電話を取ると懐かしい山岸の声が響いた。小学校以来の、幼馴染みと言うには甘ったるく悪友という言葉がぴったりとくる奴で、面白い反面、色々巻き添え食っていたから忘れようがない。
「久しぶりに帰ってんだ。明日暇か。例のゲーセンで会おうぜ」
山岸は一方的に言うと電話を切ってしまった。相変わらずわがままな奴だ。でも久しぶりだからしょうがない。俺は思わずにやけてしまう。また馬鹿な騒動になる。それが楽しみなのだ。馬鹿をやるにはあのくらい型破りで常識外れで肝の大きい奴が一緒じゃなきゃ。また文句が出るだろうが、そんなこと気にする俺じゃない。その辺りはやはり俺も山岸の同類なのかもしれない。
俺はその日、遠足前の小学生みたいに落ち着かない夜を過ごした。そして翌日、俺は約束の時間より三十分ほど早くいつものゲームセンターに着いた。考えてみれば、ゲームセンターに来たのは高校卒業以来のことだ。大学時代は周りがゲームセンターの騒々しさが苦手な奴が多く、いつの間にか俺も足が遠ざかっていた。
久しぶりのゲームセンターは見慣れない仕組みのリズムゲームがやたらと増えており、どうやってゲームするのかもよくわからない。ぼんやりと眺めていると、高校生らしき男子が操作盤に手を置いてあちこち押していく。あまりの複雑さに、俺には無理だとおっさん臭い溜息をついてしまう。
仕方なく俺は銃系とメダルを適当にやっていると、俺の後頭部を指先でつつく奴がいる。振り向くとやはり山岸がにやついた顔でポップコーンを頰張っていた。
山岸は俺がゲームを止めたのを確認すると、いきなり妙な事を言った。
「俺、何でここに帰って来たと思う?」
ただの休みじゃないのか、と俺は怪訝な表情になって首をかしげる。山岸は飄々とした調子で続けた。
「違うんだな、これがまた」
じらして教えない。山岸お得意のいつものパターンだ。面白いんなら一口乗せろよ、とせかすと山岸は嬉しそうに俺の肩を叩いた。
「宮田に声かけて正解だな。実は俺、会社作ろうと思ってさ。冷凍業者だ」
思わず気が抜ける。そんな聞くだに寒い仕事なんて真っ平だ。山岸らしくない。妙に堅実で面白味もない。だが山岸は俺に馬鹿にしたような視線を向けて言った。
「あのな、俺がそんな冷凍魚転がすような仕事やるはずねえだろ。俺のやるのはな、個人相手の冷凍業者だ」
「クール宅配便みたいなのか?」
「頭が固いね、宮田君」
俺は悔しくなって考え込む。山岸はにやつきながらそんな俺の顔を見つめる。だけどやっぱり思いつかない。
「時間切れ。答えは『冷凍して下さい』って来たらどんな変なもんでも冷凍しましょ、ってお仕事さ」
まだ意味がわからない。山岸は詳しく話しだした。
「変な奴が世の中いるんだよ。わかりやすい変なとこで言えば、甲子園の砂を永久に保存したい、なんて類だ。みんな大事なもんがあるんだ」
けけけ、と笑う山岸を見ながら、こいつに変な奴呼ばわりされる奴も気の毒だと思う。だけど思い出の品物を冷凍保管します、なんて言われたら欲しい人もいるかもしれない。
「納得したみたいだな。よし、オフィスに連れていってやる。宮田、お前は副社長。注文とってくれや」
「おい、いきなり副社長って」
「大丈夫。そのうち秘書もつけてやる」
俺は何も考えられず、そのまま山岸の後についていくと、「フローズン・ドリーム」という札の掛かった小さなオフィスに着いた。ここが山岸の胡散臭い会社だ。山岸は契約した冷凍倉庫業者のところに行き、俺は一人で留守番になった。変な奴だが詐欺だとか騙し討ちはやらない奴だったはずだが、さすがに不安になってくる。
だが俺もちょうどフリーター生活でちょうど職場のコンビニがつぶれたところだ。どうせあてもなく、今んとこ俺には面白けりゃ良い。ただ、山岸が言うような妙な依頼が来るのか、それだけが最大の問題だ。
二日目。朝九時に来て以来一回も電話が鳴らない。宮田はあっちこっちに宣伝した上、Webサイトまで作ったらしいが、そう世の中に変な奴がいるわけがない。まあ小遣い程度の価格だから今に冷やかしぐらいは来るだろう。
そんな中、突然電話が鳴り響いた。慌てて電話をとる。
「フローズン・ドリームさんですか」
女性客だ。俺は慌ててメモ用紙を手元に引き寄せると営業声で山岸の用意したマニュアル通り答えた。
「フローズン・ドリームです。どのようなものを冷凍致しましょうか」
「アルバムを一冊」
「アルバム? あの写真の入った?」
「はい、そのアルバムです」
一発目から妙な客だ。山岸の醸し出す変人の気配に寄ってくるのだろう。俺は平静を装って再び続ける。
「冷凍物を受け取りに参りますので御住所と電話番号を」
聞き取って電話を留守電に切り替えると、どんな客なんだろうと好奇心の塊になりながら車に乗り込む。だが客先に着いたら興味本位の表情は禁止だ。営業スマイルより平常心、と山岸は言っていたが、自分が客の立場になって考えれば当たり前の話ではある。
客の家は案外と近所だった。玄関も不潔ということもなく、かと言って特別立派な花壇があるわけでもない。ホームドラマや家族向けアニメで背景に流れるような、ごく平凡な一軒家だ。
「フローズン・ドリームです」
インターフォンに向かって言うと、向こうから電話の声で答えが返ってきた。玄関のドアが開く。俺と同世代の女性だ。ただ、自宅にいたわりにはきちっとしたスーツを着てきれいな長髪、おまけにスーツを内側から盛り上げる膨らみはなかなか豊かとくると、逆に何だか不安になってくる。
「依頼者の方ですか」
「はい。このアルバムですけど半年預かってくれませんか」
「前払いになりますが良いですか」
彼女は財布から札を抜き出すと即金で払ってくれ、俺はやっと安堵する。第一号の客がこういう人とは幸先が良い。一応、俺はマニュアルどおり中身について訊いた。
「見ないで下さい。写真ですから」
彼女はぱらぱらめくって危険なものが入っていないことを示した。俺はうなずいて受け取る。
「では、半年後に受け取りに来ます」
彼女は平然と言うとぱたり、とドアを閉めてしまった。
半年が過ぎた。山岸の言ったとおり経営できているところを見ると、世の中妙な奴が多いらしい。中には動物の剝製だの孫の初料理だの何とも凍結方法に困るような依頼も多く、俺たち二人はそれなりに忙しい日々を送ってきた。「今日は第一号のアルバム引取日だな」
山岸は管理台帳をめくりながら言う。確かに妙な奴は多いが、アルバムを冷凍して欲しいなんて言ってきた人はあの客だけなのだ。山岸曰く「世の中見た中で変な奴第一位」だそうだ。彼は鏡を見たことがないらしい。
今日の営業も終わりに近づいた頃、ドアをノックする音が聞こえた。開けると案の定、半年前のあの客だ。客の顔を全員覚えているわけではないが、この人だけは忘れようもない。
「アルバムを取りに来ました」
「直接冷凍庫にいらっしゃいますか。それともお持ち致しましょうか」
即座に猫なで声で山岸が尋ねる。彼女は迷い、そして答えた。
「冷凍庫に連れて行って下さい」
俺たち三人は営業車に乗り込むと直接冷凍倉庫に向かった。
到着するとすぐに冷凍庫に入る。最初の客なので最も奥に入っている。おまけに小さいので少し探しにくい。それでも台帳と棚番号を頼りに場所を探し当て、俺は箱に入ったアルバムを手渡した。
彼女は箱を開ける。少し霜を被ったアルバム。ぱらぱらっ、とめくる。一回閉じ、今度は丁寧に見る。俺たち二人は試験結果の発表を待つみたいな気持ちで彼女をじっと見守る。
突然彼女はくくっ、と笑い出した。俺たちはやはり妙な客だ、なんて思いながら顔を見合わせた。
「変な客だって思ってるんでしょ?」
俺たちはそっくりに首を振る。すると彼女はアルバムを小脇に抱え、俺たちをじっと見つめた。
「山岸、宮田、まだ思い出せないの? 相変わらず間抜けね」
俺たちは顔を見合わせる。女は笑う。
「水村真希、って覚えてないの?」
そういえば、山岸の師匠みたいな変な女の子が小学校卒業まで一緒だった。悪戯好きで、ポケットに爆竹必携の爆弾娘。小学校卒業直前に転校したっけ。あの頃はやせっぽっちでショートカットだったけど、まさか。
「やっと思い出したか。どう出るかと思ってからかってやったの。広告にあんたらの名前があったからさ」
悔しそうな山岸。いつもは自分がからかったり筋書き書いているぶん、逆にやられるとつらいらしい。
「山岸、宮田。ほら見てよ」
真希は俺たちにアルバムを放り投げた。開いてみる。子どもたちの写真。男の子二人と女の子一人。落とし穴の前で正座させられている写真がある。そうかと思えば罰掃除している写真もある。
「私、卒業アルバムないんだよね」
水村はぽつっと言った。俺たちは黙って水村の言葉を待った。
「やっぱ、小学校はあんたらが一番の思い出だよ。向こうのアルバムには私ほとんど載ってないし。だからこれ、私オリジナルの卒業アルバムなんだ」
水村は笑う。そして俺たちに交互に目をやって言った。
「二人の記憶も解凍できたし。このアルバム、後ろまだ余ってるの。アルバムに入れる写真、もっと欲しいな」
「毎度ありがとうございます! フローズン・ドリームです」
「じゃお客様のとこに行ってくる!」
「えーと、その契約はですね」
ここはフローズン・ドリーム社。社のトレードマークは小学生三人組の写真を氷に封じたイラスト。水村社長、山岸技師長、それに俺こと宮田営業部長は毎日大忙し。子どもの頃からのチームワークは健在だ。
みなさん、冷凍したいものは何でもどうぞ。初デート記念のチケットから思い出の写真まで立派に冷凍保存して差し上げます。冷凍保存のご用命はフローズン・ドリームまで!
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