文芸船

ドライブコース

 声を掛けようとして、浩輔が寝ていることに気づいた。横目で寝顔を眺めつつ、こんな無防備な彼を見るのは久し振りだと思う。ほんの少し、いつもより幼く見える横顔は可愛らしいと思った。

 議論になると彼は論理で攻めてくるのでいつも私が負けてしまう。そんな隙のなさは普段からのことで、デートのときですら硬いところがある。私はゆったりで良いでしょ、と言うのだけれど彼は気がすまないらしい。でも、そんな窮屈な完璧主義者の彼がたまに私の前では子供のような無邪気さを見せることがある。お子様、と言ってやると急に堅苦しいことを言って誤魔化そうとするその瞬間が結局はもっと子供っぽいのだけれど、そんなことに気付かない彼がときに愛おしい。

 そんな彼が私に運転させたまま寝てしまうなんてよほど疲れていたのだろう。私は小さくかけていたCDを止める。車内がエンジン音と彼の寝息だけになる。暗い車窓に対向車のライトだけが光る。

 彼の寝顔に目を移し、よく寝ているのを確認してほんの少しアクセルを緩めた。彼の口元が小さく動き、再び規則正しい寝息が続く。初めは会話のない車内が重く感じていたけれど、次第にこの空間が好きになってくる。たまに彼がぶっきらぼうに無理をして口にする好きだよ、という言葉よりも彼の寝息の方がずっと暖かいように思えた。それは彼に信頼されている、その安心感かもしれない。彼の、男のわりには小ぶりな手が頭をそっと撫でてくれるときの小さな安堵感に似た心地良さがそこにあった。

 浩輔。起こすつもりではなく、でも何となく彼の名前を口にしてみる。小さい声だったので起きる様子はない。少しだけ寂しいこの時間は、でも長く続いて欲しいと思う。

 浩輔。今度はさっきよりもゆっくりと呟く。唇がほんのりと暖かくなったように思う。彼が起きなかったことを確認して安心する。

 ふと浩輔が目を開けた。私は何となく気恥ずかしくなって運転に集中しているふりをする。

「明日、どうせ暇だから」

 浩輔は言って片目をつぶる。私は何と答えれば良いのかわからず混乱しそうになる。だから私は無理に能天気な声で言った。

「このまま、遠出したりして」

 浩輔は鼻で笑うとおやすみ、と言って再び目を閉じて寝息をたて始めた。私は国道の看板を見上げる。ドライブのコースはとりあえず直進にしよう。明日の朝からは彼の運転に身を任せれば良い。

 彼と一緒なら、どこまでも走れる。

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