文芸船

15分だけ

 十五分だけ。私たちが恋人でいられる最大の時間だ。それが私と彼の約束。私の、たった一筋の頼り。

 私たちが付き合い始めたのは、よりもよって十五夜の満月の下で前彼と別れた腹いせが発端だ。いや、より正確に言えば今の彼に逃げ込んだというのが正しいだろう。

 彼は泣いてた私に、今だけだよ、と言って肩を貸してくれた。そのときに私が言った台詞が「十五分だけ」。そう、あくまでこの条件の発端も私。

 以来、つらくなると私は彼に電話をしたり、食事に誘ったり。その中で甘えていいのはたったの十五分間だけ。これが私からの合図になり、そして制限になった。携帯電話の履歴を見ればよりはっきりする。ほぼ十五分で切れている電話。それが甘えた電話だ。履歴の数を数えれば、私が一ヶ月に甘えた回数すら概算できる。

 彼からこの言葉を言われたことは一度もない。でも、この言葉を言わないと彼は私のことを受け入れてくれない気がするのだ。私の気のせいかもしれない。飛び込んでしまえばいいのかもしれない。でも、たとえ電話の向こうでも何か違うのだ。どこか、呼吸のリズムを私に合わせてもらえないような。もたれかかるときに、かすかに肩の高さを下げて貰えないような。そんなちょっとした違和感。でもこの違和感は、私にとって乗り越えられない壁なのだ。

 だから。いつまでも私は十五分間の彼女だ。


 今日も私は電話をしていた。上司にこっぴどくやられ、その上取引先のミスを営業が軽く請け負ったせいで私の事務量は限界まできていた。やってらんない。何とかしてよ。甘えさせてよ。

 十五分だけ。

 急いで愚痴る。泣く。喚く。少しだけ気が晴れる。眠れそうな気がしてくる。あ、残り三分間。何話そうか。

 ふと部屋を見回したとき、いきなりカップラーメンが目に入った。何を思ったのか、私はカップラーメン、と呟いた。すると彼は、今まで聞いたことのないような溜息をついた。

「俺、カップラーメンかよ」

 突然の苛立った呟きに私は戸惑った。彼は再び溜息をつく。

「十五分のカップラーメン、そんなに美味いかよ」

 私は独りの部屋で周囲に目をさ迷わせた。言葉が出ない。携帯を閉じようと思う。でも指は全く動こうとしなかった。彼は言葉を続けた。

「十五分間だけ。俺はたったそれだけしか必要ないんだもんな」

 そんなことない。私が十五分間だけにしてたのは。私のためなんかじゃなくあなたの。

 言おうと思ったけど、とっさに思い直した。私は怖がっていただけではないのか。彼が、本当にいつまでも受け入れてくれるのか。また、途中で別れるんじゃないか。でも、そんな私がむしろ彼を受け入れようとしていなかっただけで。

 時計を見上げた。電話を始めて三十分をとうに超えていた。彼も気づいたらしく、慌てた声で切るぞ、今日はごめんな、と言った。でも私は、待って、と止めた。

 彼は溜息をついて黙り込む。呼吸がかすかに電話口から聞こえる。彼の呼吸に私の呼吸を合わせる。次第に何かが重なっていく。私はゆっくりと告げた。

「これから、ずっと甘えてもいい?」

 彼の、静かな吐息が私を包んだ。

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