文芸船

クマと遊ぶ

 ここ五年ほど温泉に凝っており、自分のWebサイトでも温泉の入浴記事を公開しているほどなのだが、これまで胆振地方には足が遠く登別温泉に行ったことがなかった。今回休暇をもらえたので念願の登別温泉に行くことにしたところ、クマ牧場が温泉地のすぐそばだと知り覗いてみることにした。

 登別クマ牧場は登別温泉を見下ろす山の頂上にあり、入場料とロープウェー料金がセットになっている。このロープウェーは函館山にあるような大きな箱ではなく、乗員四人以内の小さなものが頻繁に動いているもので、スキー場でも稼働している方式だ。頂上に着くと正面にクマのショー会場、あとはクマの小屋が奥にある。また、脇にはアヒルのレースが行われている柵があり、彼らはずっとグワグワと騒がしい。

 行った日はツキノワグマが木を登ったり小さな扉を開けて餌を取ったりするショーがあり、なかなか動きが滑稽で面白い。何よりツキノワグマは本州以南に棲むクマなので、見慣れないぶんますます興味深い。毎年クマに襲われる人のニュースを見かけるが、このツキノワグマはヒグマよりはるかに小さく、本州で生還者が多いことも納得できる。

 もう一つのショーはヒグマの食性を学ぶ内容で、飼育員が檻の上から三つ葉やオオイタドリの葉を与えるというものだ。オオイタドリという名前だとなじみが薄いが、北海道の方言ではドンゲと言われる雑草である。これらの葉を落としてやると、ヒグマたちが巨大な体を揺らして葉に取り付いて美味しそうに食べるのだ。入場者がヒグマに与えるために買う餌用のクッキーよりも喜んでいるようにも見える。クマと言えば恐ろしい印象もあるのだが、ずいぶんとかわいらしく山菜というか野菜というか、そんなものを好むらしい。実際、クマ牧場内にある学習施設によればヒグマの主食は山菜とドングリであり、それほど肉食の動物ではないそうだ。

 一方、このショーの中ではクマの檻の中にさらに小さな檻を置き、その檻の中に餌を入れて蓋を閉じ、ヒグマがどうするか見せるという実験もあった。この箱はちょうど各地の町内会が置いているゴミ回収用ボックスを頑丈にした体裁であり、この箱をヒグマが器用に開けて餌を取るというものだ。つまり、ヒグマはゴミ箱を漁ることも簡単にできるという実験であり、山にゴミを散らかしてはならないという教訓の説明で締めくくられた。

 最近はクマによる人的、産業的な被害が増加傾向にありクマの危険性を訴えるニュースも多く見られる。最も有名な事件は大正四年に苫前町で起きた三毛別羆事件で計七名もの開拓民が亡くなったという。この事件を題材にした吉村昭の小説「羆嵐」は恐怖の塊である。

 また、昭和五十八年から週刊少年ジャンプに掲載された高橋よしひろの少年漫画「銀牙——流れ星 銀——」は主人公が熊狩りの熊犬、敵役が人食い熊であり、少年ジャンプに特有の友情ヒーロー要素は多いものの、クマの恐怖に踏み込んで描いた作品だ。

 この一方で、クマは愛玩系キャラクターも多く、代表的なものではテディベア、くまのプーさん、くまのがっこう、リラックマなどがある。とくにくまのプーさんはディズニー社の中でもミッキーマウスに次ぐ人気だという。歯科医院は子供をあやすために縫いぐるみなどを置いている所は多いが、私の経験上では最も有名なはずのミッキーマウスよりもプーさんの方が多いようだ。

 プーさんよりも幼年向きの童話では「くまの子ウーフ」も有名だ。クマの子のウーフは色々とちょっとした疑問を聞いてくる。ほわんとしたウーフの絵柄が暖かい、プーさんほどではないもののロングセラーの絵本だ。

 また、リラックマはサンエックスの商標によるキャラクターで、いつも部屋でぐうたらな生活をしながらおやつを食べているという設定だ。縫いぐるみはもちろん枕やお菓子など膨大な種類の商品が展開されており、デザイナー本人による絵本も巻数を重ねている。ちなみにキャラクター商品なのでハローキティのサンリオと混同されがちだが、リラックマのサンエックスは全く別の企業である。

 かわいらしさを強調したクマと言えばテディベアだが、このテディという名前はセオドア・ルーズベルト米国大統領(第二次世界大戦時のルーズベルト大統領の従兄弟)の愛称にちなんだ名前だそうで、政治家の愛称が付いた縫いぐるみが世界一の定番となっているのは不思議なものだ。さらに旧日本リーバはテディベアをイメージキャラクターにした洗剤や柔軟剤のファーファを販売していたが、今は会社名までファーファになってしまった。

 最近だと夕張の「メロン熊」という自称ゆるキャラのキャラクターも妙な人気を発揮している。夕張市の民間企業発のキャラクターだそうだが、頭は夕張メロンで顔は怖い造形のクマなので、クリスマスに夕張の保育園のイベントに現れたところ子供たちが泣き叫んだというニュースが全国に流れたため、インターネット上でも随分と情報が流れている。

 この滑稽であるとか、かわいらしいというクマの位置づけはキャラクター商品から始まったものではなく、金太郎の民話で相撲をとっていたり、ロシアの民話では怠け者が神様にクマに変えられたりと、昔から続いている視点である。この辺りはやはり、クマがドングリ、山菜、蜂蜜、サケといった人間とよく似た食性である点や、両足で人間のように立てるといった生態によるものだろう。また、クマ牧場のクマは餌のおねだりに寝そべって腹を叩いたり片足立ちをしてみせるなど個々にアピールをしてみせる辺り、さらに何とも人間臭い動物だ。

 色々とクマのことを考えているうちに、札幌のリラックマショップでリラックマのコースターと絵本を買ってしまった。クマに食われる前にクマの魅力に襲われているような気がしてきた。

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