文芸船

魔戯画師

第一章 魔物の蠢動

第二節

「ね、椿。あの一年生何なの?」

 女の子にしては大きめの弁当を椿が広げた途端、弁当仲間の河合由宇が目をくりくりさせながら迫ってきた。

 軽く脱色した茶髪のセミロング、際どく詰めたスカート、そしてやたらと動き回る視線。『陵南高の女性セブン』というとんでもない異名を持つだけあって法歳の話をもう嗅ぎつけたらしい。

「年下転校生にいきなり手を出すとは、椿って意外に」

「何を莫迦なこと言ってんのよ。従弟よ従弟!」

「へー。ずいぶん仲の良い従弟ね。あ、従弟って結婚できるな」

「河合、いい加減にしないとっ!」

 椿が鞄から定規を取り出した途端、河合は慌てて飛び逃げた。

「あのさ椿。あんたの『定規剣道』って竹刀以上に効くんだからやめてよ。ちょっとふざけただけなのに」

 どうも法歳は一年生の女生徒の間で話題になってしまったらしい。その上、運の悪いことに最初の授業が古文で、先生に朗読を命じられて思いっきり格好良く読み上げたとか。

(江戸時代の人だもん、古文の方が読みやすいのよね)

 だが勉強秀才がもてるわけもない。法歳の落ち着きのある声が魅力的なのだ。この辺の話、河合が見逃すわけはない。

「ねえ、年下って可愛いよねえ」

「あのさあ河合、高二でオールドミスの危ないおばちゃんみたいなこと言うもんじゃないの」

「いやあ、私その気持ち、わかる気がする」

「わかるなわかるな」

頭を抱える椿に、一応親友の河合は笑顔で尋ねた。

「ね、狩野くんだっけ? 彼、クラブどうすんの?」

 言われて椿は悩んでしまう。実は昨日、椿の木刀を懐かしそうに眺めている法歳を見て剣道部に入部させようと考えたのだが、法歳は五稜郭戦争で江戸から渡ってきた人間で、その上新撰組とまで関わっている。下手に入部させたら大惨事になりかねない。

「あのさあ、うちの部、実は部員不足でピンチなんだよね」

「え? 河合って何部だったっけ」

「伝統の美術部だよ。先輩にはちゃんと画家だっているんだから」

「美術部ってあったっけ? イラスト部なら聞いたことが」

 河合は溜息をつき、恨みがましい表情で睨んだ。

「伝統美術なんて流行らないからさ、部員不足解消の苦肉の策で部内にイラスト班を作ったら、入った生徒がほとんどイラスト班希望だったの! でも将来は陵南美術展を再興して、だ!」

 きっと無理だぞー、とツッコミかけてやめておく。こと絵画については河合はかなり凄いのだ。

(この娘から絵画を取ったらただのゴシップ姉ちゃんだもんね)

 心の中で呟きながら、法歳が「絵師」になれれば、と言っていたのを思い出す。

「あのさ、法歳って狩野派と関わっててね、日本画描けるんだ。あと、浮世絵みたいなのもいけるとか」

「それ、ほんと? よーし、部員勧誘作戦開始しよ。我が親友の椿ちゃん、授業が終わったら協力お願い!」

 ベルが鳴り、数学が廊下から足音とともに迫っていた。


 やっと授業も終わると、椿は河合と連れだって法歳の教室に向かった。着いてみると、案の定彼は教室で複数の部活から勧誘を受けている。

「法歳くん!」

 椿が声をかけると、法歳はほっとした表情で振り向いた。だが、駆け寄ろうとした椿を巨体の男が立ちはだかる。部員不足でいつもひーひー言っているラグビー部だ。その原因はしょっちゅう起こす暴力沙汰のせいなのだが、その辺にはいつも全く反省の色がない。彼は椿に脅しの声音で言った。

「おい、巴ちゃん。今ラグビー部が話してる最中なんだ。ちょっとそっちで待ってろよ」

「うるさいな、法歳くんはラグビーなんか合わないよ。この体格見たらわかるでしょ」

「さっきの体育の授業でさ、すげえ運動神経だってことがわかったんだよ。野球部その他との話し合いの結果、ドラフト権は我がラグビー部が取った」

「話し合い? あんたらにも話し合いできる頭があったんだ。あ、もしかして『拳で語りあった』ってやつ?」

椿のからかい気味な言葉に、ラグビー男は真面目な顔で告げた。

「それこそ男の言葉だと思うがな」

 河合がひっ、と言って後ろに下がる。椿は法歳を目で制しながら冷たい声で言葉を返した。

「私が何で『巴』って言うか知らないわけないよね。あんたはラグビーで鍛えてるから、救急車はいらないだろうけど」

 椿が河合の差し出したモップの柄に手をかけると、ラグビー男はうっ、と呻いて拳を握った。と、近くにいた数人からひそひそ「また活動停止処分」と噂話が広がり始める。

「わかったよ。ラグビー嫌いを誘ってもしょうがねえや」

 いかにも法歳をくだらない男のように罵り、ラグビー男は乱暴に教室のドアを蹴って出ていった。

「法歳くん、ごめんね」

「それより、椿って『巴』なんて言われてるのか」

 改めて言われると恥ずかしいように思う。『巴』とは平安時代に実在した女将軍の名なのだ。椿はあだ名の話を無理矢理に逸らすことにした。

「とっ、とにかく友だち紹介するから。河合由宇。美術部だよ」

「美術?」

「絵を描くの。あ、部活ってのは学校の授業以外に仲間で好きなことやる集団ね」

やはり、法歳は「絵」という言葉にぴん、ときたようだ。河合も気づいたらしく、猫なで声で話しかける。

「狩野くん、日本画をやるんだって? ねえ、もし興味があるんだったらうちの部室に来ない?」

やっと法歳は笑顔をみせる。椿は何となく河合に感謝したいような気分になった。

 このあとはさすが河合の手練手管、あっという間に法歳を懐柔してそのまま部室にお持ち帰りになった。椿はちょっと不安に思って美術室までついていった。

 美術室に入るなり、河合は奥の部屋から余っている画材をぼん、と手渡すと絵を描くように言った。法歳は初めての水彩チューブに戸惑いながらも、次第に表情が輝き始める。だが、それ以上に表情を変えているのは周りにいる美術部員だ。

 何気ない調子で描き飛ばした鴉、梅、獅子。日本史の教科書に出てくるような絵が次から次へと法歳の筆から流れていく。中でも河合は憧れの視線を向け始めている。

(ちょっと、合いすぎちゃったかなあ)

 椿は不安な気持ちを隠せない。だが法歳はこの空間と初めて出会った画材がよほど気に入ったらしい。

「あのう、狩野くん。こういうイラストってどう思う?」

 一年生の女の子がドラゴンと少女を描いた大きなイラストを持って来た。色白で長い黒髪の、か弱い空気のある娘だ。彼女の雰囲気からは予想のつかない、原色をふんだんに使った強い印象の彩色をアクリルで施している。ベタな構図であるのは逃れようもないが、それでも法歳は妙に興味を持ったようだ。

「こういう描き方もあるんだ。ふむ、勉強になるね」

 言って新しい紙の上にさらさらっ、と龍神と村娘の水墨画を三十分足らずで描き上げてしまう。

「すっごーい! 狩野くんって天才! 将来は人気イラストレーターになれるんじゃない?」

「いらすと?」

 例によって横文字を解せない法歳は首を傾げた。椿は耳元で「玄人の絵師のこと」と囁く。

「なるほど。ありがとう」

 褒められたことがわかったのか、法歳は笑顔で応えた。彼女はよほど気の小さい娘なのか、頰を染めてうつむいてしまう。すると法歳は軽い調子で龍神と村娘の絵に判を押し、そっと差し出した。

「気に入ったならあげよう」

「あ、ありがとう!」

 穏やかに微笑む法歳と絵を抱きしめた一年生。自然すぎる二人の姿を見ているうちに、椿はくしゃくしゃした気分になった。誰にも告げずに部屋を滑り出てドアの窓から覗くと、法歳は何も気づかない様子で筆を走らせている。振り返るもんか、そんな言葉を椿は口の中で繰り返していた。


 結局、椿は挨拶なしで家に戻った。しかし法歳は夕飯ぎりぎりの夜七時になってやっと帰ってきたのだ。椿は法歳が帰ってきてから何となく冷たい態度を取っている。だが法歳はそれがなぜかわからず困惑するばかりだ。

「椿、急にいなくなったから驚いたじゃないか」

「そう? でも河合とか親切にしてくれたんじゃない?」

 椿の返答に反対しきれず、法歳は口ごもった。

「なら良いでしょ。私は私の時間がある。ただそれだけよ。それとも私の彼氏、んと、所帯持ちの気分?」

慌てたように首を振る法歳に、椿はもどかしい気分を味わった。

(こら、椿。『陵南高の巴』がこんな弱気でどうする)

 自分を叱りつけながらも、『巴は夫の木曽義仲と一緒に戦い続けた』などと史実のいらない知識が頭の中で駆け回る。恋愛とは無関係と思っていたはずの自分に戸惑うしかなかった。

(法歳なんてまだ中学生と大して変わんないのに。ガキじゃん)

剣道部の一年生を頭に浮かべ内心嗤った。だが、彼らと法歳を比べてしまう自分が許せなかった。心の中で暴れ回る迷いを法歳に見透かされそうで、椿はなお冷たい態度をとってしまうのだ。

「何か僕が気に障ることをしたのなら謝ろう」

何とか機嫌を直させようとする法歳のことが気の毒に思える。だが、それでもまだ椿の心は乱れていた。むしろ、その何気ない真面目な態度がもどかしいばかりだ。

 椿は少し考えてから、少し視点を変えた質問を放った。

「ね、絵をあげてた子。あの子って?」

 だが法歳は椿が求めているとは見当違いの答えを返す。

「彼女はまだまだ成長するよ。才能のある子だ」

「って言うか、それ以外にさあ」

 法歳は少し不機嫌な声で聞き返す。

「中原さん、だっけ? あの娘、あんたを見る目、ただ絵の上手な人を見てる目じゃないよ」

 ここまで言っても法歳はあっさりと首を傾げる。

「それだけ? ふーん、法歳って冷たいんだ」

「椿、八つ当たりは止めてくれないか? それに僕はこの時代の誰とも結ばれる気はない」

 椿は最後の言葉を反芻し、改めて問いかける。

「それってどういう意味よ」

 法歳は数瞬、話すべきか迷う。だが法歳は居住いを正して語り始めた。

「僕はこの時代にいるはずのない人間だ。時代がいつまで僕の存在を見逃し続けるのかはわからない」

 突然の話に椿は言葉を失う。だが法歳は構わず話を続けた。

「僕がこの時代に在ること、それ自体が歪んでいるんだよ。この辺の難しいことは高僧にでも訊かないとわからないんだが」

 胸の動悸を手で確認しながら、椿は必死で押し出すように訊いた。

「つまり、何かのはずみで消えたり?」

「死んでしまうのかもしれない」

 さらりと他人事のように言い放つ法歳を椿は何も言えずにしばらくじっと見つめる。それでも椿はつっかかりながらも再び言葉を紡いだ。

「でもね法歳。法歳は今生きてるじゃない。今私と話してるじゃない。それに明日どうなってるかなんてみんな一緒よ? 私だって交通事故に遭うかもしれない、病気で倒れるかもしれない」

 法歳は途中で遮り、ぷつっ、と言葉を転がした。

「魔物に殺されるかもしれない、僕だけは」

 法歳は真剣な眼差しで椿を捉えた。それでもなお、椿は視線を泳がせながら反駁した。

「逃げなよ」

「椿、逃げるなんてしちゃいけないよ」

「何で? あんた私より年下なんだよ? 江戸時代だって鍛錬とかで遊ぶ暇なんてなかったんじゃないの?」

「僕はもう大人だ。元服は済ましている」

「今は平成だよ。二十歳までは完全な大人じゃないの」

「だが、僕は君の言う江戸時代に大人として戦った。子どもは大人になれるが、大人は子どもには返られない」

「だからってあなたが魔物と戦わなくたって良いでしょ。警察もあるし自衛隊もあるし。いよいよとなったら駐留米軍までいるんだもん、そいつらがやれば良いじゃない!」

「魔物と戦うのは人間と戦うのとは違うんだ」

「違わないよ。今の軍隊は核兵器だってあるだよ。ほんの数分で世界だって滅ぼせちゃうんだから」

 とどめを刺したつもりの台詞に、法歳はしばらく絶句する。しかし、彼は深呼吸すると冷めた声で思いがけない答えを返した。

「そんな恐ろしい人が戦ったら、近くの人も一緒に死んでしまうんだろうね。その軍隊は、周りにいる人のことを考えてくれるのかな。逃がしてくれるのかな」

 言われて気づく。レストランでの戦いのとき、法歳は真っ先にその場にいた人たちを逃がしたのだった。

(法歳って、みんなを守りたいんだ)

 椿の目には、まだ頰の線にあどけなさの残る法歳があまりに不憫に映った。だが、そんなことを言えばなおさら頑なになるに決まっている。だから椿は敢えて言った。

「じゃ、頑張りなよ。私はあなたが戦っていくのは決して邪魔しない。なんなら手伝ってあげる」

 法歳は目を見開く。だが椿は法歳が口を開く前に押さえるような口調で続けた。

「でも約束して。無駄に命は懸けないで。とにかく生き延びて。そして、勝手に私たちの前から消えないで」

 法歳はその約束を否定しかけ、思い直して言葉を呑み込んだ。そして椿の瞳を覗き込み苦しげに答える。

「約束しよう。できるだけ、君の言葉を守ろう」

「ほんとに、ほんとに約束だよ?」

 やっと法歳も笑顔になってうなずいた。椿はそんな法歳の肩に恥ずかしげもなく頰を預ける。何をするともなく、二人は時間をそのままで過ごしていた。


 翌日。あの小さな言い争いのおかげか、むしろ二人の仲は今までより深くなったようだった。

(ま、変な気分もなんだか収まったしね)

 椿は上機嫌だった。昨日の初登校と違って、法歳が隣にいることが妙に当然のような気持ちがあった。

「椿、おはよっ!」

 振り向くと、やはり河合だ。並んで歩いていた二人に、興味津々といった視線をまともにぶつけてくる。

(あー、このお邪魔虫)

 椿は返事の声を出す気になれなかった。河合に悪気のないことはよくわかっている。だからなおさら腹が立つ。だが、河合は二人の前に回り込んできて続けた。

「椿ちゃん、今日はずいぶん不機嫌だね。それだから『陵南高の巴』なんて怖がられちゃうんだよ」

「言っとくけど、私は喧嘩っ早さで怖がられてるの」

「そんなことわかってるって。椿ちゃんって美人だもん、うちの学校にミスコンあればいけるはずだもんね」

「河合ぃ、私におべっか使ったって何にも出てきやしないわよ」

「ばれたか」

 河合は舌を出し、椿と狩野を見比べながら話を続けた。

「知ってる? ほら、高校の近くに自動車教習場があるじゃない。去年さ、教習中に事故って先生と生徒が一緒に死んだでしょ? その幽霊教習車が真夜中に走るんだって」

 河合の悪い癖が始まった。そう思った椿は努めて冷静な声であしらった。

「怪談に振り回されてる暇があったら絵の一枚でも描いたら?」

 河合はそんな椿を呆れたような態度で見つめながら反駁する。

「どうしてそうやってロマンがないわけ?」

「私、そんなロマンならまだ『白馬の王子様に』って言われた方が笑えて良いんだけど」

「椿ね、今の色恋話は不倫と三角関係が最高のロマンに決まってるの。あ、年下男に嫌われた年増女の怨念、なんて方が椿には実感あり、か」

 河合のしつこいからかいに、椿はさすがに噴火しかかる。

「あ・ん・た、縛りあげて木刀で小突き回されたい?」

「うっわあ、椿ちゃん怖いっ!」

 わざとらしく後ろに飛び逃げる河合に、椿は拳を握りかかる。ところが法歳は椿に手を添えて抑えながら意外な質問を放った。

「河合さん、その車が走る時間はいつかね?」

「え? そうねえ、午前二時ぐらいって言ったかな。草木も眠るなんとやら、って時間よ」

「丑三つか」

 真剣に考え込む法歳を見て、椿は怪訝な表情になる。すると法歳はそっと耳打ちした。

『奴が復活したせいで魔の気がここを覆っているからね』

 椿も神妙な態度に変わって考え込む。すると、事情を知らない河合は嬉しそうに言った。

「ほおら、狩野くんも興味もってるよ。あんたも気になるんでしょ? どう、行こうよ」

「いや、そういうものに関わることは危険だ」

 途端に反駁した法歳に、河合は意外そうな視線を向けた。

「法歳くんって案外オカルトファン? それとも日本画なんて習ってるくらいだから迷信とかには頑固な方なのかな」

 法歳は説明しようとしたが、河合は全く聞く様子も無く宣言した。

「私は止められない! なあんてったってこの河合由宇、学内雑誌『陵南通信』の編集長さまだかんね!」

 椿は頭を抱える。河合が美術部と別に活動している雑誌部は『自由な編集、娯楽第一』を看板に掲げており、載っている記事は胡散臭い情報や裏モノの危ない記事が多い。放任主義の陵南でなければとっくに発禁処分をくらっているに決まっている。

 椿は河合の気を変えようと説得にかかった。

「今ってもう寒い季節じゃん。そんなときに怪談なんてやったらまた返本の山になるよ」

「ご心配なく。身近な怪談はいつでも売れるぞー。だからさ椿、護衛お願い。やっぱ『陵南の巴』がいてくれれば安心だし」

 勝手な河合を叱ろうとしたとき、僕も行くよ、と法歳がさらりと言った。目を丸くし、次いで声を荒げかけた椿に法歳はそっと耳打ちする。

『放置しておけばそのまま独りででも行きそうだからね』

 それでも椿が遮ろうとすると、法歳は平然と言い切る。

「じゃ、今日の夕方から準備にとりかかろうか」

 椿の溜息と河合の歓喜が重なった。法歳は二人を見比べ、さも愉快そうに声をたてて笑う。椿はなおさらむくれて法歳を睨む。河合は椿の苦悩なんぞ考えもせず、もはや計画を喋り始めた。

「まずさ、ずばっとフォーカス記事! だよね。事故当時の話も調べとけば記事に厚みと怖さが二倍ってやつ? んー、あとは悪霊駆除を法歳くんが、ってのはさすがに無理か」

「あのねー、ホラー映画の撮影じゃないんだから」

「そりゃそうだけど『二枚目転校生、颯爽と悪霊駆除!』なんてコピー打てば大量部数売れまくりだよ」

「陵南通信って、無料配布じゃなかったっけ?」

「今は情報化時代よ? 情報には貨幣価値があるっていう先端的な教育を先生の代わりにこの私がしてあげようっていう」

 椿は頭を抱える。見ると、法歳も呆れたような表情だ。

「死者で商いをしようという考えはよくないと思うんだ」

「あらま狩野くん、死人で金儲けしちゃだめなら葬儀屋とかどうすんの。それに死んだ人だって有名人になった方が喜ぶわよ」

 何の考えもなさそうなふざけた調子に二人とも顔を見合わせた。と、河合がばっ、手を上げて宣言する。

「ということで、みなさん放課後に美術準備室に集合! ではっ!」

 校門に走っていく後ろ姿を見送りながら、二人は同時に言った。

「困った人」

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