文芸船

アクセシビリティ

 公式サイトを大幅に更新するから各課で元となるデータを作り直せ、という指示が総務からあったところ、ちょっとしたブログを作っている俺が更新係に選ばれた。ブログなんて会員登録して記事を書くだけで、と言い訳したのだが、上司も同僚もメールと検索しかしたことはない、やっぱり君の方が経験豊富じゃないかと都合の良いことを言って押し付けられたわけで、うちのような小さな会社では大したことない経験でも経験者と呼ばれてしまうから困った話だ。

 とは言え出来ませんと逃げ回るわけにもいかず、結局はホームページの作り方とかいったサイトを何箇所か見て歩き、あとは総務の説明を聞いて何とか言われたデータを渡したのが先月の話だ。データを渡した後は終わった仕事だといつもの営業生活に戻っていたのだが、遂に公式サイトを公開したと総務から連絡があり、自分の頑張ったデータがどんな風になったのかとページを開いた。

 たしかに数ヶ月前よりも流行に乗った雰囲気の画面があり、俺の書いたデータもきちんとサイトの一部として掲載されていた。普段が販売成績に追われる身のせいか、たまに物づくりに関わるような成果が見えると嬉しいもので、久しぶりに友人の本木に電話をすることにした。

 本木は印刷会社でデザイン関係の仕事もしている女で、ちょっと見てもらおうと思うのは当然の話だろう。それに何となく本木の声をたまに聞きたいと思ったのだ。こんな気分を下心だろうと言う人がいるならそういうことにでもしておこうとか思うようになったのはここ最近の話で、それを同僚に話したら親父族への階段にようこそと言われたことを何となく思い出しながら、それでもやはり俺は携帯を手にした。

 数回の呼び出し音の後、どしたのさ、といつもの無愛想な声が聞こえた。こいつの電話の無愛想は有名で、女同士でもこの調子なものだから数回喧嘩になりかかったこともあるそうだが、社会人になっても相変わらずこの調子は変わらない。そんな奴なので俺も細かい挨拶抜きで、いきなりサイトの話を振った。すると本木はほう、と呟いてアドレスを聞いてくる。俺は注意深くサイトのアドレスを伝える。電話の向こうでふんふん、と何か納得するような声が聞こえる。俺は本木の感心した声を待った。

 だが、本木はいきなり爆笑した。今年発注だよね、間違いないよね。笑い混じりで本木が確かめてくる。今日公開なんだから当然だろ、と返すと、気の毒っていうか目の毒、ととんでもないことを言った。俺は何だそれ、と声を荒げる。すると本木は笑うのを止め、アクセシビリティ最悪、と断言した。

 アクセシビリティ。総務が準拠とか言っていたのを思い出したが、具体的には何のことだか今もよくわかっていない。すると本木は、準拠のわけないじゃん、見た目だけでしょ騙されてるよあんたの会社、間抜けのいる会社は間抜けだわ、あんたをまともに使えない莫迦どもでしょ、と少し怒った声で言った。

 なぜか怒れなかった。俺は少し頑張ったつもりだったんだ。それをここまで完膚なきまで言い倒されると逆に何も言えなかった。それに、本木の怒りが俺に作業させた総務たちに向いていることにも気づいたからだ。

 本木は少し声を低め、最近事務が多すぎて手が痛くてさ、と急に無関係なことを言い出した。いきなり話題を変えられた俺は生返事を返す。だが本木は続けて、マウスが使いにくいんだよ、アクセシビリティ悪いと困るんだよ、と言った。ここまで聞いてやっと、障害者でも使えるサイトをアクセシビリティが良いと言うんだと思い出す。本木は次いで、あんたのブログなら割と良いんだけど、と言う。ああ、と半端な声で反応すると、あんたなんかに下心ないからね、と慌てるように付け加えた。本木はまだおばさんじゃないな、と勝手なことを思った。

 会話が急に空白になった。本木の呼吸が電話口で聞こえる。電話の向こうでキーボードを叩く音とパソコン終了音が聞こえ、痛い、と本木が呟く。大丈夫か、と声を掛けると、あんたってアクセシビリティ高いよね、と本木が呟いた。

 何だか接しやすいんだよね、あんた。言って本木は元通り笑う。笑いながらまた、私は下心ないぞ、と当たり前のことを言う。俺は逆に下心あるかも、と返した。それも本木は笑う。

 本木の笑い声をもっと聞きたいと思うのは、きっと下心じゃない。

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