文芸船

震えた刻

 地震の揺れが収まり上司が慌てた調子でテレビのスイッチを入れると、非常識とすら思える範囲の大津波警報の地図と東北沿海の災害映像が映しだされた。しばらくすると震度が小さいはずの東京から実況中継が流れ、街中に呆れるほどの帰宅難民となった人々の姿が次々と映し出されていく。

「今夜、警報解除まで待機命令」

 上司の指名が降りる。私は素直にうなずいて自分の席に身を沈める。時計を眺め、とりあえず明日以降にやろうと思っていた仕事を眺める。だが背中に聞こえるテレビの情報に気が散ってしまい、普段の日中なら軽くこなせるはずの単純作業も滞ってしまう。テレビに次々と映る惨状と収束どころか拡大し続ける情報に、眠さ以上に気分が滅入ってくる。仮眠を取っても耳に入るニュースとの間で夢と現実が入り混じり体感時間が引き延ばされ、もう待機を始めてから何日も経ったように錯覚しそうになる。

 机に向かって座ったままぼんやりと手先の爪を眺めた。親指の端で小さくひび割れた爪が妙に気になってくる。机からカッターを取り出して割れた爪を削り落としながら、カッターの刃先に妙な不安を感じ、慌ててカッターを机の中に戻して仮眠に戻った。

 仮眠で体の節々が痛くなった頃、窓のブラインドの隙間から光が漏れ入ってきた。ブラインドに手をかけて窓の外を眺める。寝不足には空がやけに眩しく感じる。その眩しさの中、普段の朝と変わらない街並みに安堵して窓を開けようとしたとき、待機の交代要員が到着した。


 待機が終了して自宅に寝転んだところで携帯が鳴った。それは懐かしい番号だった。大学院修了以来、ずっと続いていた彼の年賀状が途絶えたのは今年が初めてだった。境遇も住む土地も遠く離れた彼とはもう、気持ちの距離も遠くなったのだろうと思っていた。誤解を恐れずに言えば、私にとって良い機会だったかもしれない。彼の安否よりも、久々に連絡のあったことの方が嬉しかったように思う。

 私と彼は大学時代、小さな学内雑誌を制作するサークルに所属していた。ここ十年ほどでパソコンや印刷業界が様変わりしたおかげで、学生制作の雑誌は市販雑誌に近い品質になっているようだが、私の学生時代は小さな同人誌に近く、街歩きなどの特集記事を合同で制作した上でメンバーが小説やエッセイ、詩などを掲載するという内容だった。

 部長は酒の飲み方といい他のサークルと揉めたときの働きといい平和の似合わない文化系で戦う詩人という空気の人だったが、電話をくれた彼は当時イラストを中心に活動しており、バンカラだった私や部長と違って穏やかな声と考え方をした楽しい男だった。

 大丈夫か、という彼の少し不安げな声に、少し冴えないフリーター風だった彼の痩せた背中が思い浮かぶ。今でもまだ頭の後ろに尻尾のような髪を縛っているのだろうか。

 私は嬉しい声を発しようとしたが、夜通しの待機のせいか全くの寝惚けた声しか返せなかった。それでも彼は明るく笑い、何人かの安否を知らせてくれた。そして言葉を切り、ゆっくりと連絡がつかない友人の名前を挙げた。二人とも東北に住んでいるはずだ。

 彼は心配だから状況を知りたいという。私は眠気を無理に覚ましながら頭を働かせる。たぶん私のことも同じく心配してくれたのだろう。私の古い友人に、これほど仲間を心配してくれる人間がいたことは不思議な思いがした。連絡を取れない一人は部長だが、あの人ならそう他人の心配より自分の生存確保に全力を尽くすだろう。そう思うと、あの部長なら絶対に大丈夫だと思えてきた。

「部長が死ぬはずがない。みんなに悲しまれて死ぬような人間じゃないから心配するな」

 私の無茶苦茶な言い分に彼は一瞬、電話口で言葉を飲み込んだ。だがすぐに破裂するような笑い声が電話口で響いた。

「こんな最中に笑わせるなよ」

 文句を言いながら彼はまた笑う。そうだ、安心して良いはずだよと彼は笑う。私も彼の笑い声で逆に励まされた気持ちになる。ひとしきり二人で笑ったあと、彼は真面目な声で言った。

「じゃあ編集長はどうなんだ」

 私は言葉に詰まる。パソコンと音楽が得意だった編集長は私や部長と違ってかなり常識的な男だったからだ。先ほどのような目先を逸らしたような話は出来ない。

 私は電話をつないだままテレビを点けてぼんやりと画面を眺めた。夜中に観た惨状が再び画面に映る。体がかすかに震えてしまう。私は画面に流れるテロップを意味無く声に出して読み上げていった。

「山奥だからマスコミには出にくいよ」

 再び彼が電話口でぽつりと言う。そういえば編集長は役場に勤めたはずだ。すると彼は編集長が就職した町役場の名前を挙げた。私はパソコンを立ち上げてネットに接続すると地図サービスで編集長の町を検索する。町域が表示される。町役場はかなり内陸で震災の巨大な震度は表示されていない。だが町域は海岸にまで達しているようだ。

 私は見たままを彼に伝える。私の言葉に彼は一喜一憂する。不安なときは冷めろ、仲間の問題に無駄な感情移入をするなと私は自分に言い聞かせる。部長と一緒に厄介事を片付けていた頃を思い出し、次第に私の頭が冷め冴えていく。不謹慎にも脳の一部が久々の情報整理に喜んでいる。畳の上で死ねるようなまともな人間じゃないだろう、と私を評して笑った部長の嫌味が懐かしく思えた。

 冷めた喧嘩は私と部長の仕事。優しい絵と穏やかな笑いを作るのは彼と編集長の仕事。今の形がやはり私たちの仲にしっくりくる。

 一つ、役場は山奥。一つ、彼の実家もかなりの山奥。そして役場職員なら今は多忙。それなら忙しくて電話にも出られないかもしれない。否、遠く離れた北海道住まいの私ですら待機したのだから地元の役場なら当然だ。他の要素は。海側の支所などに赴任しているかもしれない。いや、旧弊の残った田舎だと言っていたから地元に残すはず。やはり津波のある海沿いにいる理由が無い。

 私の推測を離すとようやく彼が笑った。私も冷めていた脳が緩んで急に安心し、再び眠気に襲われた。正直に話すと、彼はあっさりとまた電話すると言って電話を切った。

 私は携帯電話を握ったまま、震災前よりもはるかに穏やかな眠りに就いた。

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