文芸船

どーじん!(前編)

「来週中に部活、決めるんだぞー」

 白髪混じりの瘦せ型で眼鏡、無理して褒めればクール、はっきり言って機械じみた我が担任、鉄山先生がホチキス留めの冊子を各列の先頭に配布しながら言った。

 まだ私たちも入学して一週間しか経っていないのでただでさえ先生のことなんかわからない上に、服装はいかにも洋服の青山とかで標準を買ったようなスーツにネクタイで禿げてすらいない。おまけに数学の先生なので授業中に面白い話なんて期待できないわけで、要は全く何を考えているのかわからない。

 それでも私たち女子に変な色目を使うわけでもなく理不尽な宿題を出すわけでもない鉄山先生は何と言うか、鉄というより霧とか影とか、まあぼやっとした存在だ。

 で、この霧山、じゃない鉄山先生の配った冊子には、部活の案内が書いてあった。

「一応、今の時間はホームルームってことで部活への想いを語れとかいう話を校長先生が言っているんだが、お前らやりたいか?」

 ほぼ全員首を横に振る。すると先生は初めて笑みを浮かべると教室を見回した。

「じゃ生徒同士で好きにどこへ入りたいか話し合え。質問には答えるけどな」

 言って先生はいかにも嬉しそうにパイプ椅子を広げると、どっかと座って分厚い時刻表の本をにやにやしながらめくり始めた。どこか旅行にでも行くのだろうか。ま、とりあえずホームルームを放棄したのはわかった。

「星中さんって、何か部活やってたっけ」

 隣の席から身を乗り出してきた華菜ちゃんの言葉に、私はいやあ、と言って言葉を濁す。華菜ちゃんはショートヘアにすらっとした体形で、いかにも運動が得意そうな子だ。

「華菜ちゃんは陸上とか? それともバスケとかなのかな。絶対に体育部だよね」

 華菜ちゃんは違う違う、と大げさに両手を振って笑い、すっといきなり真顔になった。目に力がこもり、近寄り難い空気になる。

「姫様、この私がそんな野蛮な競技にて競いあうような男に見えますかな」

 打って変わった低い声に、奥にいた男子が立ち上がって私たちの方に寄ってくる。でもまだ女子の領域には入れないのか、結局は元の席に戻ってテニス部の話を始めた。テニスで女子に寄ってくるあいつは要注意っと。

 改めて華菜ちゃんをじっと見つめた。にっこり笑っている今はむしろ、いかにも漫画に出てくる少女っぽい雰囲気に変わっている。

「華菜ちゃんって、もしかして演劇部?」

「当ったり! でもほら私、背が高いし男っぽいから、卒業公演で勇者様役だったし」

 少し翳のある表情を浮かべ、私は思わず手を伸ばす。するとまた華菜ちゃんがにやっと悪戯っぽい表情を浮かべた。

「あ、騙した!」

「いや、騙す気はなかったけど。まあわりと王子様役とか好きだったりするんだよね」

「じゃあやっぱり演劇部?」

 うん、と華菜ちゃんはうなずいて先生が配布した冊子の中ほどを指さす。そこには「来たれ、夢を抱く少年少女!」という大げさな言葉とともに、シルエットだけのイラストと演劇部の名前が書かれていた。でも私は部活よりもイラストに目が釘付けになる。

 三人の人物が描かれており、右側は日傘を差した貴婦人だ。レース模様まで丁寧に表現されており、ただほんの少しだけ歪みが見える。でも歪みがあるということは、出来合いの素材集やパソコンのコピペで描かれたものではなく、手描きだということだ。

 貴婦人の向かい合わせに跪く男は背中まで筋肉の発達が見てとれ、でも少年漫画にありがちな盛り過ぎの筋肉ではなく力強い感じ。そして頭から一筋垂れた乱れ髪に私はちょっと首筋が暑くなった気がする。

 そしてその二人の間に立つ、尖り帽子にほうきを持ったいかにも魔女の後ろ姿。華奢な体は少女のようで、ほうきを握っていない左手で自分の体を抱きしめる感じが、何か男との事件や物語の想像を搔き立ててくる。こんな粗末な印刷ではなく、もっときちんとした印刷物で見てみたいと思ってしまう。イラストの下には小さく「表現連合」と書かれていた。

 私は改めて冊子を最初から見ていく。前半は体育部が集められており、体育が苦手な私は全く興味が湧かない。ずっと流していくと文化系という表題が入り、文字の両端には可愛らしいウサギと少女のイラストがあった。さっきと同じ「表現連合」の文字もある。

 最初に出てきたのは外局と表題があり、報道局と図書局、そして音楽局となっていた。野球部ですら半頁だったというのに各局一頁を割かれている。注釈によると、局は生徒会活動と部活の中間みたいな存在で、生徒会選挙はなく活動費は潤沢、ただし学校行事や日常の中では生徒会本部の指示で仕事が割り振られることがあるらしい。

 正直、学校行事とかで面倒臭そうなのでとりあえず外局はパスすることにして次をめくると、和文化部と家庭科部、囲碁将棋部、そしてボランティア部となっている。和文化部は茶道や華道をやっているらしく、家庭科は調理と手芸。囲碁将棋は読んでそのままだ。私はこれもあまりぴんとこずにまためくる。

 今度はもっと興味の湧かない部活で、さっきの演劇部と科学部、情報部、そして算盤簿記同好会ときた。情報部が「これが偏差値計算のプログラム」とよくわからない文字の羅列を書いてある下に、算盤簿記同好会が「偏差値も暗算できます」と書いているのが何だか涙ぐましいマニアの対立としか見えない。

 私は溜息をついて、帰宅部にしようかと思いながらまた一頁めくる。するとそこには、なんとまた一頁丸ごと使った頁が現れた。

 画面の周囲は線路で囲われており、蒸気機関車が走っている。粗末な印刷にも関わらず山と湖の陰影が表現された画面に、先ほどの表題にあったウサギが小首を傾げて佇んでいる。その脇に立つ少女が本を小脇に抱えて絵筆を持ち、左手でこちらに手招きしていた。

 パソコンの印刷フォントではない、明らかに手描きで作成された流麗な文字で書かれたその名は、予想通り「表現連合」だった。

 ホームルームの鐘が鳴る頃、大部分の生徒は部活の目星をつけたようだ。鉄山先生は満足げに時刻表を閉じ、終礼の挨拶をする。

 帰りの時間は早速、各部活への見学となった。帰宅部と言っていた子も、少しは興味のありそうなところを覗くようだ。まあ、まだ友達もはっきりしていない状態でぽつねんと独りぼっちで帰るのはかなり勇気がいる。初めから帰宅部と公言している子はむしろ社交的というか、夏休みを終えたらちょっと派手になっていそうな子も多く、あの子たちは帰宅部という名目でぼっち生活三年間を過ごすような人たちなんかじゃない。

 じゃあ、と私は中学時代を振り返りかけ、ぶんぶんと頭を振って廊下に駆け出した。


 結局、私はぼっち性格だと突きつけられた気がした。女子は誰か友達を掴まえて回ってる子が大部分だ。背の高い子や、いかにも鍛えていそうな男子はさっさと先輩たちに囲まれて半分連行されるような感じで散っていくし、他の男子は気楽そうだけど、まさかいきなり知らない男子に声をかける勇気はない。

 こういうとき、中学のときの友達同士っていうのが定番なんだろうけど、私は。

 いい。それは考えない。でも六年間の連続ぼっち帰宅部なんていうのは。

 そんなのは。

 改めて部活の冊子を眺める。表現連合は美術室にあるみたいだ。ちょっと新しい形の美術部みたいなものだろう。私は絵を描くのが好きで、pixivなどの投稿サイトに絵を投稿している。評価はつけてもらえないけど。

 でも評価されないイラストがほとんどなんだし、ぼっちだからじゃない。何か大して上手じゃなくて、なのに色んな人とコメントしあっている人もいるけれど、まあ色々と仕掛けがあるんだと思う。思うことにしている。

 心が沈み込むと、足元も沈んでいく。だから足がすくむ前に足を前に出す。右を出して、次いで左を出して。周りに目を向けず、周りの視線を恐れず、そして視線を向けられないことに怯えないようにして。

 気がつくと私は美術室の前に立っていた。教室の窓は冊子と同じイラストで塞がれているが、これは原画らしく冊子より大きくて、さらに鮮やかで透明感のある色で着色されていた。顔を近づけて見ると、どうもやはり印刷ではないようだ。何の画材なのだろう。

 もっとよく見ようと顔を近づけたところ、いきなり扉が開かれた。声をあげて私は尻餅をついてしまう。でも、背中に背負っていたリュックがクッションになって痛くはない。

 扉の先に立っていたのは、髪に一筋の赤いメッシュを入れた女子生徒だった。私より背は高く、ポニーテールの髪を背中に流しており小脇にタブレットを抱えていた。上靴の黄色いラインは二年生だと気づいて身を正す。

「おんや、子羊がいる。我らの大切な生贄」

 なんか変なことを口走った。私は一歩後ずさり、そして回れ右しようとする。だがそれより早く、私の目の前に女子生徒が回り込んでタブレットを眼前に掲げた。

 画面には四コマ漫画が表示されており、部活を探す女子生徒。四コマ目で落とし穴にはまり、落とし穴部に入部。何だこれシュール過ぎる。シュール過ぎるんだけど、キャラクターが何だか丸っこい顔して、そう、目の前の先輩みたいな。よく見れば落とし穴に落ちた女の子も髪にメッシュが入っている。

 ぷっと吹き出してしまうと、彼女はにっと笑って言った。

「ウケた? この作品、初ウケた!」

 私は先輩の後ろについて、そのまま美術室の扉こと表現連合の門をくぐった。


 中に入ると、まず手前で顔をひそめながら、パソコンに何やら打ち込んでいる小太りの眼鏡男子が目に入る。脇に積んでいる美少女漫画がより怪しい感じだ。向かいにはその男子をモデルにしているのだろうか、スケッチブックに鉛筆を走らせている小柄な女子。

 奥の席では、ロングヘアがやたらと綺麗な黒髪の女性が、金髪の球体人形を椅子に座らせ夢中で写真を撮っている。その隣りには、イーゼルを立て熊のぬいぐるみを書いている男の人がいた。いわゆるカオスという感じ。

 ふとパソコン男子が顔をあげると、怪しい笑みを浮かべて寄ってくると早口で言った。

「一年生か。何が好き? 漫画、イラスト、本格美術、写真、それとも俳句とか」

 意味がわからない。ここは美術部じゃないのだろうか。そういえばさっきの赤メッシュの人は四コマ漫画を描いていたっけ。

「萌える二時間魔女っ子アニメを作りたいとか、そういう壮大なのもありだよ」

 なんか気持ち悪い単語が聞こえた気がするので、やはりここは後ずさって。

 と、いつの間にか背中の扉には球体人形を撮っていたお姉さんが立っていて、私を一眼レフとかいう大きなカメラで撮影している。

「かわいいかわいい。可愛い子大好き」

 何なんですか、と口の中でだけ言う。私が知らない人に大きい声なんて出せるわけがない。でも何とかして逃げ出して。

 逃げ出してどこへ。どうせ私が入れそうな部活なんて他にないくせに。でも自称帰宅部の派手な子たちの仲間なんてもっと無理。

 私は。

 どうせ私はぼっちがお似合いなのに。

 きっ、とカメラ女を睨みつけようとして、でも視線はやはり足元に落ちる。私が正面から他人を睨みつけるなんて、絶対できるはずがない。私はとにかく逃げ場を探すように足元に視線を彷徨わせる。

 唐突に、私の足元に二匹の猫が手を繋いで踊っているアニメが浮かび上がった。慌てて顔をあげると、さっきスケッチブックに鉛筆を走らせていた小柄な女子生徒が、携帯型のプロジェクターでアニメ映像を床に写しながら笑みを浮かべて言った。

「まあ、うちの部長って旧型オタクだから、どうにもちょっとキモいけど、部員の全部が全部、そういう人ばかりじゃないから」

「いきなりキモいとか言うなよ宮西君」

「女子を『くん』付けして呼ぶ辺り既にキモいと思います部長」

 感情の欠落した平坦な声でカメラ女が部長を罵倒する。むしろ、撮るより撮られる方が似合うほどの黒髪美人だけれど、言動は部長らしき変な人と同類の匂いがする。

 宮西さんと呼ばれた携帯型プロジェクターの人はやっぱり私より小さくて、たぶん百五十センチもないだろう。髪を両サイドで編み込んで上に結い上げており、ちょっとお姫様な髪型だ。色白の丸顔な童顔な上、少しそばかすがあるおかげでますます子供っぽく見えてしまう。おまけに褒めて言えば無駄肉のない、正直な話は子供体形なんだけど、この人の靴は赤のラインが入っている。うちの高校は一年生が青で二年生が黄、三年生は赤だから、三年生ということだ。

「要は楽しければ何でも良いんだよ、そして捕まらない範囲で表現できれば何でもやりたい放題なんだよ、この空間はね!」

 こんなことを言って宮西先輩は笑みを弾けさせると、ぐいっと顔をあげて挑みかかるように私へ顔を近づける。この人も体形通りの童顔で、でもそれに似合わず態度は大きい。

 ふっと急に彼女は息を吐くと、さっきのスケッチブックを走って取ってきて何やら描き始めた。手の動きは迷いがなく、修正線も消しゴムかけもせず、ひたすらがつがつと描き進める。そしてはあはあ息をしながら、ものの数分でスケッチブックをひっくり返して私の目の前に突きつけた。

 ホームルームで惹かれた、あの少女のイラストが画面に佇んでいた。そしてその少女と向かい合わせに立つ、うちのブレザー制服を着たセミロングの、ぽっちゃり気味の女の子。私が少し気にしているシルエットそのまま。その二人が手を取り合っている。

「今度こそ、表現連合にようこそ!」

 宮西先輩が肩で息をしながら、確信のある眼で見つめてくる。部長は最初に会った四コマ漫画の先輩が首根っこを掴まえて引きずっていった。宮西先輩は口を開きかけ、くしゃりと不安そうな表情に変わった。

「ねえ一緒に、何か、作れない、かな」

 先輩の言葉に、私はしっかり返事をしようとして、でも声が出なくて。私は目をつぶって何度も縦に首を振った。


 冊子のイラストを手がけた宮西さんと、四コマ漫画の紅川さん、そして部長が私の近くに残る。写真魔は部屋の奥に戻り、ぬいぐるみのクマを描いている男性を撮り始めた。

「とりあえずカメちゃんは後回しにして」

 宮西さんの言葉に私が首を傾げると、あれあれ、と写真魔を指さした。

「とにかくいっつも写真を撮っているからカメラ女、略してカメちゃん。私が名付けた」

 良いあだ名だろうと言いたそうに宮西さんは胸を張ったけれど、随分と思いつきだけのあだ名で酷い名付けセンスだと内心思う。とりあえず宮西さんの前では変な行動をしないように気をつけようと固く心に誓う。

 そんな私の想いを知ってか知らでか、宮西さんは腕を組んで話し始めた。

「細かい話は後で部長に説明させるけど、概要は私が説明してあげるね。何となく、私たちって波長が合う感じがするし」

 私も慌ててうんうんうなずく。さっきの部長とか、ましてカメさんから説明を受けても頭に入るとは思えない。すると宮西さんはいきなり表現連合の成り立ちから話し始めた。

 何でも昔、この学校には美術部、漫画・アニメ研究会、写真部、文芸部、工芸部、鉄道研究会など色んな文化系部があったらしい。でも少子化で生徒数が減り、体育系で人気のない部は試合できる人数を集められずに廃部になって。それを見ていた文化系は廃部される前に合併して「表現連合」になったと。

「だから何でもできる、と」

 私の言葉に、宮西さんは満足そうにうなずいた。その間、部長は再びパソコンで何か打ちつつ頭を抱えている。

「今、うちはしばらく美術とかイラストみたいな視覚系が中心だけど、部長は文芸好きなんだよね。ときには紅川の漫画の原作を書いてる。紅川は笑いの沸点が変だしさ」

 さっきの落とし穴部の四コマは紅川さんのオリジナル作品か。初めて受けたと喜んでいるんだから想像はつく。

「私は漫画とイラスト。ファンタジー系の漫画が好きかな。あとは奥でクマ描いてるのが画伯。それにカメで、うちの部員全員だね」

 画伯は私が入ってこようがカメさんに撮影されそうが絵筆を動かし続けている。確かにあれだと画伯っぽいかもしれない。

「で、うちの部活は好きなものを作りまくるんだ、と言いたいんだけど」

 ここで急に宮西さんの声が小さくなった。するとすかさず部長が割り込んできた。

「要はうち、そういう弱小連合が集まってできた部だからさ、学校側に活動実績をきちっと伝えないと同好会に格下げされるんだよ」

 はあ、と私は曖昧な返事を返す。部長はパソコンを操作し、一枚の紙を印刷した。

「そんなわけで、必須の活動は三つ。一つは文化祭の展示会。そっちはカメと画伯がメインで回してくれる。二つ目は合宿旅行。これは顧問の先生が毎年企画するから、黙って参加すればオッケー。そしてもう一つ」

 部長は机に何冊もの冊子を置いた。表現連合会誌、といういかにも真面目くさったものと、カラー刷りの美少女イラストが描かれたものの二種類があるようだ。

「オフィシャルな会誌と、それ以外のイベントにも参加する会誌。二つのドウジンシだ」

 同人誌、と聞いて私は狼狽える。頭を捻って考えて。一応は無難な方を口にしてみる。

「アララギ、とか」

「いやそっちじゃなく、アキバ系の方」

 部長が苦笑してカラー刷りの中をめくってみせる。漫画と軽いエッセイ、それから何か小説らしきものも載っている。

 文芸同人誌じゃなく秋葉原界隈、池袋の乙女ロードとかクールジャパンとかコスプレとかなんかそういう系。

「部長がコスプレしちゃうんですか」

「いやこっちの世界の人、全員がコスするわけじゃないから!」

 やけに部長が焦って椅子からずり落ちそうになっている。宮西さんが悪戯っぽく笑って続きを引き取った。

「以前、部長が居眠りしているときに私とカメでコスプレっぽい衣装被せて写真撮ったんだよね。で、カメがネットで大公開したいって騒いだもんで、このざまなの」

 やっぱりカメさんは危ないと確信する。宮西さんはちょっと真面目な顔で言った。

「ま、そういう悪ふざけは結局、いっつも酷くなる前に私が止めちゃうんだけどね」

「宮西さんの方が部長っぽいですけど」

 私の言葉に宮西さんは視線を逸らし、部長がにやにやと怪しい笑みを浮かべる。するとそれまで黙っていた紅川さんが口を開いた。

「宮西さんって、金勘定が壊滅的なの。この子に財布を預けたら、全ページカラー刷りで借金生活突入とかなっちゃうから」

 宮西さんはぺろっと舌を出す。何か前科がありそうだ。とりあえず宮西さんにはお金の話は厳禁、ということはわかった。

 宮西さんは少し赤くなった頰をぴちぱち叩いて咳払いし、そして言った。

「ま、そういうことでとにかく今は、七月までに同人誌作ろうってのが当面の目標」

 ほええ、と私は変な声をあげる。宮西さんは目を細めて立ち上がると言った。

「貴女、イラスト屋でしょう? 私のイラストに反応していたし。どんなの描くの? 画材あるし描いてよ! 今すぐ! 見たい!」

 いきなり体ごと迫ってくる宮西さんを、今度は部長が襟首を掴んで引き戻す。

「入部その日にさ、いきなり公開しなくても良いって。まずは好きに作っていこうよ。何なら僕と一緒に小説でもいいし」

 小説か。どうやって書けばいいんだろう。原稿用紙を前に唸っている私の背中しか頭に浮かんでこない。すると静かに美術室の扉が開いた。何故か担任の鉄山先生だ。

「おー、星中。表現連合に入ったのか」

 はい、と答えてそういえばまだ入部届は書いてないなと思ったら、部長がさっさと入部届を印刷して私にボールペンを握らせた。先生は上機嫌で私の横に立って言った。

「僕が表現連合の顧問だよ。よろしく。ときに星中。君は電車通学だったよね」

 はあ、と入部届を書きながら答える。先生は再び期待を込めた視線を私に向ける。

「電車は時間通りに走って良い乗り物だね」

 はあ、と生返事しつつ、私は書きあがった入部届とボールペンを部長に渡す。

「電車って、楽しいよね」

 はあ? と私は疑問の声をあげる。すると紅川さんは先生の背中をぽんぽん叩いた。

「先生、女子で鉄道オタクで鉄道同人誌を作りたがる子なんて、まずいないですよ」

 はあっと先生は大きい溜息をつき、悲しそうに手元の時刻表をめくる。まさか先生は。

「時刻表の読書、楽しいんだけどな」

「そもそも時刻表って、読書する本ではないと思いますけど」

 さすがに私も呆れておずおずと先生に反論してしまう。部長は苦笑しながら言った。

「先生は表現連合の卒業生なんだよ。そして表現連合で最後の鉄道研究会の血筋」

「だから宣伝イラストには絶対鉄道を描くのがルールなんだよね。めんどくさ」

 宮西さんが不機嫌に口を尖らせる。でも先生は全く意に介すことなく言った。

「まあ星中。創作活動を頑張りたまえ。私も君に鉄道の魅力を伝えるよう頑張るから」

「頑張らなくていい」

 先生相手だというのに、宮西さんはばっさりと主張を叩き斬る。でも先生は怒るどころか全くめげた気配すらない。再び部長は溜息をついて言った。

「そういうわけで、合宿旅行は全行程、鉄道に限られるというルールです。変な部だよ」

「ほんと、変な部ですね」

 私もそう答えながら、何だか自分の頰が緩んでいるのがわかった。ここでなら、私も大丈夫かもしれない。


 一週間経って分かったこと。好きにやれ、が方針の部活だけあって、黙っていると放置か雑談会になってしまうのがこの表現連合。

 いかにも暇そうにしていると、笑顔の鉄山先生が鉄道の写真を目の前に置いて行ったりする。で、今日も先生がぽん、と写真を置いたのだけど、今回の写真は違った。

 夕日の中を、機関車が煙を吐きながら駆けていく写真。赤い夕日と草むらの緑、その中に咲く黄色い花たち。そして勇壮な鉄の塊の対比が素敵で見入ってしまう。黙って眺めていると、鉄山先生が笑顔で声を掛けてきた。

「やっぱりD51型は良いですよね」

 私は溜息をついて先生を見上げる。残念な人だ。宮西さんもこちらに寄ってきて写真を一瞥し、私と先生の顔を見比べると、同じような溜息をついて言った。

「先生って告白のタイミングと台詞を間違った結果、未だ独身なんじゃないですか?」

「いきなり何を言い出すんだ君は」

 再び深々とわざとらしい溜息をつく宮西さん。私と写真を指さして続ける。

「先生、何故今回、星中さんはこの写真に見入ったのでしょう」

 先生は眉をひそめ、そして口を開きかけた途端に宮西さんが言葉を挟む。

「一応言っておきますけど、機関車の型式は答えと関係ありませんよ」

「はは、そんなことはわかっているよ」

 先生、笑っていても私と宮西さんから視線を逸らしている時点でもう完全にばれているんですが。普段は霧みたいに影が薄くて平凡としか見えない先生なのに、鉄道が絡むとこれだ。でもとにかく、それはそれとして、先生の写真は本当に美しかった。

「カメちゃんも、いつもこういう写真を撮っていればあの美貌だし完璧なのに、普段は天井から吊り下げた球体人形だとか嫌がる後輩だとか撮ってるから、ほんと残念系よね」

 今、何て言った。この写真をカメさんが。私の視線に宮西さんは怪しい笑みを浮かべて他人のことなのに自慢げに答える。

「これ、カメちゃんの作品だよ。交通手段と下調べは先生がやってあげたみたい」

「鉄道の写真のためで、おまけに時刻表を読めるなんて楽しいからね」

 悪いことではないのだけれど、やはり鉄山先生の感性にはちょっとついていけない。まあそれは置いといて、こんな素敵な写真や風景をもし、私も画面に落とせたなら。ちょっと大それたことを思って慌てて考えを消す。

「そっか、久しぶりにアウトドア取材も良いよね、部員交流と新刊準備と色々と兼ねて」

 だが、私の打ち消しかけた内心の昂りを再び煽る人が現れた。部長はパソコンで眺めていた美少女アニメ画像を閉じ、カレンダーアプリを立ち上げてふむふむと独り頷く。画面上の四月末から五月頭、要は黄金週間をこつり、こつりと指さしていく。

「星中君、黄金週間についてですが、家族旅行とかデート旅行とか秋葉原メイド喫茶巡りとか何か予定入っていますか」

「とりあえず秋葉原メイド喫茶巡りが入りそうなのは部長ぐらいじゃないですか」

 私の言葉に紅川さんが声をかけた。

「そうか、デート旅行は可能性あり、と」

 あうっ、と私は変な声をあげて両手をぶんぶん振る。紅川さんはしてやったり、みたいな調子で笑って、これネタになるわと言う。やっぱりこの人も酷い人だ。

「一年生をからかってるんじゃないの、そこのキモい系漫才師は」

 宮西さんに真顔で言われ、ちょっとだけ部長がへこんだ。次いで紅川さんも宮西さんにスケッチブックで頭を叩かれ、つっこみは扇子にしましょうとか言っている。

「とりあえず脱線漫才コンビは置いといて、予定は何か、入っているかな」

 宮西さんは一転して優しい声で聞く。うちは父が観光関係の小さな商社勤めなので、黄金週間に休むなんてご法度だ。中学二年生までは我儘を言って母にどこかへ連れて行ってもらったけれど、去年は受験勉強していた。

「友達とかと出掛ける計画しようとかあるなら、無理を言う気はないんだけど」

 言われて私は顔を背ける。未だ、クラスであまり仲良い友達はいない。隣の席にいる華菜ちゃんとは少し仲が良いかな、とは思っているけれど、華菜ちゃんは演劇部に入った途端に昼休みは部室でお弁当を食べているらしく、やっぱり距離ができてしまった。

 とくに華菜ちゃんとのことは、私が表現連合に入ってしまったのも原因かもしれない。表現連合ができた当時、表現物の演劇部と表現連合の間で諍いがあったって話を華菜ちゃんがしていた。そんな昔の話はどうでも良いし、とくにこの先輩方を見ていれば、王子様な華菜ちゃんが張り合う必要なんて全くないんだけれど。まして私なんて。

 私なんて。

「あの、星中さんさ」

 宮西さんの焦った声が聞こえる。まずい、私は今どんな表情をしているのだろう。せっかくこの部に居場所ができたと思った矢先にこんなことじゃ。

「そっかー、予定なしか! 女子高生が予定なしって何か恥ずかしいみたいな? そんな萌えアニメ展開みたいなお子ちゃま幻想は僕だけでいいんじゃないかとか?」

 部長がいきなり奇声を上げた。宮西さんがスケッチブックの角で部長の頭を叩く。

「何またこの空気の中で莫迦言ってるかなこのキモオタ部長は!」

「そのアンニュイな空気とコメディの一瞬を永遠に保存する、私すごい」

 背中に美貌のカメさんが立っており、怪しい笑みを浮かべて親指を立ててくる。何が何だか。カメさんはカメラのモニタを私に押しつけるようにして見せる。

 狼狽える私の向こうで部長がスケッチブックで殴られている姿。その後ろでいつの間にか紅川さんがピースサインしてペコちゃんみたいに舌を出している。

 何が何だか。

 何が何だかわからないけど。

 もうむちゃくちゃなこの画面の中で落ち込んでいる私は、何なのか。

「要はこの人たち相手に真面目な顔をしていても無駄だということだよ」

 ずっと話しかけてこなかった画伯が、優しい笑顔で私に声をかけてきた。脇にはずっと描いていた油絵のキャンバスを抱えて。次いでにやりと、そう、部長と同類の怪しい笑みを浮かべるとキャンバスを見せつけた。

 画面いっぱい、色んな表情のクマさんが並んでいた。何をやっているんだこの人は。

「心の中に百のクマさんを。誰もが寂しいクマさんを抱えているんだ」

 何か良いこと言ったような顔をしている。とりあえず頷いておき、それでも画面の中央に目を向ける。真ん中のクマさんは泣いていて。その周りのクマさんが怒ったり踊ったり笑ったりしていて。よく見ると、怒っているクマさんは赤いラインの入った上靴を履いてスケッチブックを背負っている。変なダンスをしているクマさんはパソコンを背負っている。これって宮西さんと部長なのだろうか。

 改めて画伯を見上げる。にやりとまた怪しい笑み。何だろう、この人たち。ほんと、非常識なんだから。

 非常識だけど、でも私は。私はこの優しい非常識の真ん中で泣いていて。

 私は深呼吸すると、まだ少し不安そうな顔をしている宮西さんに笑顔を向けて言った。

「黄金週間、部のみんなでお出かけするなら全然、オッケーです!」

文芸船profile & mail