殴りつけた。椿はそのままテーブルに倒れ込む。それと同時に店内に煙が立ち込めて火災報知器が鳴り響いた。雄二は中原の手を引っ張ると抱きあげる。男は椿を抱え上げて雄二に向かおうとする。しかし雄二はタバスコをテーブルに叩きつけて割ると、中身の液で男に向けて何か文字を書いた。男は悲鳴を上げて後ずさる。
「後できっと助ける!」
雄二は椿に向かって声を掛けて中原と自分の額にタバスコで「消」の字を書くと、店のドアを蹴り開けて中原を引きずるようにして店外へと逃げ出して行った。
文芸船 by ヒロ