文芸船

Not Found

 画面に表示されたメッセージを見て、俺はすぐに再読み込みをクリックした。でも再び画面に現れたのは「404 Not Found」の文字だった。昨日までは普通に表示されていたのに。アドレスの後ろを削って再び読み込んでみたけれど、やはり表示されたのはほとんど同じ画面だった。俺は淹れたてのコーヒーを思わず呷りかけて火傷をしそうになる。

 急にいなくなるかも。酒を飲んでる最中にそんなことを真面目な顔で言って反応を楽しむ悪趣味な女だということぐらい、痛いほど知ってはいる。でも、そうやって俺たちの反応を彼女が見られるのは、それが完全な嘘ではないからだ。本当にたまに連絡を絶ってどこかに一人旅に出てしまい、でも旅先の話を聞かせてくれることはめったにない。そんな旅のあと、携帯を失くしたとかデータが消えたからみんなの情報を教えてくれと言うことがほとんどだ。それはたぶん、本気で姿を消そうとしていたから。そんな彼女のことを知っているからこそ、俺は携帯を手にとった。

 電話帳検索画面にいき友人の欄を探す。ヤ行だ。後ろから検索して彼女の名前を見つける。山本文香。どこにでもあるような平凡な名前で、平凡という言葉の最も似合わない子。でも男たちと同様に付き合える、ちょっと行動に問題はあるけれど数少ない気楽な女友達だ。

 選択ボタンを押しかけ、でも躊躇する。ただのサイトのメンテナンス中だったら。最近スクリプトに凝っているとか言っていたから何か失敗しているかもしれない。そういえば先日一緒に飲んだときも、試験環境のサーバを入れたとかでも面倒だからぶっつけ本番でとか暴走したら逃げ出そうとか、もういつもの通り身勝手なことを言い放って、飲みが足りんとか言ってビールの苦手な俺の前に大ジョッキを置いてにやにやしていたところだ。

 再び深呼吸する。カレンダーを見直す。今日は、バレンタインの日。何だか引っかかる。何か山本のいたずらにかかっているような気がする。俺はもう一度画面の英語を読み直した。

404 Not Found. The requested love was not found on this server. Please send sweet memories to me more.

 何だこの英語。見た目がよくある「Not Found」だったから気づかなかったけれど、どうみても変なことを書いてある。「requested love」って何のつもりだ。「more sweet memories」って、これはもう。だまされたというか昔から山本の大好きな悪ふざけ。そういえばアクセス解析がどうとか言っていたっけ。びっくりして再読み込みした数でも数えて後で面白がるつもりなのだろうか。

 手に握った携帯がメール着信のメロディを鳴らした。俺は溜息をついて開く。やっぱり着信は山本。中身は絵文字だらけの、ただの雑談。でも後半はやたら寂しがるようなこと書いて。サイトの話を書いている。俺がまだアクセスしていないと思ってあわてさせようという魂胆なのだろう。俺は冷たく「見た。騙された。アクニン!」と返してやる。

 三分ほど経ってから、意外にもメールではなく電話が鳴った。俺は不機嫌な声で出て莫迦、と言ってやる。すると山本はいつもと違う、へらっとした変な笑い方をした。

「性質、悪いよね。やっぱ私」

 え、と言って唾を飲み込む。何でいつもの勝利宣言をしないのだろう。マシンガントークが出ないのだろう。俺は画面の上の文字を改めて追う。違和感がある。いつもの山本にない、何か。

「根性、ひねてるさね、私」

 何も言葉をかけられず、俺の目は画面の上を往復する。せっかく淹れたコーヒーがぬるくなっていた。だが再び淹れる余裕もなく喉に流し込んだ。山本は何を言いたい。何を言いたくて。少しだけ迷い、だが俺は思いつきを口にした。

「失恋、した?」

 電話の向こうから溜息が聞こえる。へへ、と誤魔化すような笑い方をする。

「今日だとね、下手な奴に電話しにくくて。君なら良いかなとか。特に用事もなさそうだし」

「失礼な奴だな。俺だってお前、サイト見る用事がある」

 私のサイトか、と山本は言って再びへへ、と笑った。山本の外見を思い浮かべる。振り返る美人とは到底言わないが、だからと言って特別駄目だとも思わない、まあその辺で普通に地味な事務所にいそうな子。友達でなければ特段印象に残る見た目ではない。

「結局ね、不器用な女がバレンタインとか頑張っちゃうと、もてない男並みに撃沈するわけ」

 それで俺か。言うと山本は笑って話し始めた。気になる男がいたこと。とりあえず俺よりルックスが良くて仕事もそれなりに出来て頭の回転も山本曰く合格点な男だそうだ。仕事の関係で知り合ったとか。たまに喧嘩腰になりつつ、わりと相手をしてくれるのでその気になってきたとか。

「どっかのもてない男みたいだな」

「自分に重ねないでよ」

 少しずついつもの山本らしい軽口が出てくる。山本はその男の話を一通りして言った。

「何て言うか、情報不足みたいな? 先約ありましたみたいな? そんなとこ」

 あほ、と軽く言うと山本はどうせあほですよ、と言って笑う。私の人生、甘味が足りないわと呟く。だったら少しは女らしくすれば良いじゃないか、と思うがさすがに言い出せない。だが山本は見透かしたように言った。

「私がパステルピンクのブラウス着てるのとか、見てみたい?」

 いらねえ、と返すと、やはりいつもと違って落ち込んだ声を発する。俺は改めて画面に目を移した。love was not found。俺は残った冷たいコーヒーを飲み干すと、ちょっとした決意とともに言った。

「他のサーバなら、愛があるかも」

「どこのサーバよ」

 俺は口ごもり、それでも何かうまいたとえを口にしようとした。だがぴしゃりと言葉は遮られる。ふふ、と山本が明るく笑う。

「良い人だよね君は。君がもてないのはもったいないと思うよ。そのうち巡り合うよ。そのうち良い人、見つかるよ」

 山本の言葉に、俺のせっかくの決心は不甲斐無く折れてしまう。それでも俺はくじけずに言った。

「でも、お前のことがNot Foundになるのはお断りだな」

 ばか、と山本は小さく呟くと、再び滅多に出さない甘えた声で言った。

「ちょっと、哀しい酒もありかな、とか。でも独りじゃなくって」

 例えば、と問い返すと向こうでキーボードを叩く音が聞こえた。少しして、サイトを読み込め、と山本は恥ずかしそうに言う。そこには短いアドレスが書いてあった。俺は即座にそのアドレスにアクセスする。山本は小さな声で言った。

「私にも、少し甘くして。どうせ私、男みたいだし。弱気の君が女の子役で」

 俺はおごるさ、と笑って画面に映し出されたココア色のカクテルをじっくりと眺めた。

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