下校の途中。私と美羽はミスドでいつものだらだら無駄話を続けていた。ま、ありがちな芸能人のゴシップから先生の悪口、そして美羽のマニアックなぬいぐるみ談義といったとこ。だが、その間も何だか知らないが美羽の携帯にやたらめったらメールが届くのだ。気になった私はその件を訊いた。
「さっきからずーっと気になってんだけど、あんたの携帯にごちゃごちゃ入ってくるメール、それ何なの?」
「あー、メル友。変なサイトとかは使ってないんだけど、Twitterとか2chのオフ会とか知り合い増えてて。まー、でも中にはとってもアブなそーなお兄さんもいてその手のメールは笑える笑える」
「だ・か・らっ! そういう危ない遊びはやるなっつーの!」
私のツッコミに美羽は反省のかけらもなく不満の声を上げた。
「面白いのにー。最近はサイバーテロリストとも仲良く……」
「するなっ! シャレでもそーゆーことをすぐ口走る変態とはお近づきになるんぢゃないっ!」
このバカをまともに相手してると疲れる疲れる疲れる。こんな私のげんなり顔を覗き込み、美羽は思い出したように言った。
「ねえ似亜ちゃん、Webサイトで色々面白いとこあるんだけど、それ覗いてみない? もち学校のパソコンで」
「いや良い。お前の絡む電脳空間、空気感染するコンピュータウイルスとかありそうですごく嫌」
私の容赦ない返事にも美羽はひるむ様子もない。
「だいじょぶ。ほら、うちのクラスにいる荒木くん。彼ってパソコン部でさあ、色々インターネット見て歩いてるんだ」
少し安心。荒木は話の面白い奴で、少なくとも美羽よりは数段まともな人種。パソコン部というのが多少ひっかかるが、パソコン系にありがちなヲタク君系でもない。彼のお父さんは一流企業のSEで、本人も工学部に行くとか言ってる奴だから納得できなくもない。
「ね、明日パソコン部の部室覗いて行こ?」
お気楽その日暮らし的提案をする美羽に、生徒会の雑用で多忙な私はじと目で言った。
「ところで美羽さ、自分の部活はどーしてんだよ。年がら年中ふらふらふらふら怪しいとこに出入りばっかしてさ」
「忘れたのかな。あたしが新聞部員で担当が何だったか」
「んー。ライトタッチのエッセイだっけ?」
「そ。つまりぃ、エッセイ書くためだったらお金はぜーんぶ取材費で落ちるし、どこ行ってても取材ということになるわけ」
「お前、思いっきし職権濫用してるよな」
「いーじゃん。少なくとも取材費の使い込みはしてないし。ま、グレーゾーンはあるけどね」
「お前、逮捕するぞ逮捕。私、これでもいちおー、生徒会の会計なんだぞ。新聞部に監査かけるぞ、こら」
「だいじょーぶ! この間、一緒にパスタ食べに行って、私、似亜ちゃんにおごってあげたじゃん」
いつのまにか共犯にされていたみたい。おそるべし、美羽。だが、美羽は手をぱたぱた振ってさらに言った。
「そんな落ち込まないで。ちゃーんと『高校生でも行けるグルメ特集』っての、記事にするから。似亜ちゃんの分は『店がデート向きか確かめるシチュエーションを作った』ってことにするし」
同性同士で行ってデートのシチュエーションとか好き勝手なこと言いやがって。やっぱこいつ、早めに悪事を吐かせた方がいいかもしんない。そんな私の思惑も構わず、美羽は話を元に戻した。
「でね、あのとき行ったパスタ屋さんも荒木くんがインターネットで検索してくれたんだ。今じゃ荒木くん、私にとってかけがえのない大事な資料庫」
何だか荒木の奴がかわいそうになってくる。お人好しハッカーを食い物にするぬいぐるみ抱いた美少女文士。そんな、すっごい嫌なアニメ絵が頭に浮かんでみたりする。私の危惧をものともせず、美羽は言った。
「ってなわけで、明日の放課後は情報処理室に集合!」
「やあ、いらっしゃい」
情報処理室にて。荒木はソフトな笑顔で私を迎えてくれた。
「いきなりお邪魔してごめんね」
私の言葉に荒木は首を振る。
「いやあ、いつか紺野さんも来るだろうとは思ってたから。これだけ夢川さんが出入りするんだからさ」
「そんなに美羽ったら出入りしてたの?」
「実はさ、十月からの下半期予算申請で部員登録名簿に載せちまおう、って話も出てたぐらい。ってなれば保護者がいつ来てもおかしくはないでしょ?」
「私、保護者になったつもりさらさらないんだけど」
私の冷たい怒りを構わず、横から美羽が口を出した。
「でも、みんな似亜ちゃんのことそうやって言ってくれるよ?」
「お前が納得してるんじゃないっ!」
とりあえず速攻でげしげしやって反省なし小娘を沈めておき、私はあらためて荒木に向き直った。
「で、さあ。何だか面白いWebサイトがあってどーとか、って話なんだけど。美羽のことだから変なテロリストとか、高級ぬいぐるみオークションとかそーゆーのじゃないよね」
「ああ、違う違う。俺にとっても面白いとこ」
また余裕の声な荒木に、私は決定的な台詞を口にした。
「じゃ、Hサイト、ってのもなしにして」
「俺のこと、どういう人間だと思ってる?」
あ、怒った怒った。私としては、男+インターネット+面白いサイトって組み合わせだと、そっち系の印象が強いんだけど。
「夢川さんは別な意味で色々問題ありだけど、紺野さんもちょっと偏見強すぎるよね」
冷たーい声に私、汗じと。だが荒木は気を取り直して言った。
「うちの学校の生徒が作ってるページだよ。中身はクイズ」
クイズと聞いて身構えた私に、荒木が示したのは「生活常識度クイズ」というものだった。
「ちなみに夢川さんは完璧に赤点。コメントは『小学校に戻りましょう』だったわけ」
まーそうだろそうだろ見てりゃわかるわ、んなことは。
「でえ、似亜ちゃんにリベンジやって欲しいわけ!」
いつのまにか復活した美羽が横にすり寄ってきて言った。私は鼻を鳴らして答える。
「まっかせなさいっ!」
これが、騒動の始まりだとも知らずに。
「何なんだっ! この設問集はっ! ど・こ・がっ! 常識だっ! これ全部を常識っつー奴が非常識だっ!」
キーボードを叩きつけようとする私を、荒木が必死で止める。
「落ちつけっ! たかがクイズで落ちつけ!」
「落ちつけるかあっ! 美羽はテディベアのマニアックな問題解いてたから点数取れててっ! なのに私はっ!」
「いや、あのね紺野さん、遊びだよ遊びお遊び」
「この私を『幼稚園児』呼ばわりした作者は許せん!」
「……今日の似亜ちゃん、すっごくノリが違う」
言われてなおさら私は視線を凍らせた。
「この腐れサイトの作者、ただで済ましておくものかあぁ」
「ただで済ましておいてくれ、お願いだから」
荒木の懇願も虚しく、私はにんまり笑顔を浮かべて言った。
「ヤダ。作者は誰だい? 教えなさい」
「いや……それはわからない仕組みになってるから」
「だったら別に良いや。美羽、協力しないなんて言わないよね」
美羽はこくこくうなずき、そして言った。
「このページ作ったの、クイズ部の部長さんだよ。ほら、テレビのクイズ番組で一回戦負けした人」
「あー、あの雑学バカかい。よーし、わかったわかったわかったよん。あとは仕掛けではめて、うくくくくくくくくく」
「……何をするつもりだ?」
「題して『生徒会を舐めんじゃねえ権力者は怖いぞ大作戦』!」
ゆらり、と立ち上がった私の後ろ姿を、荒木はいつまでも怯えた視線で見つめていた。
「しっかしクイズ部もバカだよねー、大バクチやって結局、部費は全額没収だってさ」
「でも生徒会もえげつねーよな、『勝ったら部費を増額、決勝で間違ったら全額没収』なんてクイズ大会やってさ、最後の出題が『ぬいぐるみカルトクイズ』だぜ? あそこ男子部員だけなのに」
「結局それをネタにして新聞部が部数増? かんっぺきに会計の紺野とあの変人美女の夢川が仕掛けた見え見えの罠だろーが」
「って言うか、ふつー、先生も許可するか?」
「普段は真面目で夢川の保護者な紺野の提案だからな」
あちらこちらで交わされる会話。まー、今考えるとちょっと大人げない気もするんだけど。やっちまったことはしょうがない。あとは事務処理事務処理。でも、おかげでここんとこネット系の物自体が嫌でたまらなくて、美羽には「eメールの代わりにほんとのお手紙で」なんぞと頼んでいたりする。……っと。美羽が横で何やらスマホをいじって頰を膨らましてたりしている。
「ねえ美羽。さっきからあんた何を見てんの?」
「ん? うちの生徒が作ったっていうページをね、荒木くんから教えてもらったの。占い同好会のなんだけど、色々と面白くて。あ、そうだ! 似亜ちゃんも……」
「だ・か・らっ! もーおもしろサイトはたくさんだっ!」
ネット恐怖症になった私はそそくさと画面から顔を背け、雑談話を便箋にまとめる作業にかじりついた。
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