十二月に入った途端、夏美は何だか知らないが忙しいとばたついていたのだが、いきなりクリスマスイブのデートを誘ってきた。そんなわけで、今日は待ちかねたクリスマスイブなわけだ。
待ち合わせの部室の前に立つ。休部にも関わらず中に人の気配だ。夏美の奴、早めに来たというのにもう俺のことを待ってるらしい。そっと中に声を掛けると、待ってたよ、と優しい声が聴こえた。んっんっ、今日はずいぶんとかわいいじゃないかっ! 俺は思いっきりよく部室のドアを開けた。
と。そこには赤鼻のトナカイさんがおっさんみたいなあぐらをかいて、オレンジジュースをペットボトルでラッパ飲みしていた。
「なにをやってるんだおまいわっ!」
俺の必死な突っ込みに、トナカイは当然な笑顔で前足を挙げる。
「メリー・クリスマース!」
いや。今日はクリスマスイブなことはよーくわかるんだが。というかせっかくのクリスマスにデートに誘われ浮かれすぎてる俺がわからんわけがないのだが。だが。
デートの相手がトナカイの全然セクシーじゃない着ぐるみを着ているのはどーゆーことか。すると、我らが核弾頭娘、夏美は満面の笑顔で顔だけ出した被り物を押さえながら言った。
「せっかく久しぶりのデートだし、ちょっとファッション、いつもより気合入れてみたの♡」
我が校有数の美貌が微笑む。俺は彼女に優しく手を伸ばすと角を撫で。
「雰囲気もなんも出んわっ!」
俺の突っ込みにトナカイは蹄を揺らしながら冷静に返した。
「トナカイだって愛し合うんだよ? そんな姿だけで怒るなんて、竜ちゃん心狭いよ?」
言われてふと気づく。何でこいつは今日に限って「かわいーカノジョ」な声を出してるんだ。普段なら拳骨ぐらいはあるはずなんだが。とゆーか、こいつの口から愛なんて甘ったるい言葉を聞いたの自体が初めてだ。冷静さを取り戻した俺は、じっと夏美を見詰めて呟いた。
「何、隠してる」
案の定、夏美の顔色が変わる。そっと背後に白い袋を隠そうとする。
「てめーはなに企んでるんだ?」
俺の言葉に夏美は危険な笑みを浮かべた。そして右手にはいつの間にやらスタンガン。
「竜ちゃん、鋭すぎ! おやすみーっ!」
そして、俺の視界はカミナリマークで吹き飛んだ。
目覚めると俺はおじーさんだった。いや、こーなる気はしてたよ定番だし。ただねただね、俺が徹底して語りたいのは。
「何でサンタさんの俺に首輪がついて、トナカイがそりの上でふんぞり返ってるんだ?」
俺の怒りの拳を、トナカイは優しくひづめで突っつきながら悪びれる風もなく答える。
「ほら、うちの部活って『現代史遊戯創造会』、いちおーは歴史とか政治系の部活なんよ、わかるかね、副部長くん」
あーわかっとるわかっとる。少なくとも現代史を錬金術とカバラと陰陽術の解釈で染め上げようとしやがるおめーよりはよーくわかっとる。だが、俺のブロークンハート寸前な気持ちも無視して夏美の解説は爆走を続けた。
「で、クリスマスもちょっと甘口の歴史風味ってことで、奴隷の反抗をイメージしてみましたっ♡」
途端、トナカイがそりの上に仁王立ちになる。そして手にはムチ!
「てなわけで、今日はあべこべサンタの日! 校内部活からプレゼントを強奪だーっ!」
俺は抵抗する間もなく、そのままそりを引きながら廊下を爆走し始めた。
しばらく駆けていくうちに、廊下に甘い香りが漂ってきた。家庭科室だ。今日なら調理部が活動している頃だろう。夏美は俺の手綱を引き絞ると、そのまま俺の頭を家庭科室のドアにぶつけた。
「どもー、あべこべサンタでーすっ! プレゼント強奪に参りましたーっ!」
夏美の声に、室内から聞こえていた笑い声がぴたりと止む。少しして、ドアが開いた。
「来たな、現遊会のハイエナ」
開いたドアの前には、調理部の女の子たちがバリケードを作って立っていた。そして前線にいる子の手には各々おたまやら貝ナイフやら、刃物じゃないにしてもとーっても痛そうなものをしっかと握りしめている。
「夏美。いきなりケーキ強奪宣言ってどーゆーことなの」
地獄の底から響くような低音で問う調理部長の手には、夏美のとってもはあとなクリスマスカード風犯行予告文。だ・か・らっ、こいつは何をしようとっ! だが俺の呻きも虚しく、夏美はさも当然のことのように答えた。
「私がケーキを奪うのは、そこにケーキがあるからよ。それが乙女のロマンってものでしょ♡」
「「「「んなロマンあるかっ!」」」」」
俺を含めた総勢が夏美に突っ込む。だが夏美は何も恐れる様子もなく、虹色に輝く妖しげな投網をそりの上で握り締めた。
「バイト代をはたいて購入した、愛情商品を余さず強奪できる『悪魔の祝福投網』よ。今こそ火を吹く時が来た!」
掛け声一発、部屋の奥に守られたケーキを投網が包み込む。どんな仕掛けか知らないが、夏美が引っ張ると網はケーキを崩すこともなく調理部員の頭を越して夏美の袋に飛び込んだ。
「何でここでケーキが崩れないのよっ!」
「突っ込むとこはそこかあっ!」
俺の叫びは全くのスルーで二人は睨みあった。
「甘いわね。この日のために投網歴五十年のお爺ちゃんに弟子入りした結果よ!」
仁王立ちする夏美のこめかみを包丁が走った。
「こちらは投げダガー歴二十八年の離乳食職人に弟子入りしてるの。夏美、今こそ食材の露と消えてもらうわ」
再び包丁が数本乱れ飛ぶ。すると、いきなり夏美の鞭が頭を抱えた俺の尻を打った。
「ほーれ! 竜ちゃん号、しゅっぱーつ!」
背中から襲う中華鍋やらおたまの攻撃を避け続けているうちに、俺たちは化学実験室の前に辿りついた。
「はい、避難!」
飛び込むと、そこには白衣を着た科学部の面々が呆然とした顔でこっちを見つめている。
「こんにちはっ!」
夏美のまるで当然の如くの声に、科学部の連中は小さな声で挨拶を返した。すると夏美は白い袋を開け、中からショッキングピンクのどろりんこな液体が入ったペットボトルを取り出した。
「ちょっとぉ、中世錬金術史調べててぇ、それで出てくるこの液体試したいからぁ、火貸して」
夏美はいかにもわざとらしいアホ女子高生風の声を発する。だが、止めようにも俺の首は首輪でぎりぎりに締め上げられているわけで。科学部の連中はこの異様な風景に判断力を失ったのか、夏美の言われるままに三角フラスコにピンクどろりんこを入れると加熱し始めた。
ほんの三分ほどで液体がぷつぷつと泡を浮かべ始める。すると夏美は俺の口に防塵マスクみたいなものをとりつけた。
「ジーク・ハイル!」
「「「「「ハイル・夏美閣下!」」」」」」
掛け声に科学部の面々は腕を斜め四十五度に掲げて唱和した。防毒マスクをかぶったトナカイは全体を見回すと、満足そうに呟く。
「古代インカ史の秘薬研究成功! これで高文連も入賞ね! ウハハハッ!」
こやつはっ! やっとることと目標の規模が釣り合ってないしっ! だが突っ込みどころ満載な俺には全く言葉を挟む余地がなかった。
「さあ家畜サンタくん! 新たな奴隷をつれて図書室にゴー!」
俺の背中で再び鞭がビシリ、と鳴った。
図書室の前に立つと、中からジングルベルを歌う舌ったらずな歌声が聴こえる。夏美はそりからぽん、と飛び降りると俺の首輪を外し、科学部の面々が持ってきた白い袋を俺に押し付けた。首をかしげると、夏美は部と夏美自身の貯金通帳を開いて俺の目の前に突きつけた。
「おもちゃ買ったら、見事にゼロ円でデート費なんてありゃしない」
夏美の言葉に袋を開けると、中身は安物とはいえ、おもちゃでいっぱいになっていた。夏美はうろたえる俺の耳を引っ張って囁く。
「あたしから竜ちゃんへのプレゼントは、いっちばん美味しいプレゼント配りのお仕事、ってことで」
夏美は科学部の面々に向き直ると、掛け声を掛けた。
「さ! 白い衣の雪の精! サンタさんの先陣で突入だ!」
図書室のドアが開く。近所の託児所の子がこちらを期待の目で見つめる。夏美は自分の首に下げた鈴を鳴らして叫んだ。
「みんなぁ! メリー・クリスマースッ!」
終業式の日、俺と夏美に届いたのは近所の子どもからの感謝状、調理部と科学部からの賠償請求書、そしていつの間にやら夏美が申し込んでいた冬休みの賠償金稼ぎ狙いのアルバイト合格通知だった。
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