文芸船

ヘアカット

 これだから片付けは嫌いなんだ。

 私は小さな段ボールを目の前に溜息をついた。いつもなら遠い実家に送るような荷物すらガムテープで一回封をしていれば満足してしまうお気楽な私が、この荷物だけはガムテープで封をした上にビニール紐でがんじがらめに縛っているのだ。でもそれは、重い荷物を持ちやすいようにといった普通の理由なんかじゃない。

 これは封印だ。彼と別れたときに未練がましく捨てられなくて、とにかく詰め込めるだけ押し込んでしまいこんだ箱だ。時間が経てばきっと忘れる。忘れてしまえば気軽に捨てられる。そんな屁理屈を言い聞かせて、吹っ切れないまま納戸の奥に積んでおいた箱。それから三ヶ月経って、箱を目の前に呆然としている私がいる。そして、そんな私を冷ややかに見下している私がいる。雨降りの暇つぶしに片付けも良いだろう。そんな浅はかな思いつきの行動の結果は暇つぶしどころではなくなってしまった。

 箱を持ち上げてみる。本の類が多かったように思うが、それにしても重い。あいつは運動嫌いだから、鉄アレイのようにとんでもなく重い物が入っているわけはないんだけれど、窓の下を眺めると溜息が出てしまう。三階建てで安い家賃のアパートにエレベーターがあるはずもなく、これを持って階段を下りることを思うとますます気が滅入ってしまう。

 誰か代わりに運んでくれないかと思ったけど、こんないわくつきの荷物を職場の人に頼む気になんてなれるわけがない。学生時代の友達は近所に誰もいない。

 でも、彼なら。

 考えた末に思いついたのは、よりもよってこの荷物の元凶だった。大した腕力はなさそうだったけど、それでも頼めば格好良いとこ見せようとして運んでくれるに違いない。

 いてくれたらな。

 思い返しつつ、自分の身勝手さに苛立ってしまう。あれだけの大喧嘩した挙句、荷物を段ボールに押し込んで三ヶ月。その荷物が邪魔だからと捨てるのを手伝ってくれたら、というご都合主義。これほどまでの自分勝手となると、自分自身ですら呆れ返ってしまう。

 でも、あいつだって勝手だったし。なんて言うか、限度をわからない奴。と言えば私の好きなテレビ番組が一段落していつもシャワーを浴びている頃なことぐらいわかってて当たり前なのに。よりもよってそんな時間に何回も考えもなしに電話やらメールやらしてくるなんてうるさいったらありゃしない。愛情も程度が過ぎればただの押し付けで、そして束縛だ。

 でも、そこまで思いながらも当時の怒りが遠く感じてしまう。何か恋愛映画のDVDを観ているような現実感のなさが、やはり時間は確実に経っているのだと気付いてしまう。もう戻れるはずはない。軽い感傷的な気持ちになってからふと、私は段ボールの脇に積んであった小さな冊子の山に目を止めた。

 表紙に書かれたペンネームを見て、少し気恥ずかしくなる。学生時代、彼にも手伝ってもらって出していた同人詩集。仲間はどちらかとしうと甘ったるい恋愛の詩が中心だったのだけど、私は叙景とか、何となく純文学って気取ってて。でも、それはちょっと回りから浮いちゃったりして。

 でも、それを読んでわざわざ感想文まで書いてくれた、あいつ。ワープロだと直感が消えるなんて言い訳して原稿用紙に書いていた私の原稿を、赤ペン片手にわざわざ打ち直ししてくれたり、何かと言うと私の横で作業してくれてた彼。

 言いすぎだったかな。

 今更ながら少し後悔する。手伝ってくれたことまで下心ありだろ、なんて疑うにも程があったはずなのに。でも結局は、限度知らずで離れてしまった私たち。

 もう一度段ボールに手を掛ける。がっちりと縛った紐は引越しバイトをしていた彼から習ったプロの縛り方だ。でもプロの縛り方だから鋏が無くても引っ張ればほどけると言っていたことも思い出す。手が痛いのも構わず強引に引っ張る。紐がばらりと床に落ちる。箱の口に貼ったガムテープを引き剝がす。

 箱を開けると、一番上に載っていたのは彼が私を撮った写真だった。A4サイズに引き伸ばしたそれは、なかなか良い出来だった。当時はお気に入りだったショートカットの私。そういえば彼が撮った写真と私の書いた詩で共同表現、なんてこともやったんだっけ。

 縁を切る、って。それって何だったんだろう。あのときは全部切っちゃえって思ってたけど。彼を否定しようって足掻いてたけど。でも、それで残った私は何だろう。写真の頃よりずっと伸びた髪をそっと手で梳いてみる。

 時計を見上げた。夕方まで時間はある。外は少し小降りになったようだ。カット、して来ようか。

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