「で、要は名物暴走女、夏美の行方を捜していると」
俺は大石の言葉にうなずいた。ここは生徒会室。生徒会長の大石は中学以来の友人で、頭の回転は速く義理に厚い、俺の周囲には珍しいタイプの男だ。大石はどこかの偉い政治家のようにうなずいて言った。
「とにかく他の生徒への被害を防止する必要があるな」
生徒会に任せたいな、という俺の消極的な平和主義の言葉に、大石はきつい視線を向けた。
「お前の彼女だろ。お前には管理責任ってもんがあるだろうが」
「あいつは猛獣か」
「猛獣の方がずっとましだろうが。大体あんな危険物をお前が管理しないで誰がするって言うんだ?」
俺は今更ながら自分の境遇を思い知らされた。「彼女にしたら寿命が縮むアイドル」こと夏美の彼氏に収まってしまった真っ暗青春高校二年生の俺、中井竜二は危険物管理責任者らしい。
「だいたいなー、あの顔とスタイルをして男どもから低人気な性格なんだぞ。お前以外の手には負えないね」
大石の明確な答えに、俺は言葉に詰まった。だが、そんな俺たちのやりとりに割り込んだ人物がまた一人。
「あのー、何が起きてるんですか?」
ずっと書き仕事をしていた、書記の相原さん。一年生で、漆黒のロングヘアと大きめの眼鏡がかわいい正常な思考の女の子。ああ、この子の常識の細胞一つでも夏美にあったら俺の人生は最低一ルクスぐらいは明るくなっただろうに。彼女の素直そうな表情に、大石は質問で返した。
「あのな、今日は何日だ?」
「、バレンタインですね」
「その通り。で、『バレンタイン、楽しみだよね』とこの男は恋人から前日に言われたんだ。そして、その彼女がバレンタインに際して色々イベントを企画していることまで嗅ぎつけたわけだ」
「はいはい、よくある幸せなお話で」
相原さんはちょっと冷たい声で相槌を打つ。だが、そんな反応を無視して大石は話をまとめた。
「そこでだ、竜二はその阿鼻叫喚で死屍累々な幸福を阻止しようと必死だというわけだ」
「とーっても矛盾しまくった形容なんですけど、先輩って国語苦手でした?」
「いや俺が正しい。なぜならこいつの彼女は木原夏美だからな」
相原さんは表情を変え、青い顔で俺をじっと見つめた。
「あの、歴史部の木原会長さんってとっても美人の方ですか?」
俺と大石はうなずく。相原さんはさらに深刻な表情で尋ねる。
「もしかして、二年生の危ない美人、って噂の方ですか?」
また大きくうなずく俺たち二人。すると相原さんは更に顔色を変えて手元の紙を大石の机に置いた。
「あの、正式の書式でしたし、言葉遣いもちゃんとしてたんでそのまま許可証発行しちゃったんですけど」
紙を覗き込んだ俺と大石は気絶寸前に陥った。そこに書かれたいたのは家庭科室となぜか理解したくないことに化学実験室。俺と大石に相原さんがうなだれる。大石は慌てて手元の会長専用電話で化学準備室に電話をかけた。
電話に出た湯川先生の返事はやはり手遅れとしか思えない状況だった。先生は試薬を勝手に使えないように管理はしていたと言うが、大工道具と大量の花火を嬉しそうに運び込んでいたという。何に使うか訊いたところ「乙女の秘密」というこれまた胡散臭い返事だったが、生徒会の許可証があったから手を出せなかったという最悪の形だ。
「危険なチョコレートを製造していることは間違いないな」
製造って、とこれまた言葉にひっかかる相原さんに俺は答える。
「あいつの作る手料理はな、麻薬の製造とかさ、自白剤の製造とかそーいった類と同じなんだよ」
相原さんは疑わしい視線を向けたが、大石は話を続ける。
「木原のやつは何を企んでるんだ?」
「俺もよくはわからないけど、『バレンタインと言えばベトコン戦だよね』とか言ってて」
相原は首をかしげて俺に訊いてくる。俺は少し自慢げに雑多な知識を披露した。
「ベトコンってのはな、ベトナム戦争時のゲリラだな。どこの、誰が敵なのかわからないってことでアメリカ軍を翻弄したそうだ。その当時の戦略的……」
「はい、歴史のお勉強はそこまで」
話の腰を折られたのがちょっと悔しかったり。だが、俺のハートブレイクも無視して大石はさらに話を進めた。
「で、ゲリラ戦ってのは何をするつもりだ?」
「たぶん知らず知らずのうちにチョコレートを受け取っちゃうとか、靴箱で待ちかまえているとか」
「靴箱とはずいぶんトラディショナルなテクニックで」
大石の冷やかしに肩を落としたそのとき。
ばんばばばばんばばばん! 玄関で爆発音が鳴った。一斉に俺たちは駆けていく。そしてその現場にあったのは、撒き散らかされたチョコレートの欠片と、すさまじいアルコール臭。そしてぶっ倒れた男子生徒数名。
「靴箱があ、チョコレートボンボンがぼぼぼぼーん」
うわ言を呟く被害者たち。よくみると、ふっ飛んだ靴箱のそばには夏美の字のメモが落ちていた。
『バレンタインデー、義理チョコをどうぞ。静かに開けてね』
大石は辺りを見回して呟いた。
「とりあえず、被害の拡大防止が先決だ」
被害届が次々と生徒会室に届く。
「水泳部員が『白い恋人ドリンク』満杯のプールで溺れて!」
「野球部員がピッチングマシンから打ち出されたチョコレートボールに当たって倒れました!」
「茶道部の抹茶が全て抹茶チョコレートとすり替えられて!」
「情報処理室のパソコンがウィルスに侵されて画面中にチョコレートのイラストがっ!」
「職員室のタバコがシガレットチョコに変わっていって……」
疲れる。夏美の馬鹿がまたまたまたまたまたっ! キレました。ボク、キレちゃったもんね。
「大石、これは戦争だ」
俺の据わった目に、大石は小さく肩をふるわせた。
「良いか大石、テロは断じて許すわけにはいかない! たとえ国際貿易センタービルが倒れたとしても!」
ああ壊れてく壊れてく俺がコワレテク。俺の宣言に、遂に大石も壊れてく壊れてくコワレテク。
「そうだ、私は生徒会長だ。テロリストには断じて屈しない! 構造改革なくして成長なし!」
そして次々と雄叫びが重なった。
「「「凶悪テロの首謀者、木原夏美を逮捕しろ!」」」×100
ああ壊れてく壊れてく男どもがコワレテク。そして。被害者たちは夏美捜索を開始した。
時間は1600時。夏美を学校の裏山まで追い込んだのだが、夏美の奴は予め様々なトラップを仕掛けていたようで。
「足下に気を付けろ! チョコレート地雷がある」
叫んだ先から相撲部の奴が思いっきし地雷を踏んで体中溶けたチョコレートまみれになった。だが、敵は足下だけではない。空気を斬る音とともに、m & m'sのカラフルなチョコが顔めがけて飛んできた!
「夏美だ! 夏美が近くに潜んでいるぞ!」
大石はイッちゃった視線で日の丸鉢巻きを直しながら、突撃、と叫んだ。ラグビー部が盾になって突っ込んでいく。そのスクラムを足場に体操部が突撃をかけ……。
「甘い! 甘い甘い甘い甘い甘い甘い! サッカリン大量添加チョコレートの如く甘いわっ!」
悪役気取りの夏美が真っ赤なマント(演劇部から盗難届のあったブツだ)をまくって体操部の連中を水鉄砲で狙い撃ちにする。次々と落下していく体操部員。嗚呼、名誉ノ戦死ヲ遂ゲラレタ。
夏美は仁王立ちになって俺たちを睨み付けて叫んだ。
「ふはははははっ! ヴァン・ホーテンのココアは照準がよく決まるわ。さすがは高級品ね!」
だが、俺も口先だけは負けたくない!
「いーや、明治のミルクココアも意外にイケるぞ!」
「けーっだ! 所詮はお手軽混ぜ物よ! やっぱ作り始めはあの細かいパウダーを熱々ミルクで溶く! あの快感には勝てないわ!」
「いーや、現代はスピードの時代! お湯さえあれば……」
「「「夫婦漫才やってんじゃねえ、このバカップル!」」」×50
俺たちの真剣口先勝負を半分に減った後続の兵たちが遮った。むー、無粋な連中め。ボケだけ漫才の深奥を知らんとは。だが遂に将軍、じゃなかった生徒会長の大石が俺の前に進み出た。
「木原夏美。当方の戦力は遥かに君個人のそれを上回っている。我々生徒会は無条件降伏を勧告する」
「くっ、生き恥をさらせと言うのか!」
何だか怪しーノリになってるが、まーいいや。大石は目を細めて呟いた。
「君も人の子のはずだ。戦いは虚しい。降伏するのならば暖かい食事と安全な寝床を用意しよう。さもなくば!」
一斉に弓道部が夏美に狙いを定め柔道部と空手部が構えラグビー部がスクラムを組み映画部がカメラを回し茶道部が茶を点てボディビル同好会がポージングを極める。とにかく全ての兵力らしきものが夏美に照準を定めた。
「ま、負けたわ……」
夏美はがっくりと膝をついた。
今日はバレンタインデー。大石先輩に手作りチョコを用意しておいたのに、二年生の木原夏美さんがチョコレートで騒動を起こしたせいでチョコを渡しそびれてしまった。残念、っていうか頭くる。
ちなみに木原さんは校内ほとんどの人にチョコレートをぶつけたりぶっかけたりしていたので、校内で一番チョコレートを配った人です。なのに、なぜか彼氏の中井竜二さんは全部のチョコレートを逃げちゃったそうです。
でも夕方、玄関前でおっきなハート型のチョコレートを木原さんが中井さんにあげていました。きっと木原さんはふつうにチョコレートをあげるのが恥ずかしかったんだと思う。けっこう純な人です。
私も来年は真似してみようかな、大石先輩に。