手漕ぎボート一艘で魔道師の島に渡ろうとするのは桜花ぐらいなものだろう。いや、いくら桜花でも他の事件ならきちんとした船頭付きの船を雇ったはずだ。だが、今回はただ、冷牙に会いに行く、そんな気分だった。何となく今では、捕まえるよりも会いたいという気持ちに変わっているのだった。これも虹の魔法の副作用なのか、それとも遂に本心に負けたのかは桜花自身もよくわからない。とりあえず桜花は虹の魔法のせいだと思うことにしていた。
「事件の海域よりずっと近くにあるはずなんだ、かき氷の島は」
言って桜花は櫂を盛んに漕ぐ。普段から警備士として鍛えている桜花の腕は多少のことではへこたれたりはしない。だがそれ以上に、桜花は自分の行ける範囲に目標地点があると確信していた。冷牙は島で待っている。理由はないが、そう確信できていた。派手な迷惑は冷牙からの伝言だと思えるのだ。そして、自分は彼を迎えに行かなければならない。それは桜花でなければならない、そんな風に思えるのだ。
虹は舳先に背筋を伸ばして座って正面を見詰めていた。それどころか、全身を使って島を探していた。魔法を何もわかっていない桜花が主張する、見えなくてもあるはずだという言葉に虹も協力しているのだ。
港を出た途端、外海の揺れが船を襲う。遠くからはただの石の塊にしか見えない防波堤の威力を今更ながら体で理解させられる。数回のうねりで桜花は胸やけを感じてひたすら遠くの水平線に目を向けて櫂を必死で漕ぎ続けた。
陸が遠く、町並みがよくわからないほどまでの沖に到達した。もはや虹ですら、陸を見なければ自分がどの辺りにいるのかすら判断できないような海原だ。だが、桜花は確信を持ってボートを止めた。
「この辺だと思う。この辺に冷牙がいる」
桜花の言葉に虹は顔をしかめる。自分のかけた魔法が、桜花の心に妙な影響を与えたのではと不安になってしまう。だが桜花は余裕の表情で怒鳴った。
「冷牙! 出てこーいっ!」
怒鳴ったはずの声も潮風にさらわれて小さくしか聞こえない。だが桜花は再び叫んだ。
「桜花だよーっ! 冷牙、出てこーいっ!」
再び声が波間に消えたとき、海面がうっすらと白濁した。白濁は船の舳先に集まり、そして粒子に変わり始めた。遠くの空中に緑色の靄がかかり始め、土の匂いが漂う。虹は目を見開いて呟くように言った。
「私でもできんよ、この幻術は」
彩りのある靄は形をとり始め、遂には島と呼べる姿が現れた。船は砂浜に乗り上げているのだった。それでもまだ首をかしげている虹を置いたまま、桜花は森に視線を向ける。蔦の絡まった木々の奥に目を凝らしたが、特に人の姿は窺えない。それでも桜花は緩みそうになる自分の頰を叩くと警棒に手をかけ、だが引き抜かずに船から飛び降りた。虹もやれやれといった調子で音もなく浜辺に降り立つ。
「行くのかい?」
黙ってうなずく桜花の横顔を眺め、訊くまでもなかったか、と虹は呟いた。だがそれにも桜花は何の反論もせずに黙って森へと進んでいく。その歩みは虹の目にも警備官とは言い難い素人のような焦りを感じる。
「桜花、少し慎重に行きな。何が起きてるかわからないし、それに」
「それに?」
桜花が少し怒った声で訊いた。虹は言いかけた言葉を飲み込んでしまう。
(冷牙が本物の悪党になってるかも、なんて言えないね、こりゃ)
虹はごまかしにニャア、と鳴いて桜花の脇に擦り寄る。桜花は黙ったまま森の前で立ち止まると、真ん中に開いている森の道をじっと見詰めた。
「来い、ってことだよね」
桜花は警棒を手に握ると、虹を伴って森の中へゆっくりと進んでいく。背中の波の音が遠く霞んでいった。
子供の頃に近所の森の中で遊んだ記憶はあるが、それ以上の森となると桜花には全く経験のない話だ。それも当然の話で、陸地面積の狭いこの独立都市・蘭洋にただ木を生やしておくだけの余裕などあるはずがなかった。古い森林の多くは畑や宅地へと変えられ、広大な森を見るには他国へ赴くほかないことは蘭洋の人間にとって常識だ。そんな蘭洋の警備隊では当然のように、森での捜索術はほとんど義理程度行うに過ぎない。だいたい、他国でよく見られる犯罪者捜索の山狩りなど、この十年間行われていないはずだ。当然、桜花は森の中で立ち往生するはずだった。だが、虹が呆れるくらい桜花は迷いなく森の道を進んでいた。それも自信ありげながら不機嫌な顔をして。
「桜花、何を怒ってんのさ。また冷牙に腹を立ててるのかい?」
「あったり前でしょ!」
おやおや、と虹は溜息をつくと、どう訊き直そうかと迷いながら前脚で顔を洗う。だが桜花は立ち止まりもせずにさらに前へと進もうとした。
「ちょっと、私を置いて行く気かい?」
桜花はやっと立ち止まると、だが足踏みをしながら言った。
「普通、猫より人間が迷うものなんだけど」
「あいにく私は普通の猫じゃないもんでね」
虹は嘯くと伸び上がって桜花の足に背中を摺り寄せる。桜花はやっと立ち止まり、足下の小石を蹴った。転がった石は木の根にぶつかり、小さな音を立てて止まる。
「よく似せたもんよね」
桜花の呟きに、虹は黙って首をかしげる。桜花は虹を抱き上げて話し始めた。
「虹と会う前って、よく近所の森で遊んでたのよ。探検だろうがピクニックだろうが、結局は全部同じ森なんだけど。でもほら、小さいときってちゃんとそれも楽しいでしょ」
「その、森?」
桜花は黙ってうなずき、手元の木を指差す。指先を辿ると、そこには小さく逆三角形の印が刻んであった。
「私たちが使ってた、道標。高さは私の肩の高さ。他の高さだったら偽物」
今度は別の木を指差す。そこには桜花の肩の高さにやはり、逆三角形の印が刻んであるのだ。桜花は口を尖らせて言う。
「冷牙って、探検探検、って言って好き勝手に歩くから、私が印つけておかないと迷子になるのね。でも、これに気づいたいじめっ子がいてね、そっくりの印をつけられちゃったの。だから、目印には高さの約束もつけたの」
だからって、と桜花は呟いて黙り込んだ。虹は桜花の頰をそっと舐める。桜花の腕が虹の体をきつく抱き締める。ふと、虹も何かおかしいと思い始めた。
(冷牙にしちゃあ、ずいぶん手が込んだことするもんだね)
長く離れれば人間は変わるものだが、それでもやはり根本まで変わるものではない。それに思い出に浸るような真似をする人間なら。虹の考えに答えるように、桜花はうつむいたまま虹の顔を覗きこんで言った。
「早く逢いたがる、って思う。でも来ないのは、来れないから」
桜花は虹を地面に下ろすと、再び急ぎ足で進み始めた。
次第に風景は桜花の知らない場所へと移り変わって行った。だがそれでも、冷牙と桜花の目印だけは変わらず続いていた。その上、初めはただの印に違いなかったのに、進むにしたがって魔力を帯び始めていることも虹の目に見え始めた。それは危険なそれではなく、搔き消されないように守るだけのものなのだが、その力も何者かによって傷つけられているようだった。
(まずいね)
桜花には黙ったまま、虹は考える。冷牙は救いを求めているように思える。だとしたら、この森そのものを作っているのは誰なのか。虹は桜花の勢いに乗って準備もなく森に入ったことを後悔した。自分の魔力への過信と、所詮は冷牙の悪戯だろうとたかをくくっていたつけだ。
(その点、桜花ときたら)
いつでも短剣を抜けるようにしつつ、全くひるむ様子はない。調査を始めたときよりも迷いはない。ただまっしぐらに進んでいる。むしろ桜花にとって、焦りはあっても安心だった。自分のやらなければならないことがはっきりしているのだから。それも、全く嫌なことではなしに。
(冷牙を助ける)
全くぶれのない桜花の目標だ。何があったのかわからないが、冷牙は桜花に助けを求めている。桜花は確信していた。だが、それこそが虹にとっては最大の不安なのだ。冷牙がどれほどの魔道を修めたのかはわからないが、少なくとも桜花の剣技から大きく劣るとは思えない。否、こんな現実に歩き回れる魔法の中に、目印を紛れ込ませられるだけでもかなりの使い手だと言えよう。
虹の耳に何かが障った。桜花の足をつついて気をつけるよう促す。桜花は探検を構え、音の聞こえた森の奥を見詰めた。次第に物音が迫ってくる。そう、羽音だ。遂に音の主が桜花の足元に降り立った。それは森にはどうにも似つかない、家鳩だった。鳩はくっ、くるっと鳴いて桜花と虹に視線を向ける。虹は言った。
「喋ったらどうだい」
鳩は身震いして虹を見詰めた。だが虹は全く動じることなく再び声を掛けた。
「阿呆な普通の鳥のふりなんてしてるんじゃないよ、この」
最後に何かを虹は言ったが、桜花にはまるっきり普通の猫の鳴き声にしか聞こえなかった。だがその声こそがこの鳩には意味があったらしい。鳩は翼を大きく広げると、遂に喋り始めた。
「姐さん相手じゃ知らんぷりは無理ですわな。了解しました、お話しましょ」
桜花は目を見張る。だが虹は説明することもなくこの鳩に告げた。
「あたしゃね、はやくこの子をある人に会わせなきゃなんないんだ。手伝うのかい? それとも狩られるかい?」
鳩はそれこそ人間の声で笑う。そして改まった調子で言った。
「了解です。ご案内しましょ、うちの親方に」
「親方?」
待ちきれず遂に桜花も二人の会話に割って入る。すると鳩は彼女のことを当然知っている様子で答えた。
「うちの親方はお待ちですぜ、幼馴染さんが助けに来てくれるのを」
虹はやっぱりかい、と吐き捨てるように呟いて鳩を睨みつける。だが鳩は虹から視線を逸らしただけで話を続けた。
「親方は捕まってる、というか自分を囮にしてこの魔法を、森を騙してるんですよ。でもそろそろ限界だ。術が破れりゃ一気にやられちまう」
「どうすれば良いの!」
桜花は痺れを切らして怒鳴った。鳩は再びくっくる、と鳴くと桜花の頭に止まった。
「説明するよりゃ見てもらう方が先だわな。行きましょや!」
桜花はうなずきかけ、ふと思い出したように言った。
「私は霞桜花。霧騒ぎを捜査している警備士。ちょっと被疑者が知り合いだけど。で、あらためてあなたの名前は?」
鳩はくるっ、と鳴いてから桜花と虹を見比べ、深く頭を下げて答えた。
「おいらは秋葉。冷牙の親方に仕えてるごくごく平凡な鳩ですわ」
「平凡、ね」
虹が胡散臭そうに呟き、秋葉の顔を引っ搔くふりをする。秋葉は慌てて飛び上がると早速森に向かってゆっくりと飛び始める。一人と二匹は後に続いて再び走り始めた。
秋葉の後を追ううちに、それこそ森は秋色に変わり始めた。最初のうちは美しい紅葉だったが、今ではもはや枯葉を踏みしだく音がやけに耳に障る。秋葉と虹はもう少し静かに歩けと言うが、そもそも空を飛んでいる秋葉と忍び足でしか歩けない猫の虹と同じように静かに歩けと言うのはあまりに無茶な話だ。おかげで最初のうちはずいぶんと速く進んでいたはずなのに、今では散歩するような速さになってしまった。桜花は葉の落ちた木々を眺めながら思う。
(これが、ただ遊びに来たんだったら)
せっかくの秋日和だ。山菜でも採って冷牙と軽いピクニックもできただろうに。手に握った短剣がいつもより重かった。犯罪者を捕らえるにはずいぶんと頼りになるはずの短剣も、今の冷牙と桜花にとっては何の救いにもならないのだ。秋葉の話によれば、冷牙は兄弟子に騙されて魔法で封じられているらしい。氷の島を造るための力の源として使われているのだという。虹ですら冷牙の姿を見ないことにはどんな魔法がかかっているのか、解けるものか全く見当も付かないのだという。
(何で私なんだろう)
魔道を破るには自分がどれほど非力なのか、先ほどから秋葉と虹の交わしている会話を聞いているだけで身につまされる。秋葉も虹も動物の言葉どころか外国語すら使ってはいないのに会話の中身が何一つ理解できないのだ。思い返せば、子供の頃に軽く習った魔法の初歩は、ほとんど冷牙に噛み砕いて教えてもらっていた。そんな劣等生の自分を、なぜ。
その問いには誰も答えられるはずはなかった。秋葉は魔法の生物として怪しい薬屋に売られそうになったところを冷牙に救われ、それ以来親方、と慕っているのだという。そんな程度の魔力ならはるかに虹より下だ。何かわかるはずもない。
立ち止まると虹が不安そうに鳴き声を上げた。桜花は慌てて歩みを戻す。もう短剣を握っている気力はなかった。鞘に戻し、ただ歩くことに努める。
気温が下がり始めた。港にいたときは暑かったスラックスが寒いとすら思える。枯葉にうっすらと霜が下りていた。点在するナナカマドの枝には、真冬のように橙赤色の実だけがぶら下がっており、その実をヒヨドリが甲高い声を上げながらついばんでいた。桜花は冬、と思わず呟いた。
「そうです、冬です。冷牙の親方は真冬の中にいるんです」
秋葉は桜花の肩に止まると森の奥を翼で指差した。木漏れ日が眩しく反射している。桜花は靴紐を硬く縛り直した。霜は次第に厚みを増して氷に変わり、遂には誰も踏んでいない粉雪の中を漕いで歩く破目になった。だが、それでも桜花は黙々と歩き続けた。むしろ枯葉の音を気にしないぶん、力づくで急いで歩き続けた。
森が開けた。木立が切り取られたように丸い広場に出た。その中心には人の背ほどの尖塔状の何かが立っていた。
「桜花!」
虹と秋葉が止めるのも間にあわず、桜花は走り出した。雪が靴の中に入り込み服をびしょ濡れにしていく。だが桜花は構うことなく、泳ぐようにして雪を避けながら中心の尖塔に迫った。
更に近づいて、桜花は言葉を失った。尖塔に見えたそれは、冷牙を封じ込めた巨大な氷の結晶だった。その姿は別れたときに見た冷牙よりずっと大人びている。だが少し丸みを帯びた頰と、片方だけ二重の瞼、そして言葉には言い表せない雰囲気は間違いなく冷牙だった。
「冷牙!」
桜花は叫んだ。叫んでどうなるものでもないはずなのに、それでも桜花は叫んだ。その背中を虹と秋葉がつついた。
「虹! 助けてあげて!」
だが虹は氷をふんふん、と匂いを嗅いだだけで引き下がると力なく首を振り、猫らしくなく雪を蹴り飛ばして言った。
「どだい、あたしみたいな落ちこぼれにこんな魔法は無理さね」
桜花は虹に体を掴み上げる。虹は体をよじって逃げると氷を叩いて言った。
「がちがちの封印さね、こりゃ。それも嫌がらせみたいな魔法でね、かけた本人すら封印を解くための鍵をわからないんだ」
「鍵が、わからない?」
虹は爪で氷をひっかくと、ひとかけらも氷がかけてこないのを見せ付けながら言う。
「呪いとかさ、魔法ってのは使った本人だけは鍵を知ってる、てのが定番だろう? だがね、この術は術をかけられる本人の記憶から勝手に選ばれて決まる。『かけられた本人』しかわからないのさ。でも本人は封じられているからその鍵が何か教えられない。そんな寸法だよ」
虹は溜息をつくと、桜花の短剣を前脚でつつきながら答える。
「あんた、術者だけが知ってるとしたら術者を追うだろう? 場合によっちゃ殺しちゃうだろう。だがこの術なら、術者を追っかけることなんて無駄でしかない。助かるだろう? 悪党は。全く警戒しないのもこりゃ当然な話だね」
そんな馬鹿げた術があるとは。桜花は氷柱にすがりつく。じゃあ、ここに来たってどうしようもないではないか。術者を探しても何にもならないではないか。警備隊の職務としてはその兄弟子を追うべきだろうが、そんなことは桜花にとって今は何の価値もなかった。
(私を呼ぶより、もっと強い術者でも呼べば良いのに)
ここまで来て完全に無力さを突きつけられることほどつらいことはなかった。内心、どこかの昔話のように、自分が触れたら術が解けるなどという安易な期待を抱いていたのに。これでは本当に自分の全てが否定されたと同じだった。
「私にわかるように、説明してよ!」
怒鳴って氷を叩く。だがそれも拳をただ痛めるだけに過ぎない。桜花は小さく嗚咽した。
だが、秋葉がおそるおそる、といった感じで桜花の肩をつついた。ぴくり、と顔を上げた桜花の前に飛び降りると、呟くように言う。
「親方はね、封印される直前にはっきり、あんたの名前を呼んだんだ。そしてこの島に、氷の隙を縫ってあんただけがわかる道案内までしてるんだよ。あんたなら答えがわかるんじゃ、とか思ってたんだが」
「私なら、わかる?」
言って桜花はもう一度氷柱を睨む。もしかしたら。その『鍵』は自分と冷牙だけの思い出の何かなのか。いや、そうに違いない。そうでなければここまで必死に自分を呼ぶはずがない。桜花はこれまでの道筋を思い返した。森と目印、探検。海を渡ってきた。海を渡ったといえば、虹。でも虹の名前はさっきから呼んでいるのに溶けないのだから関係ないはずだ。
「私ゃ、全く思い浮かばないけどね」
虹は適当な言葉を凍りに向かって呟き始める。だが秋葉は虹の後足をつついて首をふる。当てずっぽうはもうとっくに山ほど済ましているらしい。
きっと単語ではない。もっと長い台詞か何かだ。でも、そんな特定の台詞なんてわかるだろうか。そんな忘れるはずのない台詞などあっただろうか。
「魔法なんて術者と世界の約束だろうに。こんな適当な約束ってあるもんかい!」
虹が毒つく。桜花は頭を振り、再び記憶探しに戻ろうとした。だがふと、先ほどの虹の言葉が頭に浮かんだ。
約束。冷牙と交わした約束。それなら自分しか知らないものが何かあるかもしれない。自分が約束したのか、それとも冷牙が約束したのか。もう一度、警備隊での会話から思い返す。冷牙との約束。冷牙にした約束。冷牙がしてくれた約束。考えているうちにも体は冷え込んでくる。かき氷状に変わった雪が足首を凍傷で蝕み始めた。
かき氷。
遠くの島はかき氷。幼い冷牙の声が聞こえた気がした。かき氷。一緒に食べたいかき氷。そうだ。かき氷の約束。子供っぽい、馬鹿馬鹿しいような約束。
「かき氷が食べたい!」
桜花が叫んだ途端、冷牙が目を開いた。そして轟音と光の中、氷が破裂した。桜花は遠のく意識の中で、自分の背中を支える腕に懐かしさを感じた。
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