文芸船

魔戯画師

第三章 新しい道

第四節

 法歳は駆けながら苦笑した。背後に残してきた中原のことを気に掛けている自分に気付き、ずいぶんと甘くなったものだと思う。唇を強く噛みしめて迷いを振り払う。雄二のことを信頼しようと思う。信頼しきったことにする。何よりも、今は目の前の目標を貫徹することが先だ。ふと、その目標が銭溜を倒すことだったか、それとも椿を救うことなのか迷う。だがすぐに、こんなことを迷った自分を法歳は恥じた。もしかしたら、これこそが今、法歳と椿の行き違いの原因の一つだったかもしれない。そして、そういったことに迷ってしまう自分だからこそ、過去に桔梗のことを失ってしまったように思えるのだ。

 かなり警戒はしているが、背中に追手の様子はない。雄二たちは上手く耐えているようだ。折り鶴が知らせた椿までは、今の走り方ならあと数分で到着する。左手に握った刀の刀身がじんわりと熱を帯びてきた。破邪の力を持つ刀の詳しいことはわからないが、魔物に近づくと熱を発すると聞いたことがある。やはり敵が近いようだ。法歳は速度を緩め、更に警戒しながら歩を進める。

 研ぎ澄ました神経に何かが反応した。法歳はその場を飛びずさる。法歳のいた場所には、泥の色をした矢が突き刺さっていた。法歳は周囲を見回し、雄二たちと別れたときの敷物を再びマントのように広げた。途端、敷物に幾つもの矢が殺到する。だがその矢は全て、敷物に刺さっただけで突き通ることなく留まり、次いでぐずぐずと腐り落ちた。

「さすがは狩野殿。準備万端といったところか」

 森の奥から声のみが聞こえる。否、幾ら奥まった森とは言え先があまりに暗すぎる。法歳は瞼に梟の絵を描いた。森の奥が見通せるようになると、そこには銭溜のにやついた笑みが浮かんでいた。そして、更に背後には一際大きな大木が立っており、木に絡んだ蔦に椿が巻き込まれる形になっていた。

 法歳は叫ぼうとした。だが銭溜の顔を改めて見直し、頭が再び冷めてくる。雄二が軽薄な調子で言った、冷静にという言葉が今は妙に重く感じられた。気負い過ぎると付け込まれる。それはここ数回の対決で嫌というほど知った話だ。法歳は沈黙したまま呼吸を整え、改めて銭溜の背後を窺う。独りでいるようには見えるが、部下のために決闘で勝負するようなことは、この男に限ってありえない話だと思う。だが、法歳が問うより先に銭は意外な言葉を放った。

「信じられんかもしれないが、ここにいるのは拙僧一人だ」

 法歳は足元を動かさず、筆と祓いの刀だけを握り直す。銭溜はいやらしい笑みを浮かべて言った。

「難しいものでな、拙僧が法力を強めて高みを目指すことが、妖魔の類からは心穏やかではないらしくてな」

「裏切られた、か」

 法歳の言葉に、銭溜はわざとらしい悲しそうな表情で答えた。

「ただ拙僧と共に生きることを拒むのでな、拙僧の内で死んでもらうことにしたのだ。本当に寂しいことだ」

 銭溜は身に纏っていた法衣の胸の辺りを広げて見せる。僧侶とは思えないほど発達した胸筋が披露された。否、ただの胸板ではない。胸の表面からぬるりとした、石油のようなものが滴り落ちてくる。滴が数滴集まると、そこからは腐敗した肉のような臭気が立ち昇った。法歳はその滴を信じられない面持ちで凝視する。滴が落ちた辺りの胸に小さな陰が浮かび上がった。ほんの幼児ぐらいの手の跡だ。だが、その手は指が九本並んでおり、大きな爪の形が先についていた。

「鬼の子を誘い、鬼を誑かして力として、更に子鬼を食した。拙僧、力のための修行は怠らぬ主義でな」

「どこまで腐ってるんだ!」

「どこまで堕ちられるのか、底は果ての無い道だ。求道とはかくも苦しい」

 法歳は筆を握り込んで攻撃に入りかけ、ふと椿に視線を向ける。何かが法歳の中で引っ掛かった。銭溜は憐れみの視線を法歳に向け、袖から刀を取り出すと露わになった自らの胸をえぐった。

 法歳の手が止まる。銭溜は笑みを浮かべて胸肉を剝がす。血塗れの手で肋骨を外し、肺臓を避けて心臓の在り処を広げて見せる。だが、そこにはあるはずの心臓が無く、空洞の中に先ほどの鬼の血が渦を巻いているのだった。次いで森の中に小さく、心臓の鼓動が聞こえてきた。法歳は耳を澄ます。耳を疑う。眼を瞑りたくなる。

 椿の背中が不自然に盛り上がっていた。椿の背中から、最も聞きたくない鼓動が聞こえていた。

「拙僧を倒すこと、何とも怖ろしく容易なことか。拙僧はいつ貴殿の筆が丸見えの心の臓を抉るのか、怖ろしくて怖ろしくてたまらぬのだ」

銭溜はわざとらしく身震いして見せる。この状況で何が怖ろしいというのだ。法歳は筆を折れんばかりに握りしめ、そして体を硬くしたまま動かない。銭溜は大きくうなずくと、刀の柄で椿の胸を突いた。乳房が柄で歪み、椿が小さく呻き声を上げた。銭溜は笑みを浮かべたまま椿の頰を平手で撫で回す。やっと椿はうっすらと目を開いた。

 銭溜が笑みを浮かべて顔を覗き込んだ途端、椿の吐いた唾が銭溜の頰を汚した。

「なるほど、実に狩野殿にお似合いの気丈な娘子だの」

「椿!」

 法歳の声に椿は視線をしばらく彷徨わせる。銭溜が漂わせていた瘴気を薄め、やっと椿は法歳の姿を捉えた。椿は一瞬視線を逸らし、震える笑顔を法歳に向けた。

「何かドジ、踏んじゃった」

「良いから。僕が君を、助ける」

 法歳の言葉に、椿は不思議な笑みを浮かべた。法歳はその笑みに妙な胸騒ぎを感じた。ただ弱気になっている、そんなものではないと思う。椿は少しの間俯き、そして顔を上げた。

「私のこと構わないからさ、こいつやっつけちゃってよ!」

 椿の言葉に銭溜は大きな笑い声を上げた。

「本当に素晴らしい女性だな、あなたは。拙僧、あなたのことが眩しくてたまらぬ。本当に眩しい方だ。ああ、誰かのことを思い出しそうだ」

「黙れ銭溜!」

 法歳は遂に怒りの声を振り絞る。銭溜は見せつける椿の頰を再び撫であげた。椿はその、がさついた死体のように冷え切った感触に怖気を震わせる。銭溜は心地よさげな表情で続けた。

「都が懐かしい。最早過ぎ去って久しい時間が懐かしい。狩野殿の脇に立っておった桔梗殿の姿が懐かしい」

「黙れっ!」

 椿の甲高い声が響いた。自分より先に椿に叫ばれてしまい、法歳は冷や水をぶっ掛けられたように頭が冷めていく。椿は法歳を見据えて叫んだ。

「私は桔梗じゃない。私は椿、平成の生まれ。スマホも持ってるしカラオケも歌うし着物なんて道着しか着たこと無いし茶道だの華道なんて柄じゃないし、私は別なの」

「僕には、出来ない」

 椿の視線が急に冷たくなり、今度は法歳を睨みつける。

「何をうじうじうじうじしてるのよ。桔梗さんだったっけ。そんな子と何があったかなんて私に関係ないの。人の家に転がり込んできて偉そうなこと言いまくって、それで最後になったらできないって、何それ。じゃ私、永遠にこのキモ系おっさんと暮らすってか。でも、あんたみたいなうじうじ傲慢野郎よりましかも」

 法歳は右手の掌を胸の辺りに擦りつけ、手の中の汗を拭きとる。筆を握り直す。ここまで言われて、なぜ自分はここに立っているのだろう。自問する。酷く罵倒されているのに、今はむしろ自分への怒りが脳をますます冷めさせていく。手の中が冷めている。銭溜は相変わらず嗜虐的な笑みを浮かべながら自分の心臓と椿の頰を交互に撫でてみせる。

 北海道では珍しい、じっとりと湿気を含んだ風が吹いた。椿は妙に冷めた表情を浮かべて言った。

「喉、渇いた」

 法歳も銭溜も表情を無くして椿の顔を見つめる。ちょっと自販機行ってくるとでも言いそうな調子は、今の遣り取りにはあまりにも似つかわしくなかった。椿は凍りついた二人に視線を向け、更に大きな声で言った。

「喉が、渇いたって言ってんのよ。飲み物寄こせよ」

 椿は視線を周囲に回し、一点を睨んだ。そこには椿のバッグが転がっていた。

「おっさんで良いからさ、水筒そのままくれっての」

 銭溜は鼻白んだ表情になり、再び笑みを浮かべながらバッグを開けて中を探る。

「おっさんさ、余計なもんに手、つけんなよな。キモいし」

 法歳は唾を飲んで椿の口元を見つめてしまう。普段の椿には似つかわしくない言葉。なぜこんな言い方をしているのだろう。まだ怒りなのだろうか。それとも。

 ようやくして銭溜が水筒を取り出した。蓋を開けて中の様子を見る。銭溜は首を傾げた。

「妙な色の飲み物だな。何か企んでおるのか」

 銭溜が鋭い視線を向ける。手に握った妖刀が青い光をにじませた。だが椿は表情を変えずに言った。

「だからおっさん、キモいっつってんの。トマトジュース使ったカクテルでさー。バージン何とか、って名前なの。これでもお洒落系だって興味あるし」

 法歳はなるべく表情を変えずに、だが疑念が湧く。なぜ椿がカクテルなんかに手を出すのだろう。何故、そのカクテルなのだろう。だが銭溜は鼻で笑って言った。

「処女か。良い名だ良い名だ。本当に良い女子だの」

「うるせって。でもさー、キモいこと言ってるけど、まさか水筒舐め回したりするほど堕ちちゃいないでしょ」

「ああ堕ちぬ堕ちぬ。そちらの方には堕ちぬわ」

 銭溜は苦笑いしながら水筒を椿の口元に近づける。椿は貪るように喉を鳴らして飲む。時折むせかかるものの、口元を舌で舐め取って、遂に全てを飲み干した。銭溜が水筒を口元から離す。椿は赤い顔をして法歳をじっと見つめた。銭溜は味見でもしようというのか、水筒の中に指を入れようとする。すかさず椿は叫んだ。

「これ、最高に美味しい! 法歳なら泣くほど美味しい!」

 赤くて椿が美味しいもの。法歳が苦手なもの。法歳は悟った。あれは唐辛子入りの飲み物だ。なら、魔戯画は椿の体をすり抜ける。法歳は濃厚な墨を筆に取ると、いきなり槍を描き椿に放った。

 銭溜は自らの身を守るために妖刀を振るう。だが槍は真っ直ぐに椿を胸を貫いた。そして遂に、その槍は銭溜の心臓までを砕いた銭溜の体が揺れる。眼を見開き、妖刀を振り下げようとする。だが体が硬直し、銭溜の体からどす黒い湯気が激しく立ち昇った。椿の体を縛めていた蔓がほどけていく。椿は体を抜くと法歳の場所に駆け寄って法歳の握った祓いの刀を奪い取った。

「法歳、魔戯画!」

 椿が叫ぶ。法歳が鳥居、神社、鏡、鶴の絵を空中に描く。椿の抜き放った刀身に絵が全て吸い込まれていく。眩い光を放った刀を振り上げる。銭溜が妖刀で受け止めたが、妖刀は椿の刀を受け止めた箇所から急速に錆びついていく。驚愕した銭溜に正面から立ち、椿は銭溜の額から地面に切り下げた。

 辺りの闇が急速に晴れ渡った。山全体から忌まわしい断末魔が幾つも上がる。銭溜の切り下げられた傷口からは膨大な煤のようなものが吹き上がり、そして次第に銭溜の体が痩せ細っていった。

 銭溜の姿が街中の普通の僧侶のように変わって地面に倒れ伏した。銭溜は法歳と椿を見比べて呟いた。

「ほんに、良い女子じゃの、法歳殿」

 それきり、銭溜の血肉は黒く溶けて白骨化し、その骨までもが粉となり空中へと舞っていった。


 椿と法歳は少し離れたまま倒れ伏していた。疲れていたというのは当然だが、それ以上に何を言い交わせば良いのか、お互いに言葉が見つからないのだ。だが、そのまま黙り込んだままというわけにもいかない。椿が口を開いた。

「格好悪い英雄だよね、君は」

 法歳は椿の方に顔を向け、だが言葉を返せない。椿は続けた。

「英雄とか正義の味方ってさ、人質を取っても何か秘策があったりさ、隠し技があってかっちり人質を助けるのが普通でしょ。それが法歳ときたら、さ」

「そんなのは、御伽草子か椿の父上が好んで観ているテレビの話だろう」

「じゃあ、助けるって言っておいてどうする気だったのかな、君は」

 法歳は言葉に詰まる。気恥しくなり、居住まいを正すとその場に正座した。椿は首をすくめ、法歳の前に背中を向けて座ると言った。

「まさかもう痕跡とか無いよね。まだ銭溜の跡とかあったら嫌だしさ」

 法歳は慌てて椿の背中に目を向ける。銭溜に心臓を植えられた箇所は皮膚が剝き出しのままになっていた。傷跡どころか蚊に刺された程度の異変も見られず、法歳は安堵の溜息をつく。桔梗よりも遥かに肩幅のある健康的な背中なのに、何か懐かしいような気分になってしまう。いつまでも答えを返さずにいると、しびれを切らした椿の声が刺さった。

「ねえ法歳、どうなのったら」

「特に異常は無い。大丈夫だ。それより何か、懐かしいような気分でさ」

 椿は振り返らず、だが少しだけ肩を落として返した。

「それって、やっぱ桔梗、さん?」

 少し間を置き、法歳は硬い声で答える。

「いや、この数ヶ月の間、椿と過ごした時間が懐かしい、そんな気がした」

 ようやく椿は振り返ると、法歳に顔を近づけて言った。

「弱虫」

 法歳は何故、弱虫と言われたかわからずむっとした表情で椿を見つめた。椿は余裕のある声で言った。

「以前に苦しかったからって逃げ腰になる弱虫。最初に声を掛けてこられない弱虫。そして、私とほんの少し仲違いした程度で思い出のように言っちゃう弱虫」

 椿のにやついた表情に、法歳は救われた気がした。法歳は決死の思いで今の気持ちを口にした。

「何を言えば良いか、わからなかった」

 椿は吹き出した。法歳も一緒に小さく笑う。椿は人差し指を立てて言った。

「まず私からね。今日は、助けてくれてありがと。それから、ずっと口を利かなかったのはさ、私も君と、同じ」

「同じ?」

「法歳と桔梗さんの話を観て、何かわけわからなくなった。法歳と何を話せば良いかわからなかったの。今もわからないし、法歳から色々聞こうとは思わない。ただ何となく、もう良いや、みたいな」

 法歳は神妙な顔でうなずく。椿は更に話を続けた。

「法歳のこと、やっぱり手伝ってあげたくて。危険はわかってたから、万が一のときのために何か仕えるかもって唐辛子入りの『バージン・メアリー』持って歩いてたんだ」

「だが、魔戯画以外に辛味は」

「効かないかも、ってわかってた。だから、万が一のときのことは、法歳に預ける気でいた」

 法歳は呆れた表情を浮かべた。だが椿は真剣な表情で訊いた。

「迷惑、だった?」

 法歳は慌てて首を振る。次いでようやく法歳は自分の気持ちを口にした。

「桔梗のことは忘れられないし、忘れる資格は僕に無い。だが今、椿だけは絶対に守りたかった」

「じゃあ正解だったんだね。まだ、相棒だったんだ」

 法歳がぎこちなくうなずくと、椿は法歳の目を右手で覆い隠した。

「でも今はね、相棒って関係、休みにしよっか」

 椿の唇が、そっと法歳の唇に重なる。それは柔らかくて、ぎこちなく震える口づけだった。法歳も椿の体をそっと抱き締める。椿が体重を法歳に預けてきて、更に法歳は力を込めた。一度椿は唇を離し、上気した顔で法歳を見つめる。改めて法歳は椿に口づけをしようとした。

 だが、いきなり椿は法歳を突き飛ばして立ち上がった。法歳は舌を噛みそうになり、次いで椿の表情を窺う。椿は真っ赤な顔で空を見上げていた。そして背中から聞き覚えのある声が聞こえた。

「銭溜和尚じゃなく、椿先輩に襲われてるんですか?」

 背中に嫌な気配が立ち昇る。恐る恐る振り返ると、服のあちこちが裂けた姿の雄二と中原が頰を引きつらせて立っていた。この後、うろたえる椿と法歳の言い訳を中原がやり込めるという珍しい光景がしばらく続いた。

エピローグ

「とりあえずカップル成立おめでとうってことでわが校の剣術娘がゴシップ記事独占取材記事を提供、って話で良いわけ?」

「どこをどう聞くとそういう結論になるわけ?」

「巴先輩の戦闘場面抜きの証人の私の話で組み立てると、そういう結論になると思います」

 余計なことを、と法歳と椿は呟いたが、中原は何も感じない表情で生き生きと天下のゴシップ収集家、河合にその情景を喋る。銭溜が倒れた後、魔物の統制が崩れて戦闘は無くなったものの大混乱の暴走を逃げ回ったせいでかなり大変な状況だったらしい。それでもやっと辿り着いたときがちょうど最も良い場面だったわけで。さすがの中原も大人しくはしていられない気分のようだ。

 法歳と椿もあのときは妙にくっついてしまったが、今はそんなにべたべたする気分にはならない。命の遣り取りとしていた反動だったのか、それとも中原たちに見られたことがかなり抑制になっているのか、二人ともよくわからない。ただ、椿は今の状態に満足していた。すっかり分かれてしまったはずの気持ちが戻り、そして半歩だけ前に進んだ状態。

 河合はかなり厄介だが、全くペンを取る様子が無いところを見ると、きっと。

「私もさ、親友をこき使うことはしてもネタにはしない程度の分別はあるよ」

 河合は笑って、背中にある布を掛けたイーゼルに向かった。そっと布をどけると、そこには函館山を描いた油絵があった。自然な風景画のようだが、山の頂上に透明感のある光が、そして足元には暗い霧のようなものが描かれていた。河合の絵には今までに無い神秘さが漂っていた。

「これ、炊事遠足のときに湧いたインスピレーション。私も何か感じてたのかもね。出展するよ」

 何かが変わっていっていると思う。椿は自分に目を向ける。自分も何かに焦っていたけれど。もう少し時間がかかるのかもしれない。それで良いと思う。河合がゴシップ取材よりも本当に絵を掴みつつあるように、もしかしたら自分何かを掴めるかもしれない。

 法歳は河合の絵を一通り批評した後、真面目な顔で口を開いた。

「細かい魔物が統制を失って動くかもしれない。だからまだ僕はここにいたい。だけどそれ以上にさ」

 椿の背中に法歳は回り込んで断言する。

「とりあえず、椿の傍にいたいんだ」

 河合と中原が囃したてる中、椿はうつむいて法歳の手を取ると指先を軽く噛んだ。

〜完〜

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