文芸船

古戦場巡礼

 檜山は北海道で唯一の日本だと思う。

 こんな言い方とすれば、当然道産子のほとんどは首を傾げるだろう。だが江差町から厚沢部町、北斗市を抜けて函館市内に至る内陸側の道道を走っているうちに、僕の中でそんなふとした思いつきが確信になりつつあった。

 函館市は日本が長崎の出島以外で初めて外国に開港した港町の一つで、現在でも明治初期の西欧建築物や文化が数多く残っている。箱館戦争で著名な五稜郭も西洋式要塞だ。それに対して、かつて鰊漁で栄華を誇り、江戸時代に「江差の春は江戸にもない」と謳われた檜山は数多くの古い史跡や神社を擁した地で純日本的なのだ。

 だいたい檜山はちょっとした集落毎にほぼ必ず神社が建っている。これは本州ではごく普通の話なのだが、北海道でそのような地域は他にはほとんど見られないだろう。他の地域は新しい開拓民の集団で古い因習から自由であったせいなのか、開拓のつらさを神に祈っても無駄だったのか、それとも祈る余裕すらなかったのか。道東辺りは原野や原生林も多く、日本の神々の力が届かないのかもしれないと無宗教に近い僕ですら思ってしまう。実際、先日まで住んでいた道東の夏祭りでは神社にお参りをせず夜店を巡っただけで帰る人があまりに多く、面食らった覚えがある。

 この道道に至るまでの間にも神社がずいぶんと目についたのだが、それに加えて古戦場を示す看板が幾つも立っているのだ。この道路は明治元年、土方歳三が政府軍と激戦を繰り広げた二股口の戦いの場だ。それは近代国家明治の時代と江戸幕府の時代の最終戦争の一つの場だ。それはつまり、古来の日本と西欧化する日本の文化対決の場でもある。住んでいる人は日常から意識しているわけでもないのだろうが、この貫通した道路を境界に日本的な檜山と西欧的な函館が隣り合っていることは不思議なものだと思う。こんな比較を思いついたのは、僕が道東から転勤したばかりで檜山の風景がもの珍しいせいだろう。そのうえ道東に住むより以前には函館に住んでいたからかもしれない。

 今日のドライブがてらの買い物にしても、懐かしさが先行して来たぐらいなのだから。


 北斗市への道路案内を見たとき、わかっていたはずなのに僕は戸惑ってしまった。僕が函館を出た頃はまだ市町村合併が始まった頃で、北斗市という名前はなかったからだ。目印にしていたコンビニや温泉の看板はほとんど変化がないというのに、道路案内だけが変わっているのは、何か多元宇宙論の平行世界に迷い込んでしまったような気持ちになる。

 戸惑いのせいか、パトカーに後続しているときのように制限速度ぴったりの慎重な運転になっていた。ちょっと雑貨を買い物に来たつもりがどうも妙な感じになったと思う。大型店の並ぶ中心地に近づくにつれ、道路が次第に込み始める。見慣れない店舗とぼんやりと記憶に残る店舗が入り混じり、しっかりと記憶にある独特の乱暴な運転が周囲にいる。つい最近まで、道路を渡る生き物が人間よりも鹿や狐の多いような場所ばかり走っていたぶん、昔より慎重に街並みの中を進んでいく。こうして函館の運転に慣れ始めた頃、記憶にあるスーパーの看板が掛け変わっているのを目にした。そういえば僕が街を出てから買収されたはずだ。ちょうど喉が渇いていたので、僕はそのスーパーの駐車場に車を止めた。

 店内に入ると、かつては高級感の演出とかいう話で緑を基調にしていた店内が赤を基調としたものに変わっていた。とりあえず売り場に入ってみると、何となく並んでいる商品も変わったような気もする。忙しそうに商品を並べるパートの人たちに覚えた顔はないだろうか。まあ、元々パートの人の顔なんてただの客の僕がきちんと覚えているはずがないし、向こうも数多く来る客の一人なのだから覚えているはずがないとは思うけれど。そういえばあの頃の取引先の営業はどうしているだろう。函館駅の向こうにあった小口の顧客は何という名前の会社だっただろう。

 働いていた頃のことが断片的に思い出されていく。だが人物や会社の名前がかなり曖昧になっていて、よく会っていた人の顔もレースカーテンの向こうを見るように曖昧だ。仕事の手順や商材はわりと覚えているというのに、人間だけが薄れている。警察犬が犯人を追跡するときに、街並みが変わらなくても匂いだけは薄れていく、そんな曖昧な感覚。

 ふと、かつて函館で過ごした時間が夢だったのではないかと思い返す。かなり目覚めの悪い夢。今はあの頃より仕事も合うし、本社と対立することはあってもある程度は僕の意見を取り入れられる自信もついた。今は良くない夢を振り払う凱旋の時間かもしれない。

 そう思いかけ、だがその中で忘れたくないこともあると思い直した。仕事以外にすごく大切にしていた時間があった。趣味も現実から逃避するよりは、もっと中身を捩じ込んでいくような力もあったと思う。それに。

 好きな人がいた。将来のことはあまり話さなかったけれど。僕自身の仕事すら将来が見えなかったのだから。今、仕事は安定しているけれど、個人的な時間がどこか空虚で。仕事についてもそんなに理想主義だけ掲げるほど新人じゃないし、だからと言って給料を第一に考えられるような性格じゃない。でも、何のために衝突を繰り返してまで働くのかと真顔で訊かれたとしても、きちんと答えられるほどの何かがあるかは僕もわからない。大切なものが見えなくなった今、なぜまたこの街に戻ってしまったのだろう。

 今は喉が渇いているのだった。僕は考えを中断してペットボトル入りのミネラルウォーターを一本と、あの頃なら値段を確認しては躊躇して買えずにいたハーブティーのティーバッグを、値札も見ずに一袋持ってレジに並んだ。レジのパートさんが道南訛りの言葉で思ったより高い値段を告げる。でも僕は札を財布から出して釣りを受け取る。

 車に戻るとペットボトルを開けて数口飲んだ。冷たい水が喉に心地よい。そういえば水を買うなんてお金の無駄としか思えなかったのに、いつから平気でミネラルウォーターを買うようになったのだろう。いや、そもそも日本でいつからペットボトルで水なんか売り始めたのだろう。きっと日本で初めて売った人は馬鹿だと言われたに違いないのに。

 僕たちは確実に変わっていく。それが良い形かどうかは別として。


 帰路は敢えて往路とは別のルートを通ることにした。朝は内陸側の道路を通ったから、今度は沿岸を走る経路を選んだ。普段から僕はドライブコースに海の見える経路が好きだからそんなに不自然な道路でもない。久しぶりに走る道路に緩やかな懐かしさを感じられたのは、ほんの短い間だった。トラピスト修道院へ向かう脇道を通ったとき、僕は再び、小さな違和感を受けたのだ。有名な観光スポットには似つかわしくない、貧相とすら言えるほどの小さな案内看板。それが僕に別な思い出をつつきだそうとする。僕は手元のペットボトルの水を一口飲む。

 そのまま、とくに何もなかったように再び檜山へと車を走らせる。この道路は函館にいた当時、ほとんど走ったことはないはずなのだけれど。当時はあまりドライブが好きではなかったし、何せ土日にもよく顧客からの電話が来るものだから遠出する気分にはなれなかったのだし、それに、あの人は。彼女は遠出が苦手な子だったから。僕は苦笑してしまう。方向音痴の僕には、この道路が彼女と遠乗りした道筋につながっているなんてことに今まで全く気付かなかったのだ。それも、最初で最後の遠乗りだったのに。

 ちょうどコンビニエンスストアを発見したので、そのまま駐車場に入る。運転席の背を最大に倒して寝転がる。自分でもわからない気持ち。もちろん、当時のように痛むほど苦しくはない。とはいえやはり心地よい懐かしさではなく、だからといって後悔するような気分でもなく。久しぶりに物置を整理したら、いい加減に保管しているつもりだった物が見当たらないような、諦めと悔しさが混じったような気分。

 だから保管するのは嫌いなのだ。しっかり捨ててしまわないと、どこかにあると思いこんでいたものが変質していたときの、勝手に美化した自分の歪曲した記憶と一致しなかったときの喪失感が嫌なのだ。僕は年に数回は部屋の真ん中でごみ箱を抱えてうずくまってしまう。何とか捨てられるものはないのかと。記憶の整理が無理なら、せめて記憶のしみついた物理的な物を僕の周囲から排除してしまいたい。

 そんな僕だからこそ記憶の鍵になる道筋であることを見落として呑気に走ってしまったのかもしれない。少し落ち着いた僕は車を降りた。コンビニで空のペットボトルを捨て、代わりにブラックの缶コーヒーを買った。冷えた缶を瞼に当て、疲れた目と過熱した頭を冷やしてやる。コーヒーの味を思い浮かべ、そういえば最近紅茶を飲んでいないなと思い返す。

 それは当然だ。色々な紅茶を楽しめるような喫茶店のある街なんて、最低でも函館ぐらいの人口がないとやっていけるはずがない。つい先日まで住んでいたような、田舎の小さな市ではあまりに無理な話だ。

 そう。昔は紅茶が好きだったのだ。お酒も適当な焼酎の水割りよりカクテルだったはずだ。今ここにいる僕は、函館にいた頃の僕ではない。今思いついた幾つかの違いは大人になったのか、それとも堕落したのかよくわからないけれど。とにかく当時の僕ではない。そしてたぶんその僕は、ますます彼女の好まない僕であることが容易に想像できた。仕事は出来るようになっただろうけれど、あまり仕事や世の中の動きに興味のなかった彼女には、今の僕はそんなに評価してもらえないような気がした。世間一般に沢山いるその他大勢の中の一人。再会したところで、彼女の目にはそんな程度にしか映らないだろう。

 瞼から缶を外すと、リングプルに爪をかける。開けた途端に中身を一息に空けてしまう。正式に淹れたコーヒーなら当然あるはずの苦味以外の味が極端に薄いブラックコーヒー。でも、何か気持ちが現実に返ってくる。

 缶をゴミ箱に放り込み、再びコンビニに戻ると今度は適当に目についた緑茶を買った。緑茶には小さなパンダのぬいぐるみを付けた携帯ストラップが付録についていた。こういうの、好きな子だったよな。痛みが鈍り、何だか再び呑気な気分が戻ってきた。道東にいたときだってごくたまには懐かしく思った気分。いや、もっと素直な過ぎ去った何か。美化するわけじゃないけれど。子供の頃の怪我の跡を人に言うときみたいなぬるくて、でもかすかに痛みを思い出してしまう気分。

 今でも彼女を嫌いになったりはしない。恨んだりは出来ない。たぶん、それほどまで彼女のことが好きだったから。そしてそれほど好きになるまでの種を植えられたから。

 函館は僕個人にとっての古戦場だけれど、だからと言って忌み嫌う場所になったわけではない。古戦場があって僕の時間は裂かれているけれど、過去の僕と今の僕は決してつながりを絶っているわけではない。檜山に残るような古来の日本と、函館に残る西欧的な日本が全くの無縁のものではないように。

 対向車線の向こうに広がる海原に目を向けた。青ざめるほどに透明な波の色はやはり懐かしい。僕は胸いっぱいに日本海の潮風を吸いこむと、リクライニングを起こして再び檜山へと走り始めた。

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