文芸船

桃色マルガリータ

 私の好きなカクテルにマルガリータがある。これはテキーラとホワイトキュラソー、レモンジュースをシェーカーでシェイクして縁に塩をつけたカクテルグラスに注ぐという、テキーラベースでは最も有名なショートカクテルの一つだ。最近は滅多にやらなくなったが、私は様々な酒をストレートで楽しんでいた。そんな私が苦手だと感じた数少ない酒がテキーラなのだが、ホワイトキュラソーに騙されているのかマルガリータは非常に美味しいと思う。そしてさらに私が好むのがマルガリータをさらにアレンジしたレシピで、普通のマルガリータにチェリーブランデーを少量加えるものだ。こうするとマルガリータがうっすらと桃色に染まり、また飲み口も非常に柔らかになる。以前に行っていたバーで、香り付けにグラスをチェリーブランデーでリンスしてマルガリータを提供してくれたことがあり、思い切って多めに入れて貰ったところ私の好みにぴったりだったというわけだ。公式にレシピがあるわけではなく、私も素人なのでその時々で入れてもらう量も味も変わる。そしてその変化がまた楽しい飲み方である。

 こういった形でカクテルは色々と楽しい酒だと思うのだが、忘年会などの店としては案外使いにくい。かと言って少人数の男同士となるとどうもスナックに偏るし、女性をカクテルバーに誘うとなれば色々と余計な見方がまとわりついてくるので難しい。こうなると一人で飲みにいくという形が結論になってしまう。そもそもお酒そのものを楽しむよりも宴席の場を楽しむ需要の方がほとんどなのだから仕方がないのかもしれない。近年、テレビゲームや食玩、アニメ等を中心に子供の娯楽が大人の娯楽になった例が非常に多くなった。この一方で大人独特の娯楽を考えると、どうも妙に金がかかる趣味や仕事の付き合いがへばりついてくるもの、そして賭け事などが多いように思う。カクテルも酒を飲むという点を見ると賭け事などと一緒にされかねない面もあるが、一方で味や色を楽しむという点で言えば文化的な面の強い酒の楽しみ方だと思う。

 それにしても煩わしいと思うのは、女性を酒に誘う行為について、どうしても意味を付随させて考えられる傾向が強いことだ。もちろん私にもそういった場合がないわけではないが、普通にカクテルを楽しもうという考えで誘うことは非常に難しい。私の周囲で単純にカクテルを楽しむ同年代の多くは女性のため、非常に残念なことだと思う。さらに男性の場合には「とりあえずビール」という飲み方を好む人が多いせいもあるかもしれない。「とりあえずビール」という飲み方ばかりしているとほとんど酒の名前を覚えられないため、急に名前だけのメニューを出されても非常に戸惑ってしまうようだ。

 バーやカクテルでメニューを考えながら飲むと、その際に交わした会話と酒の種類が結びつくため記憶が強固になることもある。以前、大学の先輩がいったん休学するというときに飲ませてくれたカクテルがブルームーンだ。これはジンを使ったカクテルで、菫のリキュールを加えるため薄い青紫の色が印象的なカクテルだ。そんなわけで、私はこのカクテルを飲む際にふと学生時代を思い出すことがある。他にも個人の記憶と記憶の結びついているカクテルが幾つもある。こういった特徴を楽しみと表現するのは語弊があるかもしれないが非常に大切なことだと思う。とくに私は写真を滅多に撮らない代わり、その場の記憶を非常に大切にしたいと思う。そんなとき、飲んだお酒は素敵な味方になってくれるのだ。

 私の大好きだったバー「杉の子」のマスターが今年亡くなった。私は毎年一回程度は函館を訪れているのだが、その際にほぼ必ずこのバーには顔を出すようにしていた。私が酒を酔うためではなく味わうものであることを覚えた店であり、また学生時代と社会人の出発、そして転換を図った頃の思い出が色々と詰まった場所だ。その多くの記憶は様々な酒とも結びついている。私の好きな変則のマルガリータもこのマスターのヒントがあって飲み始めたものだ。まだマスターが亡くなって以来、この店に行く機会に恵まれていないが、必ずまた行ってみたいと思っている。

 桃色マルガリータにもそのうち色々な記憶が結びつくのだろう。出来ればそれが楽しいものであればと思いながら、また杯を重ねたいと思う。

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