文芸船

憧れは胸の奥

奇妙な宿題

「フェレリア!」

 父王の声にフェレリア姫は慌てて剣を背中に隠した。だがそんなことに気づかないほど父王も甘くはない。

「十七歳にもなって、じゃじゃ馬はないだろうが」

 もちろんこのぐらいの説教に気圧されるほどフェレリアの神経も細くはない。フェレリアは冷静な声音で反駁する。

「たしかに第一王女としては軽率な行動は多い方かもしれませぬ。世の人が私を『跳ねっ返り姫』とも『じゃじゃ馬姫』とも呼んでいることも重々承知しております」

 ならば、と口を開いた父王を無視し、余裕のある声でフェレリアは続けた。

「改める気はさらっさらありませんわ。『じゃじゃ馬姫』なんて呼び名も私が人民に親しんでいる証拠ではありませんか?」

「だがな、大僧正の息子を見てみろ。しっかりと分をわきまえて務めておろうが。予も彼のような男を婿に、と考えておる」

 フェレリアは内心げっ、となる。大僧正の息子はいかにも貴族趣味な、嫌みったらしい奴にしか思えない。だいたい旧王家以来の貴族の家柄はあまり好きになれない。

「あの人、庶民に高飛車だから嫌いなの。私は普通の騎士とか勉強中の魔道師とかでじゅうぶんなの」

「程度というものがあろうが。お前は庶民とは違うのだぞ」

 父王の言葉にフェレリアは皮肉っぽい表情で口を返す。

「なら父上は? 元々は南方の傭兵だったのでしょう。違うわけ? 元魔獣掃討軍司令官ガートン将軍殿!」

 娘の叫んだ古い役職名に、父王は不快な表情を露わにした。父王ガートンは国を救った英雄の一人だ。とは言え、その勲の多くは彼とともに戦った先代の女王ミナ大帝と、その婚約者で魔道師だったテルア導師の二人にある。導師がその戦いで命を落とさなければ、そしてミナの急逝さえ無ければガートンが王位に就いていた可能性は皆無と言って良い。

 言い返せずにいると、フェレリアはさらに言葉を重ねた。

「王だ王だって威張ってるけど、先代のミナ大帝陛下と比べたらどうせ父上なんてただの代用品ではありませんか?」

「フェレリア!」

 遂に父王は怒りの表情に変わる。しかしフェレリアは窓枠に足をかけると鈎つきロープを懐から取り出した。

「残念でしたっ! 父上、市街の見聞に行って来ます!」

 叫んで鈎を窓枠にひっかけ、そのまま窓から身を踊らせる。慌ててガートンが駆け寄ったときは既にフェレリアの姿はない。父王は溜息をついてその場に座り込んだ。

 フェレリアは父王の落胆も構わず、私室に戻ると早々に服を着替えてしまう。フェレリアにとって王女のドレスほど邪魔なものはない。両親ともに何かというと高価な衣裳を仕立てようとするが、それよりは鎧を一着もらう方が数段嬉しい。そんなわけで動きやすい平服に着替え、また窓から飛び出すと庭の中を駆け抜け騎士の詰め所に到着した。

 騎士たちは侍従や父王と違って口うるさくない上、大好きな剣の修練の相手もしてくれるので、何かというとこの詰め所に入り浸っている。

「ちょっとお邪魔します!」

 勝手知ったる他人の家、とばかりに部屋の中に体を滑り込ませた。ドアを後ろ手に閉めると部屋の中に笑い声が広がる。

「またいらっしゃいましたな、姫様」

「だあって父上ったらしつこいんだもの」

 手近な椅子に腰を下ろすと、すぐに若い騎士がグラスにミルクを注いでフェレリアの前に置いた。このグラスも他の騎士たちのものとは違って高価なクリスタルグラス製だ。フェレリアはお気に入りのグラスを内緒でこの詰め所に置いてあるのだ。

「で、姫様。今度はなんですかな?」

 年かさの騎士が尋ねると、フェレリアは早速話し始める。

「例によって品格がどうとかって話ばっかり。その上ね、『剣術遊びも卒業』とか言い出すのよ。もう父上も歳よね」

「しかし父親というものは娘が可愛いものですぞ」

「だったら何で私から剣を奪わなきゃなんないわけ? 私の腕って『剣術遊び』って言われる程度のもの? ねえ、どう思う。正直に言ってよ」

 さらに問いつめようとすると、年かさの騎士が口を開いた。

「姫様の剣が『剣術遊び』なら、ここにいる騎士のほとんどは剣術遊びと言われても仕方ありませぬ」

 今までフェレリアにこてんぱんにされたことのある騎士はうつむいて目を合わせようともしない。その様子を見て取ったフェレリアは自慢そうな表情を浮かべた。しかし老騎士は慢心しかかったフェレリアを手で制して続ける。

「しかし姫様は未だ大規模な実戦経験はおありにならない。それは剣士としては半人前としか言いようがありませぬ」

「それは父上が悪いの。魔獣掃討の軍に加えられたって、絶対に後ろに行かせられちゃうんだもん!」

「それが陛下の御意志なのでしょう。姫様にはやはりしっかりと姫君として育って欲しいという」

 フェレリアは不満をあからさまにして叫んだ。

「そんなの嫌。私、ミナ大帝陛下みたいになるんだから!」

 瞬間、座が静まった。先代の女王で「魔王の牙」とまで言われたミナの天才的な剣の腕には勝る者なく、その戦歴は驚異としか言いようがない。その上、国家存亡の中で旧王家を廃して自らが帝位に就き、周囲の国々との国交を樹立、さらに内戦で疲弊した国内を復興させたという「大帝」の称号さえも霞んでしまうほどの人物。いくら王女とはいえ、それをいきなり目標にするのは今のフェレリアにはちょっと荷が重い。

 一同の表情を見たフェレリアは頰を赤らめて言葉を続けた。

「いや、そりゃまあ、いきなりミナ大帝、っていうのは大きすぎるかもしれないけど、私だってほら、父上の跡継ぐんだし」

 しどろもどろな言い訳に若い騎士が吹き出した。

「あ、こらっ、無礼者!」

 言ってまたフェレリアは赤くなる。それを見た騎士たちがまた数人吹き出した。そのうち笑いは全体に広がり、遂にはフェレリア自身まで声を上げて笑っていた。フェレリアがミナ大帝と並ぶまではしばらくかかりそうだ。


 普段なら城下へのお忍びは幾らでもできるのだが、今日は父王が怒っているはずだから絶対に許可が出るはずがない。だからといって自分の部屋に戻るフェレリアではない。結局は老騎士の制止を振り切り、数人の悪戯好きな若手の騎士に手伝わせてフェレリアはやっと城下への脱出を果たした。

 父王はあまり城下に出たがらないが、フェレリアはしばしば外をお忍びでうろついている。行きつけの喫茶店もあるし、見せ物小屋で笑い転げていることもある。一面、下手な貴族の娘より普通の町娘に近い。まあ、お気に入りの武器屋がある辺りは違った意味で普通の娘と言えないかもしれないが。

 城下に出たフェレリアは真っ直ぐ魔道院を訪ねた。魔道院は魔道師の養成所で、王国における全学問の中枢でもある。ミナ大帝と魔道師テルアが戦った敵の黒幕は旧王家時代の魔道院長だったが、改革が行われた今では国内の高い信頼を得ている。

 フェレリアは薬草園の傍らに建つ小屋の前で立ち止まった。扉に耳を当てると誰かが中で動いている気配がある。フェレリアはにんまり笑ってゆっくりとノックした。はあい、というのんびりとした声が聞こえ、ゆったりとドアが開けられる。小屋の主はフェレリアと同い年の若い魔道師だ。

「デバイ、お久しぶり!」

「あ、また抜け出してきましたね」

 デバイはフェレリアの腰にぶら下がる鈎つきロープに目をやって溜息をついた。フェレリアはちょっとだけ頰を膨らませてみせ、それでもすぐに笑顔に戻ると勝手に部屋の中まで入ってくる。デバイは諦めて部屋のドアを閉めた。

 デバイはフェレリアの元学友でずっと友だち関係が続いている。この辺りはガートン王の優れたところで、平民のデバイとフェレリアが仲良くすることには何の口出しもしない。とは言え、最近のフェレリアがデバイに抱いている淡い気持ちの揺れを知っていたなら流石に話は変わっていたのだろうが。

 フェレリアは慣れた調子で隅に置いてある丸椅子を持ってきて腰を下ろし、だしぬけに問いかけた。

「ねえ、どっか冒険ないかな」

「どうして突然そういう無茶なことを言うんです?」

「だあって父上が私から剣を取り上げようとするんだもん。でも実戦経験がなきゃ半人前だって詰め所で言われちゃってさ」

「そりゃ実践の伴わないものは役に立つかどうか怪しいし」

 言ってデバイはすぐに後悔する。しかしもうフェレリアの悪戯心を止めるなど出来るはずがない。

「ね、デバイ。そう思うんならやっぱ冒険しなきゃ!」

「だから、いきなり冒険というのが飛躍してるんです!」

「飛躍してない!」

「してます」

「してないったら!」

「してるって! 姫様のわからず屋!」

 フェレリアは立ち上がってさらに無茶を言い放った。

「そこまで言うんなら誰にも内緒で旅に出ちゃうんだから!」

 デバイは頭を抱える。頭脳派のデバイにとって、フェレリアの横車ほど困るものはない。だがその辺はフェレリア自身も承知の上で言っているのだからなおさら始末に悪い。

「大変なことになっちゃうぞ。『王女を一人で放り出した』とか言われちゃって、王室警備局にも呼ばれちゃったりして」

「姫様、僕になにか恨みでもあるの?」

「まっさか。大好きだよ」

 フェレリアの返事にまたデバイは頭を抱えた。だが今の言葉だけはフェレリアの声がかすかに震えていたことには気づかなかったようだ。この辺り、フェレリアがいつも焦れる所以だ。

 フェレリアのちょっとした動悸にも気づかず、デバイは顔を上げると大決心の表情で口を開いた。

「じゃ、院長先生に相談してみよっか」

 デバイの提案に、フェレリアは逡巡する。院長は厳格な人物で、あのミナ大帝さえをも叱ったという人だ。王家の威光も効かない上に父親の甘さもない、フェレリアにとっては父王よりも苦手な人物なのだ。

「うまくすれば陛下にとりなしてもらえるかもしれないし」

「でも、逆に叱られちゃうかも」

 フェレリアの消極的な答えに、デバイは声を小さくして囁く。

「それに院長先生って時折いろんな調査とかを指揮なさるんですよ。そういった人員に混ぜて頂けるかもしれない」

「それ、ほんと?」

 いきなり高くなった声に、デバイは苦笑しながらうなずく。フェレリアは黙り込み、少しして念を押すように言う。

「ねえ、院長が怒っちゃったら味方してくれる?」

 デバイは少しだけ考え、諦めたようにうなずいた。それを見たフェレリアはいきなりデバイの手を取って叫ぶ。

「早く院長のとこに行こ。で、旅に混ぜてもらお!」

 デバイがフェレリアの小さな手の感触に頰を赤くしたことに気づきもせず、フェレリアは廊下に飛び出した。


 院長室への廊下は長い。フェレリアがこの廊下を歩くのはまだ二回目だが、この静かすぎる廊下にはどうも慣れられない。平然と進んでいくデバイとは対照的に、フェレリアはうつむきがちに黙ったままあとをついていく。

(やっぱ、よせば良かったかなあ)

 今さら後悔しても遅い。むしろ自分でデバイを引っ張ったほどなのだから今さら止めようとは言い出せない。しばらく歩き続け、遂にデバイは大きな扉の前で止まった。

「院長先生、デバイです」

 お入り、という乾燥した声が中から聞こえる。デバイがゆっくりとドアを開けると、奥には一人の年老いた男性の魔道師が魔道書を前にペンを走らせていた。

「お元気そうですな、フェレリア姫」

「ありがとう、ディアス師」

 フェレリアは不安そうにディアス院長の表情を窺う。だがディアスは静かな顔のままだ。目で合図すると、デバイはちょっとだけ肩をすくめてみせてから冷静な表情で口を開いた。

「以前に申しておりました通りに外で見聞を深めたいと思いまして、先生の助言をいただきに参りました」

 ディアスは小さくうなずくと、突然フェレリアへ向き直った。

「で、あなたが彼の背中を押したわけですな。たとえ苦しいことがあろうとも、城に逃げることは出来ませぬぞ。楽な旅ならば陛下は何も認めはしないでしょう」

 フェレリアは少し考え込み、そしてゆっくりと言う。

「もとより覚悟の上。ディアス師、私を旅に遣わして下さい」

 ディアスは目を閉じ、手を膝の上で組んで黙り込む。フェレリアとデバイは沈黙したままディアスを見つめる。しばらく経ち、ディアスがゆっくりと目を開けた。そして今度はデバイの方に向き直る。

「調査団で働いてもらうつもりでしたが、気が変わりました。ミナ大帝とテルア導師についての一般調査を行いなさい」

「ミナ大帝と、テルア導師の?」

「二人が歴史の表舞台に立つ以前から調べて来なさい。なお、騎士フェレリア姫に同行を依頼します。また調査技術者などの予算はないので、これ以上の人員はありません」

「……って、あの、姫様と二人っきりってことですか?」

「貴方なら間違いは起こさないと信じていますよ」

 ディアスは全く平静な表情で告げる。デバイは溜息とともに宙を見上げた。だがフェレリアは嬉しそうに答える。

「この依頼、我が剣に懸けてデバイ殿を支援いたします」

「先生! 我が国でたった一人の王女なんですよ!」

「もし旅を務められぬのなら、この国を任せるわけにはいかない。私はガートン殿と同様、王家の行く末に責任がある」

 デバイは思い出した。先代の魔道院長を主犯とした動乱に対する民衆の不信の中、崩壊寸前にあった魔道院を改革した功労者こそ、このディアス院長なのだ。大帝の治世を支えた『剣のガートン、杖のディアス』という呼び名は伊達ではない。

「デバイ君、それにフェレリア姫。健闘を期待していますよ」

「はい!」「はい……」

 フェレリアの声だけは大きく響く。ディアスは微笑みを浮かべてうなずくと、すぐに真顔に戻って付け足すように言った。

「ですが姫、あなたにとって最大の課題となる真実が与えられることでしょう。くれぐれも心をよくはたらかせるように」

「それって、あの?」

「では、旅立ちの準備をなさい」

 ディアスは問いに答えず背を向けてしまった。デバイは不満そうなフェレリアを引っ張るとそのまま院長室を退室した。

 座を辞したあともフェレリアはディアスの言葉を反芻していた。最大の課題となる真実。古い物語でありがちな、実はお姫様の父親は、といった話だろうか。だが、それなら旅に出ることなど父王が許可するはずがない。

「ねえ、ディアス様が『最大の課題が与えられる』って言ってたじゃない。あれって何のことだろ」

「それで珍しく深刻な表情をしていたわけですか」

「あ、無礼者! まるで私が何も考えていないみたい!」

「考えている人がお城を抜け出したりするのかなあ」

 フェレリアは言い返せなくなって黙り込んだ。デバイはその表情を覗き、ちょっと柔らかめに言葉を継いだ。

「でも、僕は庶民と高貴な人をきっちり分ける貴族の方々よりは姫様の方がいいんですけど、ね」

「どうせじゃじゃ馬だもん。ただの跳ねっ返りだもん」

 今度はいじけた答えで恨みがましい視線を向ける。デバイは慌てて話を転換した。

「王陛下にはきちんと許可を受けに行かなきゃ駄目ですよ」

「今は会いたくないなあ」

 デバイは溜息をつき、それでも再び口を開いた。

「あのね、いきなりいなくなるわけにいかないでしょう?」

「そこのところはディアス様の責任、ってことで」

 あまりの安易な答えにデバイも黙り込んでむくれてみせる。フェレリアは小さく首をすくめて口を尖らせた。

「とにかく、馬車と調査の準備は僕の方で整えておきますから一旦きちんとお城に戻って下さい」

「う……ん」

 煮えきらない返事にデバイはもう一度念を押した。

「無断でしたらきっと院長先生の方から連絡が入りますから。そのときは置いていきますからそのつもりで」

 じゃじゃ馬がやっとしおらしく頭を下げる。デバイはこの先の長い道のりを思って頭を指先でかいた。

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