文芸船

ループの向こう(前編)

「ほんと、おつかれ、って感じぃ」

 若い口調のくせに女の頰は粉が舞いそうな化粧で、どう見ても吉原よりも女の方がはるかに年上に見えた。まして濃厚なグロスの唇に清冽さを求めようなどとは思えるわけもない。今日は吉原にとって本当に最悪の日だった。彼が開発したパソコン用のソフトウェアが暴走したせいで、予定が全く進まなかったのだ。そんなわけで、普段なら一人で来るはずもないスナックに来てしまったわけだ。

「お客さーん、水割り嫌いぃー? ねえ、エリカねえ、ビール飲みたいんだぁ」

 吉原はうなずきながら、ほんの二十分前に聞いた彼女の名前をつい今まで忘れていたことに気づいて苦笑してしまう。エリカがビールを取りに行った隙に、テーブルに載ったマッチを手に取った。白地に淡い水色で「レストハウス」と書いてあるのを確認して、一応店の名前までは覚えていたと微かに安堵する。

「お客さんみたいなぁ、若い人が来るとぉ、エリカ嬉しいのぉ。ね、カラオケどぉ?」

 なぜこの女は毎回語尾を伸ばすのだろう。些細なことまで癇に障る。返事もせずに黙っていると、エリカはテーブルに載せていたピンクのシガレットケースを手にした。細身の煙草をくわえ、ライターを弾く。一呼吸してエリカの唇から煙が漏れ流れる。気だるい沈黙が二人の肩を包んだ。

 と、エリカの肩を店のママがつついた。指名があったらしい。エリカはまだ長い煙草を折る勢いで揉み消し、奥の席に向かった。ママは申し訳なさそうな顔で頭を下げ、奥に戻る。カウンターに立っていた細身の女が一人、入れ違いにこちらへ向かってきた。

 彼女は挨拶をしながら名刺を差し出した。右肩に店名が細字の斜体で書かれており、真ん中にただ二文字、大きく「裕香」と印刷されていた。そういえばエリカから受け取った名刺は、どこにやったのだったか。裕香は首を傾げたまま、吉原の言葉を待っている。吉原は受け取った名刺を内ポケットに入れ、投げ遣りにロックを頼んだ。

 裕香がウィスキーを注ぐのを眺めながら、吉原はウィスキーをカラメルで着色する業者の噂を思い出した。目の前にあるこれが着色したものかどうかはわからないが、たしかに琥珀色というよりは焦げ茶色に近い。裕香の顔を見ながら、化粧も着色料も化けてしまうという点では同じかもしれないと思う。

 グラスを受け取り、口をつけて軽くうなずいた。だいたいスナックだとウィスキーどころかブランデーまで烏龍茶で割ってしまったりするのだから酒の味にはこだわらないことにしている。大して美味いとも思わないが、なんとなく気取った仕草をしてしまう。

 また裕香は黙り、吉原を凝視した。話すのが苦手なのだろうか。とりあえず話を振るために好きな酒を訊くと、甘い方が好みだと答える。試しに飲むか尋ねると、裕香は途端に華やかな表情に変わり、真紅のカシスソーダを持ってきた。

 軽くこつん、とグラスをぶつける。と、吉原は裕香の手首に目が向かった。薄い色の蚯蚓腫れが目に障る。裕香は吉原の視線に気づき、慌てて手を膝に置いた。

「ちょっとドジな方だから」

 自分の頭を右手の拳で軽くこづいて小さく舌を出してみせる。裕香は首を傾げ、小さく吹きだした。

「今、何を考えていらっしゃるのかなあ、なんて思っちゃって」

 子供じみた口調の入り混じった半端な敬語は、なおさら裕香を幼く見せるようだ。続いて裕香は、仕事は何をしているのか聞いてくる。途端、次長の顔が頭に浮かび、吉原は顔をしかめた。裕香は小さく肩を竦めて氷を搔き回す。氷同士のぶつかる音が耳に大きく響く。若い娘なのにママがわざわざごめんなさいと言った理由がわかる気がする。

 吉原は沈黙を力ずくで破るように、システム担当みたいなもの、と答える。言ってから、設備不足のせいで簡易なものに過ぎない、と言い足した。

「プログラムとかも書けるんですかぁ?」

 問いに吉原は口ごもった。大学で吉原が専攻していたのは化学で、コンピュータの知識は全て独学で身に着けた我流だ。本職なら首を捻るような酷く乱暴なやり方も少なくない。

PICとか、Do While Loopでしたっけ?」

 懐かしげに呟いた裕香に、吉原は目をむいた。すると裕香は自慢げに言う。

「私、商業の情報処理に行ってたんです。高三から不登校で辞めちゃったけど」

 吉原はほっと溜息をつく。プログラミングの用語をこんな場所で聞くと、どこか後ろめたいような気分になる。だがそのぶん、奇妙な連帯感も感じた。裕香は小さく笑い、拳一つ分だけ吉原のそばに身を寄せた。

 隣の席が急に騒々しくなった。客が携帯電話用のWebサイトにある下ネタ映像をさっきのエリカに見せて騒いでいるようだ。裕香は肩をすくめ、続けて何か、インターネットの掲示板について言ったようだった。だが、裕香の言葉が急に遠く聞こえた。ボトルはもう半分を切っている。吉原は頭を振って裕香を見つめた。

 裕香はボトルに軽く手を添える。吉原はグラスを手にして、気だるさに再びグラスを置くと、吉原は帰り道の記憶も曖昧なまま家路に着いた。


『ココロの休憩所です by 暮葉』

 昨夜に裕香と話したせいか、吉原はiモードのWebサイトを眺めていた。気分次第でボタンを押しているうちにこのサイトに流れ着いてしまったのだ。

 「入り口」のボタンをクリックすると、羽の生えた卵のイラストが現れた。下には『暮葉』『ココロ談話』『メール箱』という三つのボタンが縦に並んでいる。

 『暮葉』をクリックすると、自己紹介が出てきた。十七歳の女の子で、半年引きこもりをしているようだ。好きな歌手やお気に入りの化粧品の銘柄も書き並べている。だが一つ、わからないくだりがあった。

「リスカ、アムカはしょっちゅうです」

 吉原の語彙にはない言葉だった。だが詳しい説明は何も書かれていない。それでも妙にひっかかる単語だった。とりあえず吉原は『ココロ談話』に移ってみた。ここはWebサイト閲覧者と暮葉との交流の掲示板だ。下には様々な書き込みが並んでいる。面倒見が良い人たちなのだろうか。愚痴にも一つ一つ返事を返している。ページを下げて前の書き込みに遡った。

ひとみ
またリスカしちゃった。今日はだいぶやりすぎ。ちょいヤバ
暮葉
ひとみさん、気楽に行こうよ

 またリスカだ。背中がちりっとする。それでも吉原は続けて画面をスクロールさせる。

暮葉
今日はかなり欝。リスカ三回。カッターの切れが悪くなった
ミヤ
私、うまく切れなくて跡ばっかつくみたい。上手なリスカ教えて
暮葉
カッターの刃を立てて、一気にひくの。そうすれば、どばっ、ていきます

 吉原は思わず携帯から目を逸らした。リストカット。手首を切る、テレビでよくある自殺方法だ。改めてページを斜め読みする。リスカという言葉が何気ない場所に平然と混じっていた。ここでは、リストカットは単なる日常の風景に過ぎないのだ。吉原は慌てるように携帯の電源ボタンを押した。見慣れた待ち受け画面に戻る。

 眩暈がした。吉原は携帯を放り出すと冷めたコーヒーを呷る。立ち入り禁止の部屋を覗き見した気分だった。時計は二十三時を指していた。テレビのリモコンを手に取り、だが再びテーブルに戻す。布団に目を向ける。明日は早い。寝た方が良いのかもしれない。

 今日は眠ろうと思う。


「いらっしゃいませ!」

 裕香の明るい声に吉原は微笑んだ。二週間後、再びレストハウスに来たのだ。飲むといえば今までは酒だけが目当てだったのだが、今日は裕香の声が聞きたかった。裕香は当然の顔で吉原の横に座る。吉原は軽く腰を浮かして席を奥に詰めた。と、裕香の頰が軽く引きつるように動いた。

「私で、よろしかったですか?」

 これが裕香の営業スタイルなのか、それとも本気で弱気なのか。だが、どちらにしろ吉原の答えは一つだ。吉原が指で丸を作って見せると裕香は軽く吹き出し、吉原がどうしても年齢不詳に見えると答えた。吉原は自分の服を見回した。顎をさすり髭の伸び具合を確認する。裕香は打ち消すように手を振り、考えながら言葉を続けた。

「ただ見た目ってわけじゃなくって、なんかすっごい落ち着いてるから」

 裕香はグラスのウィスキーを混ぜた。氷に乱反射した店の照明がテーブルに複雑な模様を踊らせる。吉原はグラスを揺らしてゆっくりと氷を回した。

「そういうとこが、落ち着いてます」

 言われると何だか気恥ずかしい。吉原は照れ隠しにウィスキーを一息に呷った。だが、裕香は頰を膨らませた。吉原は肩をすくめてグラスを置く。裕香は先ほどより少し薄めに水割りを作った。

「私ってホステス、合わないかな」

 ぽつっ、と言って頭を搔く。左手首を指でさすり、またすぐに顔をあげた。

「携帯サイトとか、見ることあります?」

 吉原は携帯を手の上に転がして見せた。裕香も自分の携帯を見せながら、掲示板への書き込みが好きなのだと言う。しかし、その掲示板の名前を尋ねると裕香は黙ってウィスキーをグラスに注いだ。何となく混ぜる手が乱暴な気がする。裕香は自分のカシスソーダを顔の高さに掲げた。吉原もグラスを持ち上げ、だが、続きを訊く。

「なんか話が半端なんだけど」

 裕香が目を潤ませ、軽く唇を尖らせた。吉原は口を閉じて裕香のグラスにぶつける。裕香は一息にグラスの半分を空けてしまった。そして、口の端にカシスの泡を赤く残したまま、グラスの端に軽く接吻した。

「掲示板って、普段と関係ないとこでわいわいやれるから楽しい、って思うの。だから知ってる人には内緒です」

 言って、彼女は左手首に指を当てた。


 西村からのメールが吉原に届いたのは、を回った頃だった。

「学会の発表でそっちに行く。飲むぞ」

 端的な、だが有無を言わせない相変わらずの調子に吉原は苦笑した。吉原と同期の西村は現在、博士を目指して研究を続けている。西村は微生物学、吉原は化学と互いに専攻は違えど、何かと一緒につるんでいた仲だ。

「『糸巻き』相変わらずやってんのかな」

 艶のある黒い実験机で、半透明のゼリー状の紐をビーカーから慎重に巻き取っている西村の姿が目に浮かんだ。「糸巻き」とは、微生物から抽出したDNAを溶液から搔き集める作業のことで、西村たち微生物専攻の連中が俗に言っていた言い方だ。

 積もる話も、と思ったとき、椅子に掛けたネクタイに目がいった。白衣を着なくなって何ヶ月経っただろうか。それどころか箪笥から出すことも滅多ににないことに気づく。

 吉原は大学院の二年生で学会発表を経験した。十三分経過で必ず鳴るベルの音に頭が白くなりそうだった。普段なら焼酎片手でも説明できるグラフすら、何か大きな間違いを犯しているような不安に駆られた。学会発表なんてもう沢山だと思った。だが、今はあの舞台が懐かしかった。プレゼンの画面とポインタの赤いレーザー光だけが光るあの暗い舞台。本気でもう沢山、だったのだろうか。あの舞台と薬品臭の実験室こそが、自分の居場所ではなかったか。椅子にかかったネクタイがずれ落ちた。吉原は慌てるように携帯のiモードボタンを押し、暮葉のWebサイトを選んだ。前回と同じページが表示される。

 「ココロ談話」のボタンを押した。中身は相変わらず暮葉と誰かの会話がそのほとんどを占めている。ページ内を移動していき、一番下まで下りると「書く」と書かれたボタンが隅にあった。

 ボタンを押した。画面に書き込みの窓が開く。名前、メールアドレス、題名、本文を書き込むようになっている。名前の欄に「トレハ」と書いた。大学時代に吉原が使っていた糖類の商品名だ。次いでアドレスの欄をクリックし、指を止めた。アドレスの欄を空欄にしたまま、題名に「はじめまして」と打ち込んで本文に移る。

『初めて書きます。週末に旧友と会うので、何となく書き込みをしてみました』

 送信ボタンを押す。三秒ほど「送信中」の表示が浮かび、次いで「書き込まれました」というメッセージに変わった。画面の下には書き込み確認のボタンが表示されている。確認のボタンを押すと、最初の掲示板閲覧画面になる。その先頭に「トレハ」からの言葉が表示されていた。ずいぶんと要領のえない書き込みだな、と思う。自分の書き込みなのに、他人の台詞にしか見えなかった。吉原は携帯の電源を切った。


 西村は店内を見回すと、顔をひそめて財布を軽く振る素振りをした。ここは吉原が連れてきたショットバーだ。店内は黒で統一されており、バーテンダーも全員蝶ネクタイに黒のベスト姿だ。イギリス産を中心としたウィスキーボトルが並び、カラオケは隅に追いやられている。

 吉原は鼻で笑うと、メニューの縁に載っている「ノーチャージ、一杯オール六百円」の文言を指差す。西村は口を尖らし、親指を立てて見せた。

 水割りを二杯頼む。店員が去ると、西村は椅子に深く体を沈めて話し始めた。

「学会発表は慣れたし、とりあえず今年中に一本は投稿するつもりなんだ」

 西村の不敵な笑いは以前と何も変わってはいない。彼が相変わらず研究で突っ走っている様子は嬉しかった。それでも吉原が浮かべた笑顔は片頰だけが限界だった。だが西村は上調子の声で話を続けた。

「新しいテーマも見つかったぞ。猛毒も産生する菌なんだよ。最近、こいつを培養してる軍隊があるって話も聞いたもんだからさ、やってみようかと思ってな」

 これだから黴菌屋は、と吉原はわざとらしく溜息をついてみせる。すると西村は皮肉っぽい顔で言い返した。

「お前ら化学屋だってDDTやらPCBやら何だか面白えもん作ってるだろうが」

「俺は科学から足を洗ったよ。今じゃ生き物一つ殺さねえ聖人様だよ」

 言い返しつつ、吉原は笑えない自分に狼狽する。西村は一瞬険しく眉をひそめ不安げな表情に変わった。吉原は慌てて、俺も研究から離れてるからな、と弁解する。西村の表情が何かを確信した。

「お前、今、きついんだろ」

 吉原は反駁しかけ、ウィスキーを言葉とともに飲み込んで肩を揺らした。西村の鞄からはみ出た論文誌に目がいく。頻繁に飲むのは、収入が増えたせいなのだろうか。科学の話になると饒舌になってしまうのは、知識があるからだけなのだろうか。吉原は水割りを空けるとロックを新たに頼む。西村は水割りで喉を湿らし、今後を訊いた。吉原は肩をすくめ、首を横に振る。

 吉原の携帯電話が振動した。開けてみると広告メールだ。吉原はメールを削除しながら暮葉のことを思い出した。逡巡し、だが結局はホームページの中身を軽く話した。

 西村は敢えて乱暴な調子で言った。

「ネットの向こうの話だろ。誰なのかもわからない、事実の見えない話だろうが」

 吉原は黙ったままロックグラスを傾ける。焼ける感覚に顔をしかめた。西村はジンライムを頼むと、冷静な声で言う。

「俺は『かけがえのない命』なんて道徳めいた話は嫌いだよ。毎日微生物をインキュベータにぶち込んでは培養して、最後にゃ滅菌で虐殺している身だからな」

 インキュベータとは、微生物の培養期間を一定の温度に保つ機械だ。いつも西村がその機械に丸く平たいシャーレを並べていたことを思い出した。たしかに、菌の側に立って見れば、彼の行為は自分の都合だけの虐殺とも見えるのかもしれない。

「考えてみろよ。『インキュベート』って抱卵とか生むって意味だぜ? お母様から死神まで務めさせていただきます、って奴だよ」

 地面が巨大なシャーレに取って代わったような錯覚を受け、軽い眩暈を感じた。吉原は再びウィスキーを口にする。いつもよりペースが速い気がする。唇を噛んで考え込み、ふと訊いた。

「さっきの菌、なんで毒素を作るんだ?」

 西村はまだ調べているところだと言う。話が逸れたことにいらついているのか、小さく貧乏揺すりをしながら続けた。

「その菌も最後には自分の毒素で死んじまうんだ。自滅だよ。だがな、俺たちだって環境汚染が危ないとか言ってもがいてる。所詮、俺たちも微生物も変わりゃしない。俺たちはDNAの連環からは逃れられない」

 吉原はなぜか、大きな反発を感じた。西村の言葉は仲間を傷つけるような気がした。他人事と眺めていた暮葉に、いつの間にか親近感を抱きつつあることを気づいた。

 吉原は必死で反論を考えているうちに、ふと雑誌の隅で見た記事を思い出した。

「バタフライ効果、って知ってるか?」

「あ? 俺、水泳苦手だけど」

 吉原は失笑する。次いで西村の物理嫌いを思い出し、簡単に説明した。バタフライ効果とは「蝶が羽ばたくと、数日後にハリケーンが起きる」という例え話でよく説明される。つまり、一つの些細なことが最終的には大きな変化を与える現象だ。西村が顔をしかめたが、吉原は続けた。

「つまりな、人間を関数だとすれば、DNAなんてただの定数に過ぎない。後で入れる変数を変えれば、解は大きく変化する」

 西村は鼻で笑って言った。

「たしかに見かけ上、全然ばらばらな答えを出すかも知れない。でもな、関数から外れた解は絶対に出ないんだ。そしてその関数を作らせるのは他ならぬDNAなんだよ」

 吉原は強く首を振った。違う。本当は関数の形なんてどうでも良い。そうではなく。西村が再び心配そうに吉原の顔を覗き込む。吉原は顔を上げ、低い声で言う。

「なぜ俺たちは存在する?」

 西村は首をかしげ、ジンライムを一気に半分ほど空けてから答えた。

「その命題は思想家とか宗教とかの担当だ。ま、そういう話なら人間が他の生き物とは別格になるのかもしれないけどな」

 続けて西村は、生物は周囲の刺激に対応して行動し、環境に対してより最適化して増殖するという原則論を強い調子で主張した。

「俺たちと大腸菌の違いはな、どちらが複雑なのか、ただそれだけの問題なんだよ」

 吉原は足元の地面が実は寒天培地だと言われたような気がした。西村も同じことを考えたらしく、うなずいて言った。

「神様ってのは案外、微生物学者みたいな奴かもしれないぜ? 育ててみて、気に食わないサンプルはとっとと滅菌されちまうのさ。ほら、恐竜みたいにだよ」

 気に入られた遠い祖先の哺乳類、鼠が光に包まれる様を想像して吉原は吹き出した。だが、それならシャーレの中を覗いている神は何を考えているのだろうか。今まさに、高熱滅菌用の釜に火を入れようとしているところなのかもしれない。店の入り口が開き、数人の酔った客が雪崩れ込んでくる。吉原のグラスは氷の溶けた水で満杯になっていた。吉原は足を踏ん張ると言った。

「店を変えるか? まだ時間あるだろ?」

 西村はうなずき、安心の吐息を吐いた。

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